22 クリフォード星系,小惑星帯近傍
その時が来たら、なんですが、実際に「宇宙海賊」って呼ぶんでしょうかね?
広く宇宙に人類が進出したとき、本当にそう呼ばれるのか、私気になります。
ほかの言語はいざ知らず、日本語では「宇宙海賊」って呼ばれるよう、微力を尽くしたいと思います。
スレイプニール号は順調に航行し、トラブルもなく、フライトプランは着実に消化されている。
iフライトに移行してからは、ずっと平穏な時間が続いている。敢えていつもの航海との違いを見出そうとするならば、やけに船内が静かである事くらいか。
粛々と進む時間と空間の中、幾度目かのティータイムがやってきた。
クーゲルは相変わらず手際よく茶を淹れる。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
「ありがとう」
器を手に取り、ひと口含むと優雅な香りが鼻腔にふわりと広がる。うっとりと目を瞑り五感のすべてで味わうように嚥下する。
「私も、あなたのように上手に淹れたいわ。出来るようになるかしら」
「姫様なら、すぐに出来るようになりますよ」
メルファリアは優しく微笑んでもう一口含み、器を置いた。
しばし沈黙。
「兄様」
「なんだね」
グラハムも目を閉じて茶の味と香りを楽しんでいたところだ。
「まるで無かったかのように振る舞われていますが、まさか忘れてしまった訳ではありませんよね?レオンの事を」
メルファの声には小さな刺が見え隠れする。
「姫様、お言葉が過ぎます」
「姫様という言い方は好きではありません!」
これはもう、八つ当たりに近い。
「二人とも…イライラさせてしまったようで済まないな。私とて、忘れたなどという事はないよ」
むしろ、とグラハムはメルファリアを見つめる。
「今回は色々と反省するところもある。それらを踏まえてこれからどうするか、レオン君の行動に応えるためにも、我々はトーラスに辿り着かなくてはならない。そして、レオン君を何としても救助しなければならない」
兄の意外に強い口調に、妹の表情は和らいだ。
「はいっ」
「その為に、今の私たちに出来ることだが」
グラハムは器をソーサーに戻して話を続ける。
「クーゲル、この船には脱出機構が備わっているね?」
「は、はい。グラハム様だけではなく、メルファリア様にもお乗り頂いたうえで、救助が期待できる十分な期間をお過ごし頂けるかと思います」
スレイプニール号の脱出機構とは、お茶会の会場たるこのラウンジを含めた比較的大きなブロックごと切り離される。船に何らかの深刻な異常があった場合に、この船の主人を安全に退避させるための機構として備わっている。
ただ、比較的大きなブロックとはいっても、スレイプニール号の乗組員全員を収容することはできない。改めて尋ねるまでもなく、それは分かりきった事だ。
「兄様…」
メルファリアの顔には躊躇いが浮かぶ。
かたやクーゲルの顔には穏やかな笑顔が見て取れる。
「スレイプニール号を囮とするならば、無事に逃げ切れる可能性は大いにあります。いえ、私が何としても海賊どもを引き付けて見せましょう!」
二人に見つめられたグラハムはしかし、
「いやいや、そうじゃないよ。むしろ逆、かな」
「逆、ですか?」
クーゲルは怪訝な貌をしたが、グラハムは穏やかな表情のままだ。
「逃げ回るのに必要でない物を、全部捨ててしまおうと思う」
メルファリアの表情が、ぱあっと明るくなった。わかりやすい。
「今の我々に出来ることはそれ程多くはないのだ。まずは、最低限必要なもの以外を、投棄する。この船に戦闘力は無いので、身軽になって速度を稼ぐしかないだろう。だから、ティータイムもこれきりにしようと思う」
iフライト中は、進行方向以外は見通せない。側面より後方は全く見えないし、重力センサー以外は役に立たない。その重力センサーも、小さな質量を識別するのは困難だ。
この状況では、追いかける側は前方視界内の獲物を観測できるが、逆に追われる側は後方の追跡者をほぼ認識できない。今現在、スレイプニール号は追ってきていると思われるUFOを感知できないでいるのだ。iフライトの原理上、追う側が圧倒的に有利なのである。
件の海賊船は、きっと追ってきている筈である。スレイプニール号を追えるだけの能力があるからこそ、狙ってきているのだと考えるべきだ。こちらからは覗えないのをいいことに、実はすぐ後ろにまで肉迫しているのかもしれないのだ。
これまでの航路の途中、幾つかある進路変更ポイントではiフライト・アウトの上で進路の調整を行っているが、UFOを感知しなかった。もしかしたらUFOはスレイプニール号の速度性能に追いつけず、無事逃げ切れているのかもしれない、とも思われたが。
「そう思わせて油断させようとしている、と考えておくべきでしょう」
クーゲルは慎重だったし、グラハムも同意見だった。
「仕掛けてくるとすれば、iフライト・アウトのあと、クリフォード星系内宇宙で速度を落とさざるを得ない場面、でありましょうな」
「そうだろうな。ではそこから、加速力と機動性の勝負という事になるな」
海賊船の過去の事例通りであれば、接近して船同士を接触させようとするはずだ。接触するためには相対速度を十分に小さくする必要があるから、例えばこちらが静止していれば相手も静止せざるを得ない。
通常航行時であれば、後方から迫る追っ手を十分に観測しつつ逃げ回り、あるいは加速力で引き離すという事が可能だろう。
スレイプニール号としては、そうやって時間を稼いで、逃げ切ることが勝利条件となるのだ。




