11-C 異界へ渡る
先月、メスラムタエアと戦った際も、これと似たような状況だった。
あのとき、らんは〈土遁〉を使って、致命傷を免れた。
しかし今回は、彼女が暗黒に引きこまれるところを、皆その目ではっきり見た。
影郎はふと、先ほどまで〈烈焔陣〉が敷かれていた場所を、見やった。
炎はまだくすぶり続けていた。だが、勢いは先刻の半分もない。
シャハルの姿は、見えない。現在の火の規模だと、その全身を包み隠すのは、不可能だ。となれば、彼は消滅したものと、見るべきだろう。
しかし、らんがいなければ、敵だけ倒しても、何の意味もない。少なくとも影郎にとっては。きっと、この場にいる誰もが、そうだ。
「らんちゃん! らんちゃあん!」
晴日は声を上げて、泣きじゃくった。
「らんちゃん……。わたし、みんなを守るために、魔法使いになったのに、これじゃ話が違うわ」
嶺は両手を地につけて、体を震わせる。
「らんのバカぁ! 何で! 何で手を離したんだよ!? こうなるんだったら、いっそボクもあそこへ行ったほうが、まだよかった」
早月は手を握りしめ、何度も地面を叩いた。からからに乾いた砂が飛び散る。
目からは涙が、筋となって伝う。
早月の言葉を聞いて、影郎はあることを思い出した。
「あそこ? ……そうだ! あの穴の向こう、異界なんだよ」
影郎は立ち上がった。
「何……? 急に」
早月が、影郎を見上げる。
晴日と嶺も同様だ。
3人とも、表情に生気がない。らんが消えたことが、いまだ信じられない、といったふうだ。
「早月、今『あそこ』って言っただろ? やっぱりあの中、場所なんだよ。きっと異界がある」
影郎には、確信があった。
なぜなら、過去にもそこへ、行ったことがあるから。
それを今、ようやく思い出した。というよりも、その体験が異界への入境であることが、今しがたまで、分からなかった。
灯巳が〈サモンズ〉を行うときにこじ開けた黒い穴に対し、既視感を催した理由も、判明した。
〈サモンズ〉もまた、異界の扉を開く魔法だったからだ。
「異界でも何でも、らんが帰ってこれなかったら、同じだよ!」
早月は、今にも食ってかからんばかりの目つきで、影郎を見た。
「その通りだ。だから、連れ戻してくる」
影郎はかすかな記憶を辿って、昔どうやって異界を訪れたかを、思い出した。
「影郎。それ、アウラ? 待って。色が変わってる。こんなことって……」
晴日が何ごとか呟く。
だが、影郎は気にとめない。
かつてやったことを、頭の中に再現させることに夢中だ。
魔法のコツは、望ましい結果が到来した状態を、具体的にイメージすること。
SSSに入って間もないころ、晴日やらんから、そう言われた。これは今でも、忘れていない。
影郎は右手でダガーを、順手に構えた。その手を、上斜め前に突き出す。
そして、あたかも目の前に薄い布でもあるかのように、短剣をゆっくりと、垂直にふり下ろした。
余熱が残る、夜の大気が切り裂かれる。刃がとおった跡に、黒い直線が引かれる。太さは影郎の人差し指と、そう変わらない。
影郎は、地面と交わるまで、剣で空間を切り分けた。
そして、左手の人さし指から小指までを、真っ黒い筋にさしこむ。最後に、さながらカーテンを開けるようにして、直線よりも左側の空間を、押しのけた。
眼前の景色が、大きく歪む。
それはまるで、数十メートル先の炎が、目前の垂れ絹に描かれた絵で、影郎がその帳を、ぺらりとめくったかのような図だ。
当然、幕の反対側は真っ暗闇。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ。戻ってこれると思うけど、絶対とは言えないな。らんと一緒に、となると、更に望み薄だ」
影郎は、後ろの3人にふり向く。
あたう限り、軽い口調を保った。なるべく、心配はかけたくない。
「待って!」早月が立ち上がる。「ボクも行くよ」
「私も」
「お願い。わたしも連れてって」
晴日と嶺も、名乗りを挙げる。
「帰れる保証はないぞ。らんに会えるとも、限らないし」
「いいの。もしここに残ったら、影郎くんがらんちゃんを見つけて、連れて帰らなきゃ、わたしはらんちゃんに会えないでしょ? でも一緒に行けば、らんちゃんを探し出すだけですむもの。そしたら戻れなくてもいい。これっきりになるよりは、ずっとマシだわ」
嶺に、引き下がるようすは、みじんもない。
晴日と早月も、こくりとうなずく。
「なら、みんなで行くか」
影郎は、あっさり折れた。
晴日たちならば、らんに二度と会えなくなるよりは、共に異界に閉じこめられることを、選ぶと思った。また、実際そのほうがまだ、3人にとって、幸せな気がする。
影郎としても、同行者がいると、安心する。それに彼女らには悪いが、万々一、異界から出られなくても、一緒にいてもらえると、寂しくない。
影郎は、先陣を切って垂れ幕に体を滑りこませた。そして、周囲に危険なものが存在しないことを、確かめる。
次いで、晴日たちを中に招いた。




