1-D 勉強合宿の相談
8月中旬、ライナが予定通り帰国した。
空港へは早月、晴日、らん、嶺、影郎が見送りに行った。
このときの晴日ときたら、どれだけ拭いても大粒の涙をぼろぼろこぼし、おえつが激しくて、一言も発せられない状態だった。
早月だって、悲しくてやりきれなかった。だが少なくとも、晴日ほどには錯乱していない。
その後数日間、SSSは火が消えたかのように、活気が失せた。
早月やらんは、割合はやく立ち直った。だが、いつまでもうち沈む晴日を気づかって、あまり陽気にふるまうことができなかった。
1週間ほど経って、ようやく晴日も、以前の水準まで、明るさをとり戻した。
8月下旬のある日、早月、晴日、らん、影郎は日常業務のため、帝室庁に来ていた。
正午すぎには、埼玉県警と宮内庁から受けていた案件を、全て片づけた。それからずっと、4人は典儀課のオフィスにいる。
女性陣は部屋の入り口付近で、キャスターのついたいすを向かい合わせにし、ガールズトークの花を咲かせていた。
晴日はここ数日、やけに元気がいい。ライナと別れた直後の陰気さが、嘘のようだ。
影郎は、奥のほうの事務机を1つ占領し、黙々と紙の束に目を通している。
〈鬼道〉に関する芽実の蔵書を、辰午が現代語に改めたものだ。
「もうすぐ夏休み、終わるな」
らんがぼそりと言った。
「そうだね。でも、行きたい所は、夏休みの前半に行き尽したし――」
早月は、らんがレジャーの相談をするものとばかり思った。
「そうやのうて、実力テストや。夏休み明けにやるんやろ、あれ」
「あ……」
早月の顔から、血の気が引いた。
今の今まで、忘却の彼方だった。ライナがいる間は彼女と遊ぶことで、去った後はその寂しさで、夏休みの間ただの1度も、試験のことが頭をよぎらなかった。
晴日など、〈定身の術〉をかけられたかのごとく、硬直している。
「実はウチも、思い出したん昨日や。こらヤバいで」
「どうすんの?」
「これから数日は勉強づけやな。幸い、仕事も今日が夏休みで最後やし」
「じゃ、またやりますか」
「そうやな」
らんは晴日をちらと見やる。
晴日も元の顔色に戻り、こくりとうなずく。
「何を」などと野暮なことを言わなくても、3人の間では、意思の連絡がとれている。――勉強合宿だ。
「影郎、ちょっと来て」
晴日が立ち上がって、影郎を呼んだ。
「何?」
影郎は座ったまま、目を上げる。
「重要な相談」
晴日は影郎を手招きする。指を動かす速さが、暗に彼を急かしている。
「何だ何だ?」
影郎は立って、早月たちの近くまで歩いてきた。手には、A4用紙の束を持ったままだ。
適当なデスクからいすを1つ引っ張り出し、早月たち3人と向かい合わせにして、それに腰を下ろした。
「影郎。実力テストの準備、進んどる?」
らんが尋ねた。
「夏休みの前半に、ひと通りはやった。そろそろ、見直しを始めようかと思ってたところ」
「じゃあ、一応は試験の範囲を全部勉強したっちゅうこと?」
「まあ。でも、だいぶ大ざっぱだからな。穴はあると思うよ」
「それを読むのと並行して、試験勉強も進めるなんて、すごいじゃない」
晴日は、影郎が持っている紙束を指さした。
「それで本題なんだけど、みんなで勉強合宿しようよ。嶺も呼んで、さ」
早月が用件を切り出す。
「勉強合宿? いつどこで?」
影郎は詳細を尋ねた。
これまでに、彼が早月たちの誘いを、二つ返事で承諾したことなど、1度もない。
別にとって食うワケじゃないのだから、おとぎ話に出てくる魔女を相手にするみたいに、身構えないでほしいのに、と早月は思った。
「場所はもちろん晴日ん家。いつからやるかはこれから相談」
「実はウチら、みんなして昨日か今日まで、テストのことすっかり忘れとってん。で、このままやと本格的にヤバいから、『勉強教えてくれへんかなー』思うて。人助けのつもりで、参加してくれへん?」
らんは両手を合わせて、自身のほおにくっつける。
(そんな媚びを売るような仕草するなよ……)
早月はほんのちょっとだけ、面白くなかった。
「ふうん。じゃあ行く」
影郎は言った。
「ほな、いつにするか、嶺とも相談やな」
らんはスマートフォンで、嶺にメールを打った。
返事は10分足らずで来た。
夜の9時ごろから、「PLANE」で話し合おう、という内容だ。
PLANEとは、シンガポール発祥の通話アプリだ。
いじめの温床になり得る機能の徹底排除。個人情報の流出や、通信の傍受に対するセキュリティの堅固さ。連動するゲームアプリに関する、コンプライアンスの充実性。
その他、既存の通話アプリが有する問題点を、ことごとく克服した機能性から、日本でも急速に、利用者が増えている。
その後、早月たちは間もなく帰宅した。
夜、嶺も交えた5人でPLANEを使い、勉強合宿の日を決めた。明後日から2泊3日で行う、という話にまとまった。
ちなみに、嶺は部活動があるので、1日目は午後から参加する、とのことだ。