24 チェイス(2)
訓練を受けない一般人も宇宙旅行ができるようになるのは、いつのことになるのでしょうね。
できない、とは思っていないのですよ、微塵も。
「小惑星帯を抜けます」
「ブロックの切り離し準備も整いました」
「よし、行くぞ」
グラハムが切り離しの合図を送ろうとした矢先、船内にアラームが鳴り響く。
オペレータの声が上ずった。
「後ろ上方5-10、UFO-Cです!」
メルファリアは思わず声が出そうになる口を、慌てて両手で押さえた。
弱気な部分を見せたくないというよりも、ブリッジに張り詰める空気にネガティブな影響を与えたくなかった。数拍ののち、彼女は両手を元に戻して口を引き結び、目の前のディスプレイを睨みつけた。
「来ました、電子戦を仕掛けられています!」
スレイプニール号は、攻撃用の電子戦兵装までは載せていないが、軍用に準じるセキュリティシステムを装備している。ランツフォート家の宇宙軍と基本的には同じものだ。
これまでに一度もそういった状況に置かれたことはないので、特注であるこの船の、システム構成に関する情報も敵方には無いはずだ。先ずは丸ごと乗っ取ろうとしてきたという事だろうが、こちらもシステム防御機構は既に展開している。
「防げそうか?」
「はい。この船は客船や商船とは作りが違いますから。ただ、奴らエアロックのリモコン回線にまでアタックしてきていますね。やはり狡猾です、自動防御のままという訳にはいかないかもしれません」
スレイプニール号のジェネレータ出力が跳ね上がる。ベクターコイルが唸り、船体が急速に加速する。しかし、効率的でない出力の上げ方をすると、どうしても余剰熱が発生してしまう。
敵となる存在がある場合、こちらの情報をより多く与えてしまう事にもなるために避けるべきなのだが、今はもう、そう言っていられる状況でもあるまい。
「三十六計逃げるに如かず。ブロック切り離せ」
「了解、切り離します」
「随分と古風な言い回しですね。実際にこの耳で聞くことになるなんて、驚きです」
メルファリアがわざとおどけたように言った。海賊船が思いのほか接近してきているのを見ているからこそ、なのかも知れなかった。
◆
「見つけたぜぇ」
舌なめずりをして、髑髏を模った意匠のあるキャプテンシートで、片肘付いた小男が品のない笑みを浮かべた。
「なあ?俺の勘は当たるだろぅ。こりゃ、今回もいただきだなぁ」
「いつもながらさすがですねぇ、キャプテン~」
「うへへへへへ」
UFO―Cこと、海賊船アシッドクロウのブリッジに、品のない笑い声が巻き起こる。
キャプテンシートに収まる小男が、にんまりと笑った。
「じゃあ、行くぜぇ野郎ども。ガツンと派手に、ぶつけちまえ!」
「オウ!」
スレイプニール号と同じくらいの、鈍色の船体がやや上方からぐんぐん迫る。海賊船の方が、明らかに優速だ。だが、目視でも相手の船体概観が確認できる距離まで近づいたところで、スレイプニール号に目に見える変化が現れた。
「お?やつら船の一部をパージしましたぜ。…どう思う?」
「んー、そっちに獲物が乗ってるってことは無えな。しかし、あれを俺らにぶつける気か?ったく、当たるんじゃねーぞ!」
「まさか。なめんなよ」
海賊船の操舵手が、前方に近づく物体を睨みつけて毒づく。
スレイプニールから分離したブロックは、特に制御されるでもなく置き去りにされていく。保存された慣性のまま進んでいくのみだ。それに対してスレイプニールは、分離後に大きく加速を開始した。
海賊船のブリッジから見れば、いったん近づいた船影が、接近を止めて次には遠ざかってゆく。徐々に小さくなる船影には、赤色の燐光がまとわりついているようだ。
「やつら、すげえ加速してます。どうやらアフターバーナーも使ってるようです」
「ほお、古い船のはずだがなあ。やっぱ金持ちは違うねぇ」
相変わらず人を食ったような態度だ。引き離されそうになりつつも、今この瞬間が楽しくて仕方がない。つり上げた口の端が、興奮状態を物語っている。肘掛けに力を込めて、グイっと前のめりになる。
「逃げようと必死だねぇ。いいよぉ、そういうの最高。…ンでも、逃がさねえ」
ククク、と小さく声が漏れた。
「電子攻撃はうまく行かねえんだろう?」
「はい、すんません。それから、投降勧告にも返事はねえっす」
「だろうなぁ」
スレイプニールは目算通りの加速力を発揮して、襲いかからんとした海賊船から徐々に離れて行く。
海賊船もベクターコイルの出力を上げて追いすがろうとはするが、リアクタ出力もコイル出力も、瞬時に最大化できるわけではないのがもどかしく感じられる。
「やつら、暖機運転でもしてやがったのか?頭いいね」
この場合の暖機運転とは、予め必要以上にバニシングリアクタの出力を上げておき、余剰エネルギーと熱量をため込んでおくことである。
そうすることでベクターコイルの出力を上げやすいし、アフターバーナーもすぐに作動する。
明らかなエネルギーの無駄遣いだし、高熱の発散は赤外線センサーによく映り、敵の攻撃の正確性を高める手助けをしてしまう。だが、砲撃は無いと想定している以上デメリットにならない、という判断をスレイプニール号は下しているのだ。
「キャプテン~、このままじゃ、逃げられちまうぜ~?」
