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深淵のアリス  作者: 沢森 岳
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2 惑星ノア,衛星軌道上

この世界に、軌道エレベータは必要ないのです。


 リーリス104は無事に補修を完了し、惑星ノアの衛星軌道上に浮かぶ宇宙港に入港した。

 航海士補佐の任にあるレオンは、入港作業の一部をマニュアル通りにこなすと、あとは先輩の手際を何となく眺めるのみであった。


 そもそも宇宙港への入港作業は大半が自動制御で、正航海士の補佐である自分にはやるべきことが更に少ない。寄港地である惑星や、その宇宙港の港湾設備を観察している時間のほうが長いくらいだ。

 少しだけ身を乗り出して、今も視線の先は宇宙港の向こう側の惑星にあった。


 墨汁に青いビー玉が浮かんでいる。

 そう思ったが、その表現が正しいかどうかは分からない。

 墨汁も、ビー玉というのも、ネット上で得た知識でしかないのだ。


 衛星軌道から見下ろすその惑星は、恒星からの光を受けて神秘的に蒼く、きれいだった。

 どうして神秘的だ、と思ったのかはよく分からない。さながら地球に似て、とでも言うべきだが生憎レオンは地球を実際には見たことが無い。銀河百科事典にアップロードされている映像なら目にしたこともあろうが、それを思い出したという訳でもなかった。

 もしかしたら、人類には原風景とでも言うべき情景が遺伝子に刻まれているのかもしれない。


 ノアは、人類の版図の中でも珍しい部類の惑星だ。その組成や惑星としての特徴が、地球に非常によく似ている。ノアという命名も、そこらへんに理由があるのだろう。

 地球よりはだいぶ若いが、直径と質量がほぼ同じで、夜空には模様が浮かび上がるほどの大きさの衛星も存在する。所謂、この星の月だ。古来から、可住惑星に付随する大きめの衛星のことを月と呼び、惑星○×の月、と呼びならわすのが一般的だ。ある程度以上の大きさの月が存在するということは、その惑星上の海には潮汐が発生する。


 そして、スペクトルF型の単星を主星とする公転軌道面の鉛直に対して、地軸の傾きもあるので明確な四季も存在する。・・・らしい。レオンは初めて訪れたので、それがどれ程のものか実感はできないが、興味はそそられた。彼の生まれ育った惑星にも地軸の傾きはあったが、それは小さなもので季節と言えるほどの変化はもたらさなかったのだ。


 それを知ってか知らずか、先輩がめんどくさそうにしながらレオンを窺う。


「手渡便の依頼があるんだってよ」


 そら来た。まぁ、いつものことだ。


「レオン、おまえ地上に降りるの好きだろ?頼むわ」

「りょーかい。行ってきます」


 面倒な作業や面白みのない仕事は、新人や下っ端に回ってくる。どれだけ人類の歴史が積み重なろうとも、それは変わりそうにない。レオンはもう新人ではないが、ずっと下っ端のままだ。新人の補充が無いんだから、まあ仕方がない。


 興味なさそうには答えてみたが、その実レオンは心の中だけでほくそ笑んだ。レオンにとってみれば、田舎の宇宙港には、通り一遍の施設しかなくてつまらない。業務ではあっても、地上ステーションに降りたほうが、何かしら見るべきものが有りそうじゃないか。

 下り便も上り便も、昼寝でもして過ごして居れば良いわけだし。

 地上勤務用の制服等を詰め込んだ鞄を手に、レオンはドッキングチューブへと移動する。


「じゃ、行ってきます」

「おう、よろしくな」


 先輩が軽く手をあげてレオンを見送った。


 地上ステーションへ降りるには各惑星ごとの検疫があり、先輩にしてみればメンドクサイことなのだが、レオンとしては苦になるほどでもないと思っている。

 秘かな楽しみを気取られぬよう、彼は足取り重く昇降便プラットホームに向かったのだった。


 宇宙港は、惑星の静止衛星軌道上に配置された「軌道ステーション」と、地上に設けられた「地上ステーション」からなる。「軌道ステーション」は宇宙船を係留するためのもので、「地上ステーション」は惑星上の物流を集約して「軌道ステーション」へと中継するための地上施設だ。


