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深淵のアリス  作者: 沢森 岳
23/33

23 チェイス(1)

宇宙では、どうやって止まるかが大事です。

ホワイトベースはどうやって減速するのか、を考えると夜も眠れません(ウソ)

 グラハムの指示は徹底していた。比較的容易に取り外せる外装品は、装飾は言うに及ばず、大気圏内飛翔時用の安定板まで外す。予備パーツのストックもほとんどを捨てる。逃げ込む先は地上ではなく、宇宙港へと決めたわけだ。


 内装品は、ソファなどVIP用の調度品も含めて取り外せるものはパージ可能なブロックに押し込めて、丸ごと切り離して捨ててしまおうというのだ。さすがVIP用クルーザーというべきか、目算通りなら10%以上の重量を軽減できる。加速力も機動性も格段に向上するだろう。


「兄様。あれも、よろしいのですか?」

 そう言って妹がちらりと視線を泳がせた先では、クーゲルが慣れた手つきで梱包作業に勤しんでいる。


「私の趣味の品物だけを特別扱いしては、示しがつかぬよ」

 船内服に着替えつつある彼は、自分のスーツやネクタイなど衣装類もすべて始末するつもりでいた。食材までも、保存用などの調理不要のもの以外はすべて破棄リスト入りだ。


 この状況を見せつけられて、さすがに彼女も身に迫る危機を実感せずにはいられなかった。自分たちに迫るものの正体はほぼ特定できており、それの目指すところは恐らくVIPの誘拐。仮に捕らえられてしまったならば、事は身代金の多寡だけで済むとも考えにくい。そう思うと、今までには感じたことのない、どす黒い靄にまとわり付かれるような感覚に囚われていた。


「iフライト・アウト、各部異常なし。通常航行に移ります」

 片付けが進み、すっかり寂しくなったラウンジにはもはやソファも無く、VIP達も今はブリッジに詰めて飾り気のないシートに着座している。


 荷物の移動はあらかた終わったが、ブロックの切り離しにはもう少しだけ準備時間が必要だった。無駄話の憚られる空気の中で、一人だけ船外空間服を着用しているクーゲルが、2m程の長さの棒を手にして仁王立ちしている。


「クーゲル、その姿を見るのは久しぶりだな」

「はい。今までも、これからも、必ずお守り致します」

「苦労を掛けるね。でも、頼りにしてるよ」

「お任せあれ」


 メルファリアは、ずっと押し黙ったままだった。あてがわれたシートに深く座り、腰にあるシートベルトを掴んでじっと前を睨んでいた。彼女はしかし、震えていたわけではない。今自分に何ができるか、ずっとずっと考えていたのだった。


 彼女はまず、敵を知ることが先決と考え、得られた断片的な情報から敵の正体を絞り込んでいった。その結果がクーゲルの出で立ちに反映されている。

 目の前のディスプレイには、更なる検索結果が現れる。


「兄様。検索範囲を全人類域に広げましたら、確度の高い候補が見つかりました」

「ほう」


「やはり、要人拉致とその身代金を目的とする輩のようです。ですが、これまでの活動範囲からは、ココは大きく離れています」

「それだけ我々は魅力的なターゲット、という事なのだろうな。嬉しくもないが」


 一同が万が一の事態を想定する中で、クーゲルが事もなげに言う。

「拉致を企てているという事であれば、むしろ防ぎようはありますな」

 対艦攻撃用の装備のないスレイプニール号は、砲撃に対しては牽制することもできない。最も苦手な状況だ。しかし、要人の拉致が目的であるなら、砲撃してくる可能性はかなり低い。


 船全体を乗っ取るか、強引に侵入してくるか、といった事が想定できるわけだが、それならば持久戦に持ち込める。クリフォード星系までは来たわけだから、ある程度持ちこたえることで救援の到着も期待できよう。


「もし賊が船内に侵入してきたなら、私が全て仕留めましょう」

「うん」

 クーゲルは確信をもって語り、そしてその言葉をグラハムは微塵も疑わない。


 短い沈黙の後、それを破ったオペレータの声は震えるように揺らいでいた。

「います!プロファイルデータと一致しました。UFO-Fです。10-1の方向。遠ざかりますが、減速しているようです」


「北天か。UFO-Cでは無いのだな?」

 再び出会うとは、偶然にしては出来過ぎる。公転軌道方向に進路を向けている理由は、我らを捜索しようと動いているからか?いずれにしても、離れるべきだろう。

「進路12-4、公転軌道面に合わせて、小惑星帯を通ることにする。ブロックの切り離し準備は良いか?」


 現在のスレイプニール号は公転軌道面よりも北天側に位置し、恒星の方向に船を向けて小惑星帯を飛び越えようとする位置にいた。しかし、船首を下に向け、小惑星帯に飛び込むように進路をとりなおす。UFO-Fから遠ざかり、なおかつ小惑星帯に紛れようというわけだ。自らの位置を伝える暗号通信ポッドは既に放ってある。これがトーラスの宇宙港か内宇宙パトロール船にでも伝わりさえすれば、最優先で救援が遣わされるはずだ。


 スレイプニール号は緩やかに減速をしつつ、小惑星帯へと侵入する。自らの拠点とする星系だけに小天体の位置関係もほぼ網羅しており、通りやすいルートもなんなく抽出できる。小惑星帯に突入するからといっても、大きな危険性はない。


「一旦見失ってくれるでしょうが、こちらからも見通せませんな」

「小惑星帯を抜けたらブロックを切り離し、再度加速する」


 宇宙空間でそんな必要は無いのだが、みな言葉少なだ。ピリピリしている。

 金属分を含んだ大小の岩石が散らばるなかでは、各種センサーの感度や精度が大きく低下する。スレイプニールからも、他の船は精度の低い予測位置しか分からなくなる。そういう状況下で、スレイプニールは航行速度をかなり絞った。


 敵がスレイプニールに接触しようとするならば、相対速度を十分に小さくする必要がある。つまり、こちらが低速ならばそれに合わせてくる。そうなったところで、ブロックをパージすることで軽量化したスレイプニール号の、加速力をもって振り切ろうという作戦だからだ。


 こと加速力なら、様々な情報から得られたエネミー候補の予測値よりも、こちらが上回っていることは確実だ。ならば、加速し続けることで振り切ることが出来よう。


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