18 銀河系探査船(2)
無線通信技術って、日々進歩していますよね。
いつか、人類以外の誰かが発したものに気付いたりする日が来るんじゃないかと、夢想してます。
「久しぶりに稼働しますから、各部のチェックに少々時間をいただきます」
アリスが言うには、ラーグリフの航行能力ならそれでも十分先回りしてトーラスに到着できるのだとか。問題は、それだけの倍速で航行した実績がまだ一人しかおらず、その一人は航行後ほどなく体調を崩してしまった事だという。
「統計サンプル数が全く足りませんので、iフライトLevel5と体調悪化の因果関係はまだ不明ですが。レオンが貴重な二例目となります」
iフライト技術を得て人類が宇宙に進出し数千年が経つが、星間航行に適応できない者達が一定の割合では存在する。もちろん、星間航行に縁のないまま人生を終えることは十分可能だし、実際に人類の何割かはそういった人達だ。
かたや適応者も、航行時のインフレーション倍率が上がるにつれて数は減る。一万倍を超えるあたりから、体調や精神に不調をきたす者が急増する傾向にある、と統計には表れている。
レオン達のようなUN所属の宇宙船の乗組員となる者は皆、一万倍速での適応を確認されている。自分でも適性は高い方だと自負しているレオンだが、アリスの言うラーグリフでの実績は十万倍速だから、その倍率での経験は当然ながら無い。
というか、その速さでの実績は聞いたことが無い。さっき一人だけ居たというのが初耳だし、しかもその彼は体調を崩しているのだ。軍属や科学技術研究関連のエンジニアなどが高倍率の適応を確認することはあるようだが、適応者は激減するらしいと聞いたことがある。
「俺が適応できるかどうか、やってみなきゃ分からないんだよな?」
「はい。また管理者不在になってしまっては、私も困りますね」
「澄ました顔で不吉な事を言うな」
「ですから、本来は管理者を危険に晒す選択肢は採りません。ですが、それが管理者レオンの意思とあらば、私は全力で指示を遂行しますし、レオンの体調管理には細心の注意を払います」
「そうだな、行けるところまで行ってみようじゃないか」
助けに向かうのは、もう決めたことだ。
今はもう、そのために出来ることを考えよう。
「ところで、深刻な表情をすれば、不吉なことを言っても宜しいのですか?」
至って真面目な表情でアリスが聞いた。
「…いや、そんなことはないから」
これからスレイプニール号を追いかけようとしているわけではあるが、そのスレイプニール号の航行するルートが正確にわかる筈もないので、その行程の途中で捕捉するのは困難だ。それに、海賊船が仕掛けるとすればiフライトアウト後の通常航行時だろう。
だから、ラーグリフの航行能力をしてそれが可能であるのなら、クリフォード星系まで先回りして哨戒網を構築するのがいいだろう。補足できるよう網を張って、待ち構えるのだ。
ラーグリフは、その大きさ故に機動性ではスレイプニールや海賊船には及ばないと考えるのが妥当だ。反面、哨戒網の構築に関しては、探査船である以上偵察ポッドや調査プローブなどは揃っているはず。うまく哨戒網に掛かってくれることを願おう。
小声でぶつぶつと独り言を呟くレオンに、まるで思考を読んだかのようにアリスが言葉を添える。
「スレイプニールと、アシッドクロウのプロファイルは十分に構築できています。恒星や惑星の陰でなければ捕捉できる可能性は高いと思われます。特に、アシッドクロウは発散するノイズがひどく、それゆえに識別は比較的容易です。スレイプニールを補足できなくとも、アシッドクロウさえ見つけられれば目的は達成できます」
「そういやそうだな、さすが探査船。データマイナーとしてもイケるね」
「はい。それは異文明を探知分析する際の手法と類似していますから」
「なるほどね」
データマイナーとは、iフライトを駆使して宇宙を駆け回り、空間に散らばる過去からの電磁波データを採取・選別し意味のある情報として再構築する者たちのことだ。
その内容によっては、再構築した情報が莫大な金額で取引されることもあるという。ギャンブルのような側面が大きく、とても堅気の仕事とはいえないが、世の中には名の知れたデータマイナーも存在する。
まさに埋もれた鉱脈を探すようなものなのだが、鉱脈と違うのはデータは日々次々と新たに発信されていて、人類が活動している限りネタには困らないという所か。彼らデータマイナー達はまた、クライアントの求めに応じて様々なデータを「掘り起こす」のだ。
ただし、どのようにデータを収集しているのか、また分析しているのかといった点は誰も公にしたがらない。データマイナー自身も、そしてクライアントもだ。
「まず、異文明の発展度合いはデータを発信しているかどうかで大別できます。発信していなければ、これは取るに足らない存在と判断してかまわないでしょう。人類に仇なすには、千年単位の期間が必要でしょう」
「ふむふむ」
「データを発信しているならば、そのデータを捉えることで発展度合いを詳細に分析できるでしょう…」
「待て待て、ストップ」
アリスがデータマイニング手法について語りだそうとするのを、レオンはきっぱりと制止した。どうにもアリスは、持てる知識を語りたがる傾向があるような気がする。
「さっさと行こう。チェックにはまだ時間が掛かるのか?」
「チェック作業は全体のおよそ80%ほどを完了しています。既に航行には問題ありませんので、抜錨しましょう。レオンは任意のシートにお座り下さい」
幾つかある内の、肘掛け付きのシートを選んでレオンが座る。すると、そのすぐ隣のシートにアリスが、さも当然といった態で座り直した。マンマシンインターフェースとしては、それが当然ということなのだろう。
「ラーグリフのブリッジからの映像を、このブリッジに投影します」
そう言うと、ラーグリフ内部に格納されている筈のこの船のブリッジスクリーンに、宇宙空間と小惑星表面が映し出された。船窓から外の宇宙空間を視認しているのとなんら変わらないように見える。
宇宙の漆黒と、小惑星表面のでこぼことした暗灰色。ラーグリフが着底しているのは小惑星の夜側だから、薄暗くてよく見えないのは仕方ない。
微かな振動が足元に伝わってきた。
「抜錨完了。ラーグリフは、小惑星から既に離れつつあります。バニシングリアクタ、ベクターコイル各機共に異常なし。船体外郭に異常なし。全確認完了しました。」
レオンにとっては、この足元から伝わる微かな振動が心地よい。遠くでコイルが唸り、出力を上げてまさに船が加速を始めるこの瞬間が。
「おしっ。このタイミングが一番、気分が盛り上がるよな!」
「は?」
「…あ、そういうの、無い?」
「特には」
「そっか…」
アンドロイド相手ながら、妙に恥ずかしい。以後自重しよう、とレオンは心に誓った。




