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9-A ルーン×オガム=……?

 ハーヒマスと戦った日の翌日、影郎たちは帝室庁に出勤した。前日やり残していた、記録などを行うためだ。

 晴日は、昨夜よりはだいぶ元気になっていた。喋ったり、ときどき笑ったりもした。

 らんは辰午に、戦いの経過を報告した。影郎と早月は、机に向かってコンピュータや、紙媒体のファイルに記録をつけた。


「とにかく、誰もケガをしなくて何よりだよ。僕にしてみれば、職務を遂行できるかどうかよりも、こっちのほうが遥かに重要だからね。前回のこともあるし……」


 辰午は、らんの肩をぽんと叩いた。


「まあな。今回は、早月の新技に救われた形や」


 らんは早月に目をやる。


「新技?」


 辰午が問うた。


「同じ属性の〈ルーン〉と〈オガム〉を組み合わせたんだ。前々から着想はあったんだけど、なかなか使えるようにならなくて、先月の終わりごろ、やっと実用にたえるようになったの」


 早月は影郎の右隣に座ったまま、上体だけ辰午に向けた。


「なるほど。〈バインディング・ルーン〉を知っていれば、すぐに思いつきそうなアイディアだけど、行うは(かた)しなのは、僕にも想像できるよ」


「あのとき、何をしたんだ?」


 影郎が早月に問う。


「えっと、影郎にはもう、〈バインディング・ルーン〉のことは話したんだっけ?」


 早月が、右のひじをデスクに乗せて、影郎の顔を見る。


「ああ。確か、複数の〈ルーン〉の意味を組み合わせたような魔法を、1つの魔法(・・・・・)として行使するんだったっけ? ――じゃあ、昨日ハーヒマスにとどめを刺したのは、〈バインディング・ルーン〉だったのか?」


「ううん。〈バインディング・ルーン〉を応用して、〈ルーン〉と〈オガム〉を結合させたんだ。それも、〈イバラ(ソーン)〉と〈(ダル)〉とか〈(ラーグ)〉と〈トネリコ(ニン)〉みたいな、比和の関係にある文字同士、ね。相乗効果を、1人でも発揮させられないかと思って」


「すごい発想だな」


「そう? さっきシンゴも言ったけど、〈ルーン〉と〈オガム〉が使えて、五行説を知っていれば、割と安易に考えが及ぶと思うけど」


「その3つのうち、どの1つとっても、常人の域をこえてると思うぞ。お前、やっぱもっと、自信もったほうがいいんじゃないか?」


「ヤだね」


 影郎と早月がこのような話をしているのを、晴日はただ黙って見ていた。

 いつもの彼女ならば、間違いなく悪乗りして、早月をほめちぎっていたことだろう。


「デルケトーと戦うときまでにそれが完成していれば、あいつをもっと早く倒せて、権藤はケガしないですんだのかな……」


 影郎は呟いた。


「その点は、ホントにごめん。実はボク、〈ルーン〉と〈オガム〉の結合を研究するの、長いこと投げ出してたんだ。でも権藤くんがあんなになって、もし晴日やらんも同じことになったらと思うと、いても立ってもいられなくて、あのあと大急ぎで研究して、完成にこぎつけたんだ。もしボクが無精しないで、もっと早く実用化させてたら、もしかしたら――」


 早月は影郎以上に、表情をくもらせる。太薙の件について、本気で責任を感じているようだ。


「あ、待て。あれはお前のせいじゃねえよ」


 影郎は慌てた。

 別段、早月をなじる意図を持ってはいなかった。彼女に負い目を持たれると、影郎のほうが辛い。


「そう?」


「あ、そうだ。すごいといえば、威力もだよな。晴日が最後に使った魔法でも無傷だった相手を、一撃で倒すなんて」


 影郎は、かなり強引に話題転換した。


「いや。〈ナラヤナストラ〉は回避されただけだよ。いくら何でも、あんなに強い魔法なんて、ボクには絶対ムリだから」


「〈ナラヤナストラ〉はね」晴日が静かに口を開く。「宇宙の均衡を維持する神様に由来する武器なの。叙事詩でも、特に性能が強調されている武器の1つ。言ってみれば、究極の兵器ね」


「究極……。でも大げさじゃないな。まるで空一面に太陽が昇って、それが相手に落ちたように見えたし」


 影郎は、晴日が那羅延(ならえん)天の武器を行使した際のようすを思い出しただけで、鳥肌が立った。


「〈ナラヤナストラ〉は、相手の害意に比例して、殺傷力を増す性質があるの。あくまで戦い続けようとする者にとっては、致命的になるけど、戦意のない者には、傷1つつけないわ。草木も、兵士でない人も、武器を捨てて降参した人もね。私、個人的に、〈ナラヤナストラ〉が究極の兵器だとされる理由は、この点だと思うの」


「晴日が〈ナラヤナストラ〉を発射するとき、ハーヒマスが、持ってた刃物を投げ捨てたんだ。それでボク、もしやと思って晴日を止めようとしたんだ。でも、ちょっと間に合わなかったね。まさか、〈ナラヤナストラ〉の唯一の弱点を知ってたなんて、予想外だったよ」


 早月は、少なからず悔しそうだった。晴日に〈ナラヤナストラ〉の使用を勧めたのは、彼女とらんだから、むりもない。


「だから晴日、あんなに落ちこんだのか」


 影郎は合点がいった。

 晴日はあのとき、自身の保有する最強の武器が通用しなかったので、勝ち目がないと悟って、絶望に打ちひしがれたのだ。


「もちろん、あれを突破されたから、ていうのが主な理由よ。でももう1つあるわ。〈ナラヤナストラ〉は、一生に1度しか行使できないの。もし過去に使ったことのある人が、再び呼び出そうとすると、その人自身に牙をむくっていわれてるの」


 晴日の表情が、少し暗くなった。


「それでか……」


「私、式神を相手にするときはいつも、『自分には、まだ最後の武器が残ってる』って思うだけで、安心できたの。もしらんちゃんと早月ちゃんが戦えなくなったり、2人の魔法が全然きかないようなことがあっても、私さえしっかりしていれば、2人とも守りきれるって。でももう、最後の武器はないわ。これからどうしよう……?」


 晴日がうなだれた。


「それはね、晴日。『勝てない相手からは、みんなで逃げればいい』とでも思っとけばいいと思うよ。仲間を守りたいだけなら、必ずしも敵を倒す必要はないからね。注意深く引き際を見定めるのは、今の晴日でも十分にできることだし、でもしっかりしてなきゃ務まらないことだよ。ということで、ムリに元気を出さなくてもいいけど、気に病むようなことは何もないさ」


「そうだよ。シンゴの言う通りだって」


「っちゅうか、さ。『ウチらのこと守る』ゆうけど、ウチらかって仲間を傷つけへんこと最優先でやっとるんやから、その点、忘れんといてや。何もあんた1人で、全部しょいこむ必要らあらへん」


 辰午、早月、次いでらんが、口々に晴日を励ました。


「うん……」


 晴日は首を縦に振る。

 辰午がたったいま口にした言葉に反して、強いて明るくふるまおうとしているように、影郎からは見えた。

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