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深淵のアリス  作者: 沢森 岳
13/33

13 資源小惑星(1)

件の小惑星に接触します。

 一つ外側の惑星の公転軌道を超えてさらに進み、やがて宇宙船はひとつの小惑星に近づく。

 それは金属の含有率が高く、資源調達用として識別されている、長径約10㎞程のいびつな楕円形の小惑星だった。識別標識の打ちこまれた箇所の拡大画像がスレイプニール号のモニタに大写しになる。


「Asteroid No.20153」と書かれた、やや色あせた標識以外には特に何も見当たらない。


「降りてみましょうか?俺、アームローダーの操作は得意なんですよ」

 そう言った青年は、目の輝きを隠しきれない。


「降りてみたい、のでしょう?」

 と言うメルファリアもまた、興味津々の様子ではある。


「はは、お見通しですね。そうです、俺に行かせてください」


 トーラスからノアへ来る途中で、暇を持て余していた彼は、許される限りにおいてスレイプニール号の船内を物色して回った。滅多に乗ることのできそうにない豪華な船に興味を抱いたわけだが、その暇つぶしの過程で彼は格納庫も覗いていた。


 そこには例の如く作業用重機が備え付けられていたが、それは自分の普段使用していたモノとは全く違う、ピカピカの機体が佇んでいたのを確認している。乗ってみたい、と思ったのは事実だ。そして、いつのまにか重機に乗っての船外作業が嫌いじゃなくなっていた自分に少し驚いて、苦笑いをしたのだった。


 小惑星にゆっくりと近づくアームローダーの様子をモニタで眺めながら、グラハムが呟いた。

「彼を自由にさせすぎか、とも思ったが」


「はい」

 クーゲルが簡潔に応える。


「まあ…良いだろう。不測の事態に遭っても、損失が小さいと思えば」

「はい」


 傍らで二人のやりとりを耳にしたメルファの眦が、僅かに険しくなる。

「冷たい言い方です」


 お嬢様の言葉にしては、腹の底から発せられたように重い声だった。

 指摘されてグラハムは、虚を突かれたような貌になる。


「あ、…ああ、すまないな。つい」

 クーゲルは、無言で苦笑いだ。


 グラハムのドライな物言いは、いつものことだ。UN、ひいては人類全体を俯瞰した言い方をすることの多いランツフォート家の次期当主は、委細にこだわらない傾向がある。

 しかし、である。メルファリアがそういったグラハムの言葉を咎めたことなど、今までには無かったように思う。


「兄様。今のような言葉、まさか当人の前ではお話なされませんでしょうね?」


「あ、ああ、もちろんだよ、メルファ」

 グラハムは表情を引き締め、ひとつわざとらしく咳ばらいをした。


「そのように諫めてくれる人が近くに居るのは、ありがたいことだな。メルファ、これからもよろしく頼む」


 十歳以上も年上の兄の意外な素直さに毒気を抜かれて、妹も畏まる。

「…はい、兄様。…あの、私も少し、…言葉が過ぎました」


「良いよ。私はむしろ、嬉しいのだよ」


 そんなぎこちない会話を、強面の偉丈夫が素知らぬ顔で聞いている。

 年の離れた妹を溺愛気味の兄に対し、それを煙たがっている様子があからさまだった妹は、これまであまり積極的に兄と会話をしようとはしてこなかった。


 クーゲルとしては、その点を気にはしつつも、彼に出来ることなどあまりなかったのだ。だから、兄と妹の会話が増えることに関しては喜ばしく思う。たとえその内容が朗らかなものでなくとも、会話のない状態とは比べ物にならない。お互いを理解するためには、まずは言葉を交わすことからなのだから。


「ともあれ、キッカケになったレオン君には少しばかり感謝しておくとしよう」

 そう言ったクーゲルの言葉は小さ過ぎて、誰の耳にも届かなかった。



 スレイプニール号に搭載されているアームローダーは、国際郵便船のそれとは比較にならない高級機種だった。母船から離れて作業ができるようにある程度の空間機動能力を備え、センサー類も高性能なものが装備されている大型の機体だ。


「フレデリクスのXA900シリーズ、ほぼ最新型じゃないか。シートのクッションもいいな!」


 カタログでしか見たことのないような機体に乗って、レオンはその出来栄えの違いに感嘆していた。

 そういったところは、まだまだ男の子である。


「値段がひとケタ違うってのは、こういう事なんだな。すげえ、オプションアタッチメントが全部揃ってる」

 様々な機能をいじりつつも、レオンは機体を的確に操り小惑星に近づいてゆく。


 やがて彼の目にも小惑星の識別標識が見えてくる。一見、他には特に見当たらない。

 動くものや着色してあるもの、小惑星由来ではない構造物なども、高性能なはずのセンサーは何も見出さない。スレイプニール号でリアルタイムモニタリングしているメルファが呟く。


「なにもありませんね。メッセージ等はないのかしら?」


 アームローダーは、小惑星にはまだ着地していない。着地時に粉塵を巻き上げるのを危惧したからだ。レオンは器用に機体の姿勢を制御し、右に左にとセンサーを向ける。


「この小惑星、鉄の含有率が大きいね。センサーが通らないから小惑星内部は全然見えないよ。ああ、だから資源調達用に付番されているのか」


 続けてややトーンを落として嬉しくない予想を口走る。

「まさかこの小惑星そのものがお宝ってことは無いだろうな?」


「…うーん。”破棄するには惜しい”とまでは言わないでしょうね。表面の塵芥に何かしら埋もれていたりはしないかしら?」


 その言葉を受けてレオンはアームローダーを徐々に降下させた。人型に近い形状のこの機体は、二本足でゆっくりと地表に接触する。

 果たして、着地したレオンは識別票の周囲を調べてみたが、やはり何も見当たらない。光学センサーの届く範囲全てにおいて、識別表以外の人工物は検知できなかった。


「小惑星の夜側へまわってみようか?この機体ならまだまだ離れても大丈夫だし」


 そう言って、初めて乗ったとは思えない手際の良さで機体は滑らかに移動し始める。慣れてきたからでもあるが、機体を操ることそのものを楽しんでる様子でもある。


「命綱なしでの作業って、もっと心細いかと思ったけど、案外いけるな」

 これは独り言だ。


 フレデリクスXA900は元々母船からある程度離れて長時間の作業をこなせるように作られた重機のシリーズであり、大容量のバッテリーと空間機動用のバックパックを装備する。

 姿勢制御はかなりの領域まで自動化されてはいるが、滞りなく動かすにはやはり、それなりのセンスと習熟が必要とされる。


 ニッチな才能を開花させたものか、レオンは乗り慣れている筈もない機体を的確に操作し、小惑星表面との距離を適度に保ちながら恒星の照らさない暗闇側へ向かって移動して行く。モニターに映される小惑星表面の、凹凸が作る影が次第に長くなる。


 相変わらずセンサーは目立ったものを何も捉えない。

 目に飛び込んでくるのは、灰色の砂漠のような光景ばかりだ。


 まだ本物の砂漠の方が、空が青いだけでもかなりマシだろうな。


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