「お坊ちゃん、お嬢ちゃんかと思ったら、意外とやるねぇ。ひひひ」
言葉を投げつけられた小男は、しかしキャプテンシートに収まったまま少しも慌てない。
「んじゃ、とっておきを、四発つけるか」
「四発?ひゅ~、豪勢だねえ」
「上手くいけば、見返りもでけえからな~」
キャプテンシートの小男は、左手の指を4本伸ばしてひらひらさせながら、周りを見回す。
「違いねえ」
「ふはははは~」
獲物に逃げられようとしている筈のブリッジ内は、陽気な掛け合いが続いている。上手くいけば、ではなくて上手くいく事しか考えていない。
「んじゃあ、…やれ!」
「OK、イグニッション!」
オペレーターの一人が、コンソールの一角にまるで後付けされたかのように並ぶスイッチの幾つかをパチパチと操作する。同時に、操舵手は前方の獲物を改めて睨め付けた。
「行くぜえ、おらあ!」
アシッドクロウの船体後部に、眩しいほどの光が現れた。それは船体外殻に増設された噴射型の推進装置が放つ、四つの激しい噴射炎だった。海賊船は慣性制御装置の許容範囲を超えて、蹴飛ばされたように加速する。噴射の轟音が船体内に充満し、嫌な軋み音が響くが、誰もそんな事には注意を払わない。
いきなりの加速でキャプテンシートに体を押し付けられながら、彼の嬉しそうに見開かれた両眼には、ぐんぐん近づく獲物の船影しか見えていない。
「ふひひ、ほおらぁ追いつくぞぉ!」
ごおお、という騒音にかき消されて、声は誰にも伝わらない。
鈍色の海賊船は、それ以上にすすけた煙と眩しい炎を猛烈に吐き出しながら、宇宙船の安全基準などを全く無視した加速Gで、獲物であるスレイプニール号に猛然と迫る。
四基のロケットエンジンによる暴力的なまでの加速力を以って、海賊船はあっという間に追いつき、先行していたスレイプニール号の右舷側に自らの左舷を擦りつけるように接触した。金属の擦れる音が盛大に伝わってくる。海賊と言うだけあって、獲物に食らいつく様はいっそ見事と言えるほどのものだった。
「逃がすなよぉ、銛を打ち込め!」
左舷側に装備されている幾つもの銛銃が、獲物に向かって銛を射出する。
接触直前に切り離された4本のロケットブースターは、制御を失ってあらぬ方向へ加速し続け、そのうちの1本が爆発四散した。残りはというと、ほどなく噴射を終了してそのまま漂流し、あてどのないデブリになり果てた。
◆
スレイプニール号のブリッジに、激しい震動が伝わってきた。金属のひしゃげるような音と、横殴りの衝撃である。
「きゃあああっ!」
メルファリアは左右に揺さぶられて、思わず悲鳴をあげていた。
船体の一部を切り離し、フル加速を開始したスレイプニール号は、追いつかんとしていた海賊船を振り切り、時を刻む毎に遠ざかっていたはずである。
しかし海賊船は、その後に予想外の加速を始め、あっという間に追いついてきた。どうやら、推進剤を使うロケットブースターを用いて、乗組員の安全をまるきり無視するかのような急加速をしたようだ。
「追いつかれてしまうとは!」
さすが海賊とでもいうべきか、外宇宙航行船の常識では測れない手段を使ってくる。こちらが加速で振り切ろうとしていたのを、見抜かれていたとでもいうのか。
がん、がん、がん、と金属を激しく叩く音がした。
船内気圧の低下を、複数の個所で感知する。彼我を固定するために、アンカーのような物を外装に打ち込んできているようだ。
「被害ブロックからは至急退避、しかる後に隔壁閉鎖。情報ネットワークも遮断しろ!」
クーゲルが矢継ぎ早に指示を出す。できるだけ長く時間稼ぎができるように、である。
「姿勢制御に取り組め。何としてもトーラスから遠ざかるな!」
シートに片手をかけたままで仁王立ちするクーゲル。その姿を照らしていたブリッジの照明が、不安定に揺らいだ。
「どうした?」
「敵船から、テイザー攻撃が断続的に来ています。今のところはまだ、ダメージは想定の範囲内です」
「わかった。当該ブロックは放棄する。絶縁処置をしろ、監視網も切断するしかない」
ギギギギギ、と金属同士が歪み擦れる音が伝わってくる。耳障りで、背筋がぞくりとする雑音だ。悪意が自分達に向いているという事を実感させられているようで、息苦しくさえなる。
海賊船は銛を打ち込んで、そこから高電圧電流を流してきている。クラッキングは難しいと判断して、こちらのシステムを破壊あるいは無力化しようとしているのだろう。
そういった、海賊の使う手口について予め情報収集しておいたが為に、今のところは何とかしのげている。ただ、そもそも接触されないように対策を練ったはずだったのだが、海賊の手口は予想を超えてきた。以降もまだまだ油断はできない、と心構えるべきだろう。
「接触された箇所がブリッジや機関部に近いところではなくて幸いでした。本船の進路も今のところは、ほぼ太陽の方向を向いています」
クーゲルは、そう言いつつ船内制圧用の軟樹脂弾頭を詰め込んだサブマシンガンを左の腰だめに確認する。右手には相変わらず、金棒ならぬ六角断面のタングステン合金ロッドを握り締めている。船内において一人だけ、船外活動用の空間服を着こむ彼こそが、文字通り最後の砦なのだ。
SOSも発信した。あとはどれだけ持ちこたえることができるか…。
さすがのクーゲルにも、全く不安が無いかといえば嘘になる。




