20 銀河系探査船(4)
重力って重要です。
無重力では、洗髪したあとで髪形を整えるのにも苦労しそうだな、とか、くだらないことを心配したりします。
インフォディスプレイ上でも確認したが、ラーグリフには強力な艦砲が備わっている。
世界各国が保有する宇宙戦力の主役である戦列艦が装備するものと同程度の、相手の戦列艦を損傷させるだけの威力を持つ、高エネルギーのビーム砲だ。
海賊船がスレイプニール号に取り付く前に両船を補足できれば、その火力で海賊船を撃ち、撃退することができるだろう。しかし、そこには何十人もの人間が乗り組んでいる筈だ。
海賊とはいえ、それはつまり人を殺すという事になるのだろう。善良なUNP職員であり一般市民でしかないレオンとしては、それを指示することに躊躇せざるを得ない。
一方、もし接舷されてしまったなら、艦砲を撃つわけにはいかないのではないだろうか。万が一にもスレイプニール号に被害を与えるような事になってしまっては、大変だ。
「うーん、どうしたものか」
他にやり方があるとすれば電子戦か。相手の耳目を妨害するだけに留まらず、ネット経由あるいは直接通信で相手をクラッキングする。全ての管制を掌握できなくとも、相手船の機関系や疑似重力制御系を狂わせて継戦能力を奪うとか。
しかし、善良な以下略のレオンはその方面に明るいわけでもない。
しばし腕を組んでしかめっ面をしてはみたものの、すぐに良案が思いつくわけもない。
「助けるって決めたんだしな。撃てる状況ならば、撃つしかないか」
「撃つかどうか、逡巡するのは当たり前だと思います。むしろ、まったく躊躇わないようでは、その、…いろいろと不安です」
「そうか、そうかも」
「そこで、提案があります」
アリスがそう言うと、ラーグリフのホログラム映像上に幾つもの光点が現れる。
ラーグリフが搭載する艦砲には、出力だけでなく収束調整のできるものがある。それらを使い、海賊船を撃ち抜くのではなくて表面構造物に対し広範囲にダメージを与えて無力化するのはどうか、とアリスが言う。
「実際に着弾してみないと加減のわからない部分もあり調整は難しいのですが、海賊船の無力化と乗組員の生存を両立できると思います」
例の海賊船は、機動性や索敵能力を向上させるための改造を行っているらしいことが、これまでの観測と過去の様々な記録から推察されている。センサー類やスラスターが船体に幾つも増設されているだけでなく、装甲の軽量化も行われているようだ。
そのため、元になった巡航艦よりも防御力に関しては大きく低下している可能性が高い。観測とマイニングによるMAYAのグレートデータ分析には、一定以上の信頼性があると思えた。
だからレオンは、そのアリスの提案を是とした。生き残るであろう海賊たちに恨まれるとしても止むなしだ。せいぜいこちらの情報をできるだけ与えないように、何とか工夫をしよう。
「iフライトLevel3に到達。引きつづきLevel5まで順次上げて行きます」
不意にアリスが状況を報告する。
レオンにとっては不意と感じても、実のところアリスというかこの船にとっては然るべきタイミングでしかないのだが。いよいよLevel4を超えると、レオンにとっての未踏領域だ。不安が全くないというわけではない。
「ああ、それさぁ、今か今かと思うとドキドキしちゃうから、もう報告しなくていいよ。フライトプラン通り進んでいるうちは、報告はいらない。俺は不調を感じたら、すぐに言うからさ」
「わかりました」
しばし沈黙。
「レオンは案外、小心者ですね」
優しく優しく、微笑むアリス。
「おいおいなんだよ、おまえ、“一言多い回路”でも付いてんの?」
うふふ、と笑ってから、アリスがレオンをじっと見つめる。
「その反応は予測できませんでした。やはり、人間との会話は興味深いですね、とても」
「…」
AI学習の糧に使われちまったわけか。疲れるなぁ。
「そうだ、お腹が空いたな」
至極原始的な欲求に、今更ながらに思い当たる。
目覚めてからこっち、ずいぶん長いあいだ動きっぱなしだ。レオンは、マンマシンインターフェースであるアリスに対して話しかけたわけだが、顔を向けた先に待っていたのはしかし、凍えるほどのクールビューティーだった。
「…レオン。以前申しました通り、人間のための食料は、あとこれだけです」
そう言うと、レオンの目の前に画像が映し出される。保存食ショートブレッドが一パックのみ。商品説明用の画像データだろう、通常の一食分にも足りないほどの分量だ。
「はっ、そういえば…」