 多くの惑星では、軌道ステーションは一基のみであるが、地上ステーションは各大陸ごとに存在している場合が多い。その惑星の発展度合いや人口分布などによるが、大陸だけではなく大きな島に建造されていることもある。


 そういった1対多の関係性からも分かるとおり、軌道ステーションと地上ステーションとは、いわゆる軌道エレベーターのように、ハードウェアで直接繋がっているわけではない。軌道ステーションは衛星軌道上に浮かんでいるのであり、地上ステーションは地上にある空港施設だ。


 両者間の行き来は、VTOL(垂直離着陸機)と呼ばれるベクターコイルの推力で昇降する大気圏内飛翔用の機体が担う。

 経済的合理性を追求する一般的な外宇宙航行型の宇宙船は、重力下での使い勝手や大気圏内での飛翔能力を備えない。つまり、宇宙船は軌道ステーションに停泊し、人や物資だけがVTOLに積み替えられて地上との間を行き来するのだ。


 レオンの乗り込んだVTOLは、深皿を上下に二枚貝のように重ねた、厚みのある円盤状をしていた。

 衛星軌道上と、その時々で位置関係の変化する地上ステーションの間を上下するには合理的で、ごく一般的な形状だ。

 軌道ステーションの惑星側(つまり底面になる)に機体上部をドッキングし、貨物と旅客を積載して降下する際にも、機体下部を常に惑星側へ向けたままとなる。乗客にとっては足元が常に惑星側であり、これは積み荷にとっても好都合なことが多い。


 また、地上ステーション上空の成層圏領域までは水平方向への横移動もするが、基本的にAIによる自動運航なので前後左右の区別は必要ない。

 つまり、この機体を地上から眺めれば、それはまさに空飛ぶ円盤なのだ。


 宇宙港の軌道ステーションは、この星では高度約三万八千キロに位置している。

 ここから地上ステーションまでの所要時間は、通常では2時間ほどとアナウンスされていた。検疫を済ませてVTOLに乗り込み、レオンはリクライニングできる座席を見つけ出して腰を下ろした。近くに外を眺める小窓はあったが、ブラインドが閉じており、改めて覗いてみようとまでは思わなかった。


 尻の位置を調節しつつ、リクライニング用のボタンに指を掛けたところで降下開始のアナウンスが流れ、間髪入れずにガクンと震動が伝わってきた。

 そのせいで、ボタンに触れようとしていた指が、あらぬ処をつついた。


「いてっ、・・・雑だなあ」


 レオンは顔をしかめて手を引っ込め、口から出た自分の声の大きさに思わず周囲を見回してしまった。しかし、幸いにというべきか、大きな独り言が聞こえそうな範囲にほかの乗客は居なかった。


 ベクターコイルの出力が上がる前に軌道ステーションからの切り離しをしたのだろうか。それとも単に、古いVTOLにガタが来ているのか。辺境の開発途上惑星には、ありがちな事なのかもしれない。

 レオンはひと眠りしようかと思っていたのだが、目が冴えてしまったので仕方なく、この星に関する情報を手元端末で拾い読みすることにした。


 左のアームレストを外側へ開けると中にミニテーブルが収まっていて、そのミニテーブルを引き出して目の前に倒し、膝の上となる位置に設置する。軽食やドリンクなどを置くためのスペースになるわけだが、横にあるスイッチを押してクルリと回転させると、裏側にはタッチパネル画面が備えられており、自動的に画面が表示された。


 近年は平板の画面ではなく、実体のない透過型疑似立体ディスプレーとジェスチャーインターフェースが主流だが、レオンは向こう側が透けて見えることのない平板画面のほうが、目の疲れが少ないような気がして好きだった。

 軽量化ばかりが正義でもないだろうに、とレオンは常々思っている。


 タッチパネルに触れると、見慣れぬポータルサイトが表示された。複雑な機能やサービスを求めているわけでもないので、ゲストアクセスのまま彼は指を滑らす。


「なんだこりゃ、情報少ないなぁ」


 暇つぶしにもならないのでは困るんだよな。


「いやまて、これは頑張って情報を集めろ、という事だろ」


 ポータルを抜けて、ユニバーサルネットの検索ページに移る。

 レオンは前向きだった。


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