14 資源小惑星(2)
見つかったり見つからなかったりします。
あまりに何事もなく、次第に言葉までもが少なくなる。スレイプニール号からの音声も暫くない。先輩が相手なら、何か喋って下さいよ、などと軽口を叩くところだ。
およそ十分ほども無言だっただろうか。やや大きなコブを越えたその時、暫くぶりにレシーバーから聞こえてきたのは、焦りの滲む男の声だった。
「レオン君、例のアンノウンの内の一隻がいま、急速に近づいている!」
背後からも、慌ただしく雑多な声が流れてきた。
「レオン。早く、戻ってきてください!」
次に聞こえてきたメルファの声は、悲鳴に近い。
こんなタイミングで!
「ちっ」
舌打ちをする。とにもかくにも、レオンは機体を翻す。最新鋭の重機は、機体各所に内蔵されたリアクションホイールと、背中にあたる部分に装備している噴射型機動機構とを加減してレオンの操作に応え、手近にあるコブの頂へと接地する。視界が霞むほどの砂塵が舞うが、今は構ってなどいられない。
「UFOとの位置関係はどうなっていますか?」
レシーバーからは、クーゲルの低く力強い声が聞こえてきた。
「おおよそノアの方向からまっすぐ近づいてきているな。10分程で目視できる距離に入るだろう」
その落ち着いた声に触れ、レオンはすぐに決断した。
スレイプニール号にお嬢様が乗っている可能性が高い、と不届き者たちが判断するための状況証拠は幾つもある。そして、停船しているのを察知して、作業中か何か、にわかには動けない好機とみて仕掛けてきたのではないだろうか。
たしかに今、レオンとその重機の回収を終えるまでには数十分の時間が必要だ。
「レオン、早く!」
お嬢様はそう言ってくれるが、そりゃ無理だ。
間に合わない。絶対に。
躊躇する時間はないと思われた。
「行ってください」
「…ええっ?」
戸惑うようなその声は、レシーバーから聞こえてくるメルファリアお嬢様のものだ。
レオンは深く息を吸い、しっかりと腹から声を出した。
「スレイプニールは、直ちに離脱してください。俺は、救難モードで救助を待ちます」
レオンは重機を歩ませて岩陰に寄せ、音声通信で再度離脱を促した。
「行ってください、はやく。それから、あとで必ず助けに来て下さいね、待ってますから」
そして、返事は待たずに回線を切った。
むしろ決意が揺るがないようにだ。音声通信回線だけではなく、情報ネットワークも切断した。
スレイプニール号が逡巡せず離脱してくれることを期待したい。俺のために逃げ遅れることにでもなったら、それこそ居たたまれない。祈るように、目を閉じてレオンは息も潜めた。自分の安否よりもスレイプニール号(とその乗組員たち)の無事を祈ることを、少しも不自然に思わなかった。
程無くスレイプニール号は格納庫のハッチを閉じ、舳先を向きなおして発進シークエンスに入る。その様子を光学センサーの隅で確認すると、レオンは重機を再び操り、今度はゆっくりと歩ませて岩影の中に完全に埋没させた。
「レオン!…そんな、本当に彼を置いて行くつもりですか?」
メルファリアからの非難の眼差しを、クーゲルは毅然として受け止める。
「こちらに、賊とやりあうだけの備えはありません。トーラスまで逃げるしかないのです」
「でも、彼をいつ救出に来れるのか…」
「ここで襲撃されては元も子もないのだぞ」
グラハムが重く言い置く。いつになく厳しい顔で、彼は少し前に言った自分の言葉を思い出していた。今やレオンは、小さい損失などではない。彼の予見がなければ、エネミーの接近に気付くのはもっとずっと遅くなってしまったはずだ。ここに至っては、彼の与えてくれた数分間を最大限に活用しなくてはならない。
「規定航路に従ってもいられない。最短ルートで外宇宙空間へ離脱し、その後でフライトプランを決めよう。いずれにせよ、トーラスへの帰還が最優先だ」
「承知しました」
クーゲルの返答は淀みない。
メルファは無言だった。無言で俯いていた。頭では理解できるだけに尚更、自分の無力さを痛感していた。押し黙る彼女とは対照的に、周囲では様々な指示や報告が飛び交い始める。そして、てきぱきと動き始めたクーゲルその他乗組員を眺めた後、彼女は自身の頬をパンパンと2回叩いた。
「私も、出来ることを!」
彼女は近くのコンソールに取り付き、少しだけ考え込んでから、キーを叩き始めた。
「今はまだ、不審者に情報を与えるようなまねは出来ませんね」
レオンは、照明を最小限に抑えた薄暗い操縦席でふとメルファリアの笑顔を思い出した。
