11 お茶会
マッドじゃありませんが、お茶会です。
茶会の席は、ランツフォート家のセレブ二人とクーゲル、そこにレオンが同席した。
スレイプニール号に乗船しているときからレオンは茶会に同席させてもらってはいるのだが、どうやら、グラハムはレオンの加わる会話が新鮮だと感じている様子なのである。一般人代表、とでもいったところだろう。
それでも、メルファリアが加わったこの席では、会話の中心は彼女となるのが自然の成り行きだ。レオンも大変興味があるので流れに逆らうようなことはせず、聞き手側としてしばらくはおとなしく茶を味わうことにした。
彼女は、自身の将来を見極める為として、この星の別荘にやって来たらしい。
超の付くセレブでも自分の将来に迷いや不安があるんだなあ、などとそれこそ庶民的な感想をレオンは抱いたが、それでもまだ親近感を抱くにはちょっと早い。
なにせ、やって来る所がハウスメイド付きの、まるで城のような別荘なのだから。この別荘は、ランツフォート家の人々が大いなる自然と戯れたくなった時にやって来るものなのだが、使用頻度が少なく、主人のいない日の方が多いのだそうだ。
そして、この城はクレイオ・ランツフォート博士が建てたものであり、この星ノアのテラフォーミング実験を始めたのも博士なのだ。
どれだけ地球の環境を再現できるか、というテーマで生態系と食物連鎖の再現に取り組んでいるのだという。これ迄の百年余の実験データは、テラフォーミング技術の進歩にも大いに寄与しており、今後もこの星では、大型肉食獣の定着など人類の居住にはあまりメリットのない案件も続けられるのだそうだ。
「大型肉食獣というと、熊とか虎とかですか?怖いですね」
つい、感想が漏れた。
「そうよ。でももっと怖いのは、毒を持つ生物かしら。そういったものも定着させるのよ」
「うわぁ・・・」
なにもそこまでやらなくても。口には出さなかったが、レオンの表情は明らかにそう言っていた。
「でも安心して。この島だけは選択的に、大型獣と有毒生物を最小限度に絞ってあるの」
なぜか、そう語るお嬢様はやけに楽しそうだ。
「そう、うまく出来るものなんですか?」
「ええ。地球でも、大型獣の極端に少ない地域は存在していましたし、有毒生物も同様にね」
クレイオ博士はこの地で、各生物の思考・行動パータンは地球のそれと同じなのかという点を検証したかったらしい。らしい、というのは前述の通り、かのテロ事件によってクレイオ博士は行方不明となってしまったからだ。
その後も粛々とテラフォーミングは進められ、この自然だらけの星で現在、お嬢様は程よく日焼けをしていらっしゃる。暑かったので、髪の毛はばっさりと切ってしまったのだそうだ。最近また伸びてきているようではあるが。
「色々と考えました。ランツフォート家の一員として人類に貢献するべきか、それとも他の道か」
「他の道?」
レオンがオウム返しを口にする。彼の視界のすぐ外側で、グラハムとクーゲルは顔がこわばった。
しかし、お嬢様はその疑問形には答えなかった。
「そんななか、博士の執務室で私は見つけてしまったのです、あのノートを。博士は私達に何かを伝えたかったのではないでしょうか」
彼女は左手を胸に当てる。私達、とはランツフォート一族を指すのだろう。
もちろんそれは、博士の直筆である事が大前提だ。博士の愛用品であるクラシックなペーパーナイフが挟んであったページには、日付までもが記述されていた。本人以外の誰が書き込むというのでしょうか?彼女はいささか頬を上気させ、手に持ったティーカップにぐっと力を込めた。
「メルファ、淑やかじゃないね。茶器は振り回すものではないよ」
「…申し訳ありません」
浮いた腰を再び落とし、彼女は困ったような表情で続ける。
「それからずっと、他に手掛かりはないかと思い、探し続けているのですが…」
グラハムも困ったような顔でクーゲルとレオンを見た。
