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深淵のアリス  作者: 沢森 岳
15/33

15 ここで会ったが百年目

発見したり、発見されたりします。

 …白い。

 夢か?いや…。


 目覚めたレオンが最初に見たのは、医務室らしき壁と天井だった。


 医務室の特徴を見分けたわけでは無くて、自分が目覚めるとしたら医務室だろうと思ったからだ。見える範囲に生活感のようなものが無いのも、医務室だろうと思わせた。


 …ここは、スレイプニール号の船内では無いな。

 それだけはすぐに分かった。雰囲気が全く違う。


 どこからともなく声が聞こえる。男とも女ともつかない、中性的な穏やかな声だった。

「気分はどうですか?あなたは救助され、既に生体モニタリング情報の上では正常の範囲内にあります」


「…ありがとう」


 気分は、良くない。頭がぼうっとする。

 ありがとう、などと受け答えしたのもそのせいだろう。


「体はまだそのまま、楽にしていてください」

 と喋る声の主は、視界内には見当たらない。


「ああ」

 手短に、楽に返事をした。けだるく、まだ、会話に労力を使う気になれなかった。


「個人を特定します。許可を頂けますか?」


「ああ」


「許可をいただきました。アクセスします」


 恐らくは、ベッド自体がアクセス端末として機能しているのだろう。介護施設のベッドなどは、そう言った機能を備えている。それがレオンの体内バイオメモリを読んだ。


「個人を特定しました。あなたはUN職員ですね?」


「ああ」


「管理者登録が可能です。登録しますか?」


「ああ」


「登録しました」


「ん?ちょっと、待て。なんだって?」

 およそ3秒ほど時間が空いた。


「言葉が不足していました。あらためて説明します。UN職員である貴方を、この船の管理者として登録しました」


「…よくわかんないんだけど」

 レオンの思考は、まだ明瞭になっているとは言い難い。


「当船は、元はUN所属の船でした。現在は船籍が抹消されていますが、システム上は依然としてUN職員の管理者を必要としています」


 今度はレオンが沈黙した。3秒どころではない。

「元は…?、ええと、誰か、いないの?」


「質問内容が曖昧です」

 即答だった。


 沈黙。

 まだベッドに横たわったままの背中がむずむずしてきた。レオンは仰向けのまま、何もない天井を見ながらつぶやいた。


「俺は、救助されたんだよね?」

「はい」


 頭の中の整理が思うように進まないまま、レオンはゆっくりと鈍い体を起こした。

「助けて貰ったことには、お礼を言いたいんだが」


「わかりました。準備しますが、何か希望はありますか?」


「…希望?、あまりそちらを煩わすつもりは無い。礼を失しない程度に簡便に済まそうと思っている」


「では現状設定のままとします。少々お待ちください」


 なにか微妙に会話がかみ合っていないような気がする。というか、管理者とか言ってなかったかな?UN所属の船?ベッドに腰掛けながら次々と疑問が湧いてきたところで、プシュとエアシリンダの小さな音と共にこの部屋唯一のドアが開いた。


 スライドしたドアの向こうから姿を現したのは、黒髪の女性だった。

 襟にUN職員を示すピンバッジを挿しているが、身に着けている制服はレオンの記憶にあるソレとは違っている。ウェストの絞られた、よりプロポーションを強調するデザインだ。そして、透きとおる白い肌に藍色の瞳の、まさに美貌だった。


「なんだ、人がいるじゃないか」

 しかもとびきりの美人だ。軍人さんだろうか。


 つかつかとレオンに近づいて、ベッドに腰掛けるレオンのやや手前で立ち止まった。踵を揃えて凛とした表情のまま、その美人は戦口上を述べるかのように口を動かした。


「アリスと言います」


 先ほどまでの音声と違い涼やかな声だ、と思った。そして、次のセリフでさすがにレオンも目が覚めた。


「当船のコントロールAIであるMAYAと、管理者との間のコミュニケーションを手助けする、マンマシンインターフェース用アバターアンドロイドです」


「…ア、アンドロイド?」


「フロントエンドプロセッサと呼ばれることもあります」


 道理で、ビスクドールみたいに奇麗な顔をしてるわけだ。むしろ整いすぎなくらいに。危うく恋するところだったぜ、あぶないあぶない。

 しかし、会話がどこか噛み合わない、と感じていたのはこういう事か。俺はAIと話していたんだ。いろいろと、訊かなきゃいけないことが沢山あるな。


「船長、とは言わないまでも、乗組員の方は?もしかして忙しいのか?」


 美貌のアンドロイドがレオンを見据えて音声を発する。

「当船に、船長以下乗組員はいませんでした。今現在は貴方が唯一の乗組員です。貴方は先ほど管理者登録されましたので、乗組員として計数されます」


「ってことは、誰も、いないのか…」


 アリスと名乗ったアンドロイドは、表情をあまり変えずに、更に驚くような事を口にした。

「当船は、元UN所属の全銀河探索用自動航行船ラーグリフ号です。もう一人の管理者登録者が指示保留のまま所在不明となりましたので、現在は指示を待ち停船しています」


 銀河系探索用の船?

 UN所属って言っていたが、そんな話は聞いたことないぞ。いやまて、それよりもっと身近なところから確かめよう。


「じゃあ、俺を助けてくれたのは誰なんだ?」


「当船には、作業用アンドロイドが多数搭載されています。それらが救助作業を行いました。救助の指示を出したのは当船のコントロールAIであるMAYAです。当船は現在指示保留で停船していますが、“遭難者の救助”は優先度の高い基本ルーチンとして予め組み込まれています」


 宇宙船は、救難信号や遭難者に対して救助の手を差し伸べることを義務付けられている。たとえ無人の自動航行船であったとしても、それは同じだ。


 つまり俺は、無人航行船に救助された。どうやらそういう事のようだ。

 無人航行船と言えば、資源運搬タンカーや内宇宙パトロール艇などだが…。

 この船は、あの小惑星の近くを通り掛かってくれたのか。いや、停船しているって言っていたな。…停船?これはもしかして…。


「なあ、この船は今、どこにいるんだ?」


「当船は、アルラト星系第四惑星公転軌道の外側に位置する資源採掘用小惑星、識別番号20153に着底・停船しています」


「20153か、やっぱり。ということは…もしかして、百年くらい停船してる?」


「はい、その通りです」


 ビンゴ。

「つまり、これがクレイオ博士の置き土産、ということじゃないのか」


「貴方は、ドクター・クレイオ・ラトウィッチ・ランツフォートをご存知ですか?」

 レオンの小さな呟きに、アリスが反応した。


 やはり。念のために、確かめとこう。

「ああ、名前はな。クレイオ博士と、この船は関係があるんだな?」


「ドクター・ランツフォートは当船の、もう一人の管理者登録者で、現時点では所在不明です」


 確定だ。

 メルファさん、見つけたよ!


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