「はは。いいところを見せようとしちゃったのかな俺。けど、さすがにこれはヤバいよな」
パッシブセンサーだけの状態で息をひそめて暫く経つが、今はもう何も感知しない。どうやら彼の乗る重機は、UFOに察知されなかったようではある。
「見つからなかったのはいいんだけど、まさか救難モードを使う日が来るとはな…」
自らが今、乗り込んでいる重機の救難モードを確認する。
音声による質問入力に対して、ヘルプファイルがコンソール画面上に表示された。その画面を目で追うと、視線に感応して適度にスクロールする。搭乗者の作業量を減らし負担を軽減するために、作業用重機にも相応のインターフェースは備わっている。レオンは音声読み上げモードにして目を閉じ、しばらく説明文を聞くことにした。なんとなく、集中して画面上の文字を読む気になれなかったのだ。
合成音声が言うには、薬剤と温圧コントロールにより、低代謝状態で三十日間維持できるようだ。作業用重機としては上出来だろう。さすがは母船を離れての作業を想定している大型機なだけはある。しかもぴかぴかの新品だ。救難モードが説明通りきちんと動作することも期待できるだろうと思う。
「場所は分かっているんだから、きっと助けが来る、と思いたいな」
低代謝状態で三十日間。そのあとは…
レオンは救難モードへの移行を指示する。再確認を求められ、承認した。
呼吸系統に薬剤が吐出され、ふわりとした心地良さのあと、次第に意識が薄れて行く。呼気が小さな寝息になり、そして彼の体温は徐々に低下してゆく。
恒星に照らされない影の部分に落ち着けたのは、救助を待つ身としては幸いだった。三十日を過ぎてバッテリーが消耗した後は、そのまま極低温状態に遷移するだろうから。ちゃんと蘇生する確率は下がるだろうが、それでもゼロじゃない…。
彼の意識はここで途切れた。
レオンの身体状態を確認すると、重機もまた照明を落とし、低消費モードに移行した。低代謝状態の維持と、僅かに定期的に救難信号を発するのみとなり、小惑星上の暗闇に完全に埋没してしまった。
重力の小さな小惑星上で自身を固定する必要もあって窪みを選んだわけだが、実のところこの選択は賢明だったとは言い難い。つい先ほど自らが確認したとおり、この小惑星は金属成分が多い。つまり、小出力の救難信号は、この小惑星を透過できなかったのだ。夜側となる星系の外側方向へしか伝わらない救難信号を捉えてもらうのは、相当に困難な事だと言わざるを得ない。
星系の、より外側に位置するこの小惑星の夜側から、惑星ノアやその宇宙港には、救難信号は恐らく届かない。そして、スレイプニール号がトーラスに辿り着くには十五日前後の日数が必要だし、ただちに折り返して来れるとも限らない現状なのだ。
実のところレオンは、深刻な生命の危機に直面しているのである。
かたやスレイプニール号は、UFOの正体を幾つかの候補までは絞り込めていた。
それもやはり、レオンの助言で早い段階からマーク出来ていたからに他ならない。時系列と軌跡の分析からUFOの機動性能を推測し、重力センサーや光学測定から船の重さや大きさ、形状などを割り出す。メルファリアが狙われているという情報と照らし合わせ、この場に存在し得る船体を検索抽出した結果だった。
誰もがアクセスできるユニバーサルネット上には、人類がデジタルデータを利用するようになってからの、数千年分の蓄積が散らばっている。その中からいかに効率良く目的の情報を収集分析するかは、各方面が鎬を削るところで競争も激しい。アクセスできる全データを検索していては、プロファイリングはいつまで経っても終わらなくなってしまうのだ。
スレイプニール号はランツフォート家所有の船だが、そもランツフォート家は自前の軍事力をも持つ破格の存在だ。電子戦装備や情報解析ソフトウェア系列は、所有する宇宙軍艦艇のそれに準ずる。そのグレートデータ解析から抽出された候補たちは、いずれも加速力・機動性に於いて、スレイプニール号に迫る能力を持つと推定された。
「予断も油断も禁物だが、それさえ留意すれば我々は必ず帰れるだろう。トーラスへ帰り、そして必ず、レオン君を助けに来よう」
「おう!」
「はい!」
グラハムの言葉に、居合わせる全員が明確に応えた。
アフターバーナーを全開にして、スレイプニール号はまたしても規定航路から少し外れた宙域を突き進む。赤熱した残像が、ごく僅かに残されてゆく。
そしてUFOもまた、追うようにしてこの宙域から消えていった。