お嬢様の置いたティーカップが、ソーサーとの間でちん、と軽く澄んだ音をたてた。
イマリと言うのは、地球時代から続く陶芸様式の一つで、たいへん高価で希少なものらしい。お茶を飲みながらの会話の中で教えてもらったレオンは、そのあと自分の手の中にあるカップをソーサーに戻すのさえ震えが来た。
その様子が可笑しいと他の三人は言ったが、当人は冷や汗ものだったのだ。素朴な見た目のビスケットが盛られた皿も、実は大変高価なのかもしれない。そう思うと、茶会の後片付けを安請け合いすることなどはもはや不可能だ。意識しすぎて手が滑ってしまいそうな恐怖に、どうしても指が震えてしまった。
幾つかあたりさわりの無いやり取りが続いたあとに、レオンは先程の執務室でのことを思い出したので、その話を切り出した。
「ところであれは、宇宙空間大規模構造物の軌道計算式か何かですか?あ、あのテーブルの上にあった資料だけど」
「えっ?」
食いついた。お嬢様がひたとレオンを見つめる。
「もしくは、惑星対惑星の位置関係を表しているかな?同一星系内の」
お嬢様はいささか驚いた様子で聞きなおす。
「軌道計算式?」
「ええ。Nに対する、構造物Aの座標を表す式のように見えるかと・・・。同一平面上にあると仮定した上での二次元座標ですけどね」
「・・・」
なんだろう、レオンを見るお嬢様の目が怖い。
「何故、そう考えたの?」
「ええと、大型デブリやメガストラクチャーの、おおよその動きを表すために使う式に似てるかな、と思ったんですよ。俺はこれでも、航海士ですから。」
まだ補佐だけど。という言葉がもたもたしているうちに、お嬢様が動いた。手に持った器の中身をくいと飲み干すと、慌ただしく立ち上がる。
「美味しいお茶を、ありがとう」
そう言い残して皆のいる部屋を出、階段を駆け上がっていく。とんとんとんと響く足音は、心なしか弾んでいるように聞こえた。
彼女の出て行ったドアをしばらく眺めてから、グラハムがレオンを見る。
「何か、手掛かりをつかんだのかな?」
「どうでしょうか」
レオンは、二人に対して自分が博士の執務室で見たものと、ソレについて思いついた事柄を、端折らずなるべく丁寧に伝えた。正直、まだ何とも言えないと思う、と率直な感想も添えた。
「ふうん、なるほどね」
「お嬢様は、それを聞いて何か思いついたのでしょうな」
ふと、グラハムがなんとも嬉しそうにレオンを見た。それはいたずらっ子のような顔だ。
「レオン君、お手柄だねぇ。謎解きと見せ掛けて、メルファを宇宙に誘い出そうとは。この際ミスリードだろうがなんだろうが、スレイプニール号に乗ってしまえば何とでもなる」
グラハムは、ふふふ、と口から洩れるのを隠さない。
お手柄って、そっちですか。
「見せ掛けるだなんて、騙すつもりはありませんけど」
「でもなあ、レオン君。博士が何かを隠したとして、それは何だ?隠す価値はあるのか?そこに隠す理由は?つまるところ私は、真面目に探すべきかどうかをも疑っているよ。それよりもね、メルファが船に乗る理由を作ってくれたことが大きい。これはとても重要なことだよ」
そう考えるのも仕方のないところだ。軌道計算式だとしたら、博士が「何か」を宇宙空間に配置したということになる。わざわざそんな事をする理由があるというのか。
「捨ててしまうのは勿体ない、とかなんとか書いてありましたけどね」
「それはつまり、価値のある物、と取れる言葉だねえ」
全くもって興味がなさそうに、グラハムが言う。
グラハムにとっては、メルファ嬢の安全と天秤に掛ける価値のある物など、想像もつかないようだった。
まあ彼にとってはそうだろうな、とはレオンも思ったが。
クーゲルはと言えば、嬉しそうにしているグラハムを見て、安堵の表情を浮かべていた。
ティータイムは終了となり、レオンはまた茶器の片づけを手伝った。ただし、茶器の扱いがやけに慎重になったことは言うまでもない。