「水は捻出できますので、問題ありませんが」
今はもう、既にトーラスに向けてiフライト中だ。海賊の件を片づけるまで補給は叶わない、という事になる。レオンはお腹をさすりながらしばし唸り、観念した。
「…寝る」
「はい、わかりました」
ラーグリフの搭載艇であるこの船「プロミオン」は、建造当時の新鋭巡航艦を母体として、ラーグリフに搭載するための改装を施された船だ。元来が戦闘艦艇なので客船のようなアメニティ設備を求めることはできないが、それでも士官用だったと思しき船室はちゃんと、まともなベッドを備えていた。
ただし、今これからレオンが寝るのはベッドの中、マットレスを持ち上げた下にあるカプセルベッドになる。カプセルベッドとは、人体と同じ浸透圧の特殊な組成の電解液で満たされている、別名羊水タンクとも呼ばれことのあるカプセル状の代物だ。
人はカプセルの中で液中に浮いて、冬眠に近い状態で寝る。それは疲労の回復のみならず、医療用ナノマシンを利用した怪我の治療のほか、メンタルヘルスケアや睡眠学習なども行える。不安定な重力下では、充分な睡眠を得るための有効な手段として、外宇宙航行船では当たり前のように利用されている設備だ。
また、星間旅客船の三等客室と言えば、カプセルベットのことを指すと思って間違いない。冬眠に近い状態で寝るので、その間の食事もサービスも省けるのは非常に経済的なのだ。更に、荷物に準じた扱いで人は運ばれるわけだが、それでいて当人は夢の中で快適に過ごせるため、敢えて三等客室を選ぶ客もいる。
「本船のカプセルベッドは、使用者に対し睡眠学習や娯楽コンテンツを送付するだけでなく、精密な双方向のやり取りが可能です。つまり、義体となるアンドロイドをあらかじめ準備しておけば、カプセルベッド内で生身の身体を休めながら、アバターリンクによって義体を操作して活動することが可能です」
三等客室とはモノが違うのだよ、という事をアリスは伝えたかったのだろう。
「ただし、脳や神経系は覚醒時と同様かそれ以上に活動しますので、それだけ多量にカロリーを消費しますが」
「だよな。だから却下だ。睡眠学習だけにする」
レオンは、ラーグリフとプロミオンに関する資料、それから海賊船に関する情報を学習できるよう、アリスに要請した。クリフォード星系に辿り着くまでを、ずっと冬眠状態で過ごすつもりだ。
「レオン、寝る前に私のことをよく見て記憶しておいて下さい。そうすれば、より明確なイメージの私の姿でレクチャーできます。イメージを想起しやすい方が、学習効果が向上します」
「そうか、わかった」
顔を動かし、角度を変えながらアリスを見つめるレオン。アリスもじっとしたままレオンの視線を受け止める。
かと思いきや、
「あまりじろじろ見られると、困ります…」
恥ずかしそうに眼を伏せるアリス。頬に手を当てるその仕草は、とても作りものとは思えない。
「なっ、お、お前が良く見ろって言ったんだろ!」
逆にレオンが顔を赤くする。思わず声がうわずった。
すると、瞬時に冷静な顔に戻ったアリスが抑揚なく呟く。
「と、いうように、強い印象を与えた方が、学習効果も高まります」
「…こ、このやろう」
レオンは深ーいため息をひとつ吐いた。
腹を立てても、腹が減るばかりだ。さっさと寝よう。
「レオンが寝ている間は、私も寝ます」
「アリスも寝るのか?」
アンドロイドなのに、という意味合いであったが、アリスの言い分にはなるほど納得するしかないようだ。
「私は、レオンのためのインターフェースです。睡眠学習には義体は必要ありませんので、レオンが寝ている間はなすべき事がありません。むしろ、その間に自らのメンテナンスの為に私もカプセルに入ります」
「メンテナンス?」
「はい。私のようなタイプは外観の維持と各種補給の為、一定期間ごとに専用のカプセルベッドを使用するのです。ご存知ありませんか?ありませんね。では、時間には余裕がありますから、私の取り扱いについても詳しく学習してもらいます」
「あまりカロリーを消費しないように、手加減してくれよ」
「はい。わかりました」
レオンが、専用の着衣に着替えてカプセル内に横たわる。カプセルベッド自体は別に裸でもいいんだけど、なんとなくね。
アリスの手によってカプセルが閉じられると、間もなくカプセル内を電解液の蒸気が満たしてゆく。レオンが睡眠状態に移行した後、蒸気は密度を増してやがて液状となり、体全体を包んだ。
レオンは当分のあいだ、夢の中でせっせと勉強をすることになるのである。




