10-D トゥスクルの登校風景
翌朝めざめて以降、嶺がとった行動は、実に迅速だった。
この日は平日だったので、嶺は高校へ行った。空を飛んで、だ。
家を出ると、まずは憑き神に、自分の体を透明にしてもらった。
次いで、一陣の風を起こす。嶺はそれに乗って、空へ舞い上がった。
最初に、全速力で上昇する。
周囲の空気が、どんどん冷たくなっていく。ほおを針でひっきりなしに、ちくちく刺されているようだ。
人が米粒大に見える高度に達したら、上野を目指して水平に飛ぶ。
途中、東京タワーを通過するまでは、昨夜「心の目」だけで、らんのいるビルまで飛んだのと、同じルートだ。そこから先、日比谷公園、皇居外苑、お茶の水橋などが、目に入った。
成鸞館高校の上空に達するまでに、ものの2、3分とかからなかった。
これくらいのスピードが出ていれば、直感的に考えると、ゴーグルでもしない限り、風圧で目を開けていられない気がする。
だが、現実にはふしぎと、少しも目が痛くなかった。この点は実に、魔法らしい。
嶺は、校門を入ってすぐの広場に降り立つ。そして、登校する生徒の列が途絶える、数十秒の間隔を見計らって、透明状態を解除した。
歩こうと片足を上げると、一瞬、足がよろめいた。重力を無視するとこんなにも早く、地面に立っているときの感覚が失われるとは、思ってもみなかった。
1時限が終わると、嶺はさっそく、晴日、早月、影郎の3人を、ひと気のない場所に連れ出した。
校舎で最も北側にある階段だ。
いつも薄暗い。特に今のような冬場など、不気味にさえ思える。直子の怪談話に出てこないのが、ふしぎなくらいだ。
1階と2階の間の踊り場に、学校の創始者であろう人物の像が立つ。これまた、雰囲気を高めるのに、貢献している。
4人は、この像の付近に立った。もちろん、彼女らのほかには誰もいない。
4月、嶺が影郎に、らんたちの仕事について聞き出そうとしたのも、この場所だった。
「嶺ちゃん、用事ってなあに?」
晴日が尋ねる。
「わたし、魔法使いになったみたいなの」
嶺は、単刀直入に言った。
「えっ!?」
他の3人が、一斉に驚く。
「嶺ちゃん、それ本当?」
晴日が確認する。頭ごなしに否定しないところは、魔法使いが存在することを、身をもって知っている彼女ならではだ。
「そうなの。夕べ、急にできるようになって……」
嶺は答えた。
無性に心がうきうきする。柄にもなく、笑みがこぼれる。いま、晴日たちが直面している境遇に鑑みると、これは慎むべきなのに。
「どんなことができるの?」
今度は、早月が問うた。
嶺は、宙に浮いたり、姿を消したりして見せた。
また、昨夜もちいた千里眼によって、1階の廊下を男子生徒が4人、横1列に並んで歩いていることを探知し、告げた。いま嶺たちがいる踊り場からは、知るすべのない情報だ。
影郎が1階まで降りて確かめ、果たしてその通りだったと報告した。
「緑色の光……。それだけで、嶺ちゃんが魔法使いだと信じるには十分だわ」
晴日が言った。
「ねえ。改めてシンゴに会わせたいんだけど、都合のいい日はある?」
早月が訊いた。辰午には、嶺もいちど会ったことがある。
「今日の6時からでいいかな? 平日はいつも部活だけど、6時を過ぎたら下校しなきゃならないから」
嶺はこの日、弓道部の練習に行くことになっていた。




