12 謎は解けた?
レオン君、お手柄です。
お嬢様は、あれからずっと執務室に籠ってしまった。
ドアをノックしても、返事もない。書庫の方にでも居るのだろうが、あまり刺激せず、出てくるまで待つ事にしよう、となった。どのみち食事時になれば顔を合わせることになるのだろうから。
「船の中では、割と自由にさせて貰えたんだけどなぁ」
身柄を拘束されている立場としては、この屋敷の中での手持ち無沙汰な時間はどうすべきか。宇宙船内でなら船室で過ごすこともできたし、トレーニングジムで汗を流すこともできた。窓の外の抜けるような青空をぼんやりと眺めながらしばし思案したが、夕食どき迄も待たずにそんな居心地の悪さは霧消するのだった。
「わかりました!見つけましたっ!」
いくつかの資料を抱えて、お嬢様がとたとたと階下に降りてきた。
ワンピースの裾が乱れるが、そんなことは全く意に介さない。幾分上気したその顔には、得意げな微笑みが浮かんでいる。
「見つけたのか、メルファ、それは良かった」
心から嬉しそうにそう言葉を掛けたのはグラハムだが、彼は、何を見つけたかには恐らく興味が無い。いよいよ帰途につける、懸案が解消された事そのものに、喜んでいた。
「お嬢様、良かったですね。私も嬉しゅう御座います。して、何を見つけたので御座いましょう?」
お嬢様は、抱えた資料をテーブルに広げ、得意げな顔のまま皆をぐるりと見回した。
「皆さん、聞いて下さい!」
言われなくとも、三人はテーブルに集い、広げられた資料を覗き込んだ。
レオンが二階の執務室で見かけた精密コピーには、メモの様な小さな書き込みが追記してある。それから、他は情報端末からのプリントアウトと思しき紙の束だ。
「小惑星です」
レオンの指摘した通り、計算式はこの星系内の、ある特定の小惑星の軌道を表していた。計算式のさらに下に、「A:20153」との走り書きがあり、当初はA=20153という定数であろうと思い込んでいたのだが、これが件の小惑星に割り振られた識別番号と一致することが判明した。
「これは偶然ではないでしょう。この小惑星に、何かがあるのです!」
宝の地図を解読して喜ぶ子供そのものだ。はやる気持ちを抑えきれない、といった所か。
「何があるのか?」とはグラハムは聞かなかった。この状況は利用するべし、とだけ考えたに違いない。
「よし、じゃあ確かめてみようじゃないか。メルファ、早速出発しよう!」
結果的に、うまく事が運びそうだ。レオンの思いつきが役に立った、ということになるか。
かたや、お嬢様の口からは、今にもウフフと聞こえてきそう。
「郵便屋さん」
実はもう、郵便屋さんと言って良いかどうか怪しいところなんですけどね。
レオンに向けた笑顔は、そこにだけ陽光が降り注ぐかのように華やかだった。
「レオン、レオン・ウィリアムズです」
ティータイムにも一度名乗ったような気はしたが、眩しい笑顔にドキドキしているのを誤魔化すためにも、再度名乗る事にした。心拍数が急カーブを描いて上昇するのを感じる。あたふたしないように表情を締めよう。
「レオン、ありがとう。あなたのお陰です」
「いえ。お役に立てて、なによりです」
微妙に思惑は違っているとしても、とるべき行動の一致した一同は、早速スレイプニール号に乗り込んだ。レオンとしても、スレイプニール号の中の方が気が楽というものだったので、まさに渡りに船だったわけだ。
ただ、例の小惑星に何かが在るのかどうかは気がかりだ。がっかりするような品物でもいいから、何かがあれば、彼女を納得させることもできよう。
「私はずっと、執務室か、もしくは城内に、何かが隠されていると考えていました」
お嬢様は未だに興奮冷めやらぬ様子で一方的に話し出す。ちなみに城というのは、彼らが今いるこのノアの別荘のことである。豪奢ではないが、敷地の広さと建物の大きさは城と呼ぶに相応しい。この城内で宝探しをするのは、たしかに骨が折れそうだ。
「でも、仕掛けはもっとずっと大掛かりだったのね。わくわくしてきたわ」
「まだ正解とは決まっていませんけどね。けど俺も、興味が湧いてきました」
興味があるというのは本当だ。
「大掛かりなブラフという可能性は小さいと思うの。そのような必要性は見当たらないもの」
そんな二人のやり取りを、グラハムとクーゲルは微笑みながら見守っていた。
とにもかくにも、メルファを保護することができた。目的は半ば達成されたのだ。あとはこの高速性能を誇る船でトーラスへ帰るのみ。もはや安堵してしまったと言っていい。
地上へ降着した時からずっとアイドリング状態で待機していたスレイプニール号は、レオン達を飲み込むとすぐに発進シークエンスへと移行した。
一般的な宇宙港・一般的な宇宙船と違って、他に優先されるべきものなど無いこの船は、自身の準備が完了するやいなや直ちに離陸する。
ベクターコイルが静かに唸りをあげて、重力に逆らう方向へ船体を持ち上げる。宇宙港のVTOLとは違って衛星軌道上で減速する必要がないため、むしろ高度を増すごとに船は加速してゆく。
通常、宇宙船にも前後左右の区別があるが、惑星の重力圏を脱するまでは前方に向かって加速する必要性はない。スレイプニール号は上へ向かってぐんぐん増速し、この星の静止衛星軌道を超えたあたりで姿勢制御を行い舳先を進行方向へ向け直した。疑似重力発生機構と慣性制御の恩恵をもってして、船内の乗員には露ほども気取られぬまま、スレイプニール号は目的の小惑星に向けて進路を調整する。
目的地に進路を向けたなら、そこからはメインコイルの出番だ。2基あるコイルが静かに、しかし急速に出力を上げ、優美な船体を過激に加速する。星系内宇宙では速度、加速度、共に一定の制限が掛かるものなのだが、星系全体が所有物であれば意に介さないのかもしれない。
経済性を考慮しないこの船は、最短に近いコースで、燃費効率など無視したまま、目的地である小惑星へ向かって突き進んでいくのだった。




