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深淵のアリス  作者: 沢森 岳
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19 銀河系探査船(3)

光速に近い速度で航行できれば、普通の(?)人間でもかなり遠くまで行けるんでしょうね。

時間の進みが遅いわけですから。

 小惑星から離れるごとに、ラーグリフに恒星からの光が当たる。それによって、レオンは初めて自分の乗っている船を観察することができた。


「おお。舳先がすごく遠くに見えるな。船体は白いのか」

「やや青みがかかった明るい灰色が主体です。ずっと夜側に着底していましたから、表面コーティングの劣化も無視できるレベルです」


 百年の間に降り積もった塵芥が、ラーグリフの船体から振り落とされて太陽光を乱反射し、きらきらと輝く様がブリッジスクリーンに映る。


「奇麗だな」

「微小な砂粒が恒星からの光を不規則に反射しています」


「うん、まあ、そうなんだけど」

「…奇麗、ですね」


 レオンの意を汲んだものか、目の前のインフォディスプレイにはラーグリフの全体像が映し出されている。スリムな船首と翼のような張り出しを左右に持つ、流麗なスタイルだと思える。

 ふと、異文明がこの船に遭遇したらどのような印象を持つのだろう、などと詮無い事を考えた。


「そういえば、ずっと夜側にいたって言ってたよな?この小惑星は、やけに都合よく自転しているんだな?」


「都合よく自転()()()()()のです。ですから、ラーグリフが離れた今後はバランスが変わりますから、自転周期や軸も変化するかもしれません」

「ああ、そういうこと」


 小惑星は電磁波を通さないから、ずっと夜側にへばり付いているということは、より内側の軌道にある惑星ノアからは、見つけるのは非常に難しいって事だ。博士はそうしておいて、ランツフォート家の人にヒントを残したんだな。


 しかし、なぜそんな面倒な事を?わかりにくくする理由は?そしてなにより、博士はどうした?

 まあそれらは追々確認していこう。今のレオンにとって、まずはスレイプニール号の安否こそが気がかりだ。


「フライトプランはどうなっている?」

 レオンが問うと、ディスプレイには瞬時に3Dナビゲーション画面が表示される。そして、レオンの視線がナビゲーション画面を捉えるのに合わせて説明を添える。

 優秀なマンマシンインターフェースだと言えよう。


「現プランは、トーラス宇宙港への基本航路のままです。索敵網を構築する位置と範囲を検討し、それによって微調整をする必要があります」


 UN所属の船だからだろうか、操作体系は自分の知る物となんら変わらなかった。レオンは画面を操作するのに全く苦労せず、トーラスまでのフライトプランの委細を確認することができた。

 フライバイなど全く使わない、自身の加速力のみで最短航路を突き進む。航海士の立場からしてみれば工夫の少ない、面白みのないプランだが、今はそれが頼もしく思えてくる。


「力技だな、羨ましいとも言える。よし、これで行こう」

「はい。では、ラーグリフ、進発します」


 アリスの言葉と同時に、コイルとは別の振動が二人の座るシートに伝わる。目の前のインフォディスプレイでは、様々な数値が目まぐるしく変化してゆく。それにも増してブリッジスクリーンに映し出された小惑星、それからこの星系の恒星が、ぐんぐん位置を変えてゆく。


 少し前まで着底していた小惑星が、どんどん遠ざかる。あっという間に小さくなり、そそくさとブリッジスクリーン上からは退場してしまった。


「すごい加速だし、それにしては静かだ。ってことは慣性制御もかなりのレベルだ」

 レオンは素直に感心していた。


「現在は人間…レオンのことです。を、乗せているのでその制限の範囲内で機動しています。データを蓄積し学習するためにも、レオンは自分自身について、特に体調の変化などについて気づいた点は速やかに申告するようにしてください」


「ああ、わかったよ」

 貴重な二例目のサンプルだからな。今後どうなるかはまだ分からないが、少なくともいま暫くはこの船に厄介になる必要がある。体調を気遣って手加減してくれるというのであれば、それは有り難い。



 ラーグリフはそのライトグレーの船体をぐんぐん加速させ、レオンのこれまでの常識からは有り得ない短時間でiフライトに移行した。慌ただしさも賑やかさも、全くない。

 元来がAIによる自律航行船なので、大まかな指示を出した後は、レオンが航海士としてやるべき事などは無かった。


「規定の加速を終了。進路微調整。インフレータ作動、協調制御開始」

「うん」

「制御安定、倍率上昇。iフライト・イン」

「…」


 アリスは淡々と報告を口にするが、手も体も動かすことはない。実際にこの船をコントロールしているのはMAYAで、アリスはインターフェイスでしかないのだから。もしかしたら、まばたきもしないのかと思って横顔を見つめていると、おもむろにこちらを振り向いた。


 振り向く仕草は、しっかりと人間のソレだった。ロボット的な動きでは全くない、というよりも違和感なく女性の仕草だった。長く艶やかな黒髪がさらりと流れて、白いうなじが垣間見える。


「どうかしましたか?」

「いや、別に。まばたきしてるのかな、と思ってさ」


 言ったそばからアリスがぱちぱちとまばたきをした。そういえば睫毛も長い。


「本物の人間と見紛って頂くのが、私の存在意義のひとつです。各部位や体表面、髪の毛などの付帯物も人間の視力では見分けがつきませんし、些細な動作も丹念に作りこまれています」


「ほほう、自信満々だね」


「はい。どうぞ何なりと、お試しになって下さい。もし希望があれば、体温の調節もできますよ。好みは人それぞれのようですから」


 アリスは、首を僅かに傾げて微笑んだ。

「お前は一体、俺に何を試させるつもりだ」


「どうぞ、何なりと。ただし、傷を付けない程度にお願いします」

 やっぱりキメ顔をしているような気がする。


「ふうん。まあ、そのうち気が向いたら、な」

「はい」


「それよりも、海賊の情報を出してくれ。奴等への対処を考えたい」

 海賊アシッドクロウは、やはりスレイプニール号に接舷しようとするだろうか?


 身代金目当てだとすれば、今現在あの船には、超の付くVIPが二人も乗っている。言うまでもなくランツフォート家の二人だ。要求する身代金は莫大になる事だろう。

 海賊共がわざわざ遠くからやってくる理由としては、もうそれで充分なのかもしれないとも思える。


「それから、この船の戦力に関する情報も」

「はい」


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