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異世界への渡航の自由は、これを認めない  作者: よしゆき
第8回 ナラヤナストラ
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8-A デルケトー戦のその後

 早月はまず救急車を呼んでから、辰午に連絡した。一刻を争う事態なので、東京から初恵に来てもらうがごとき、悠長なことはしていられない、と判断したためだ。

 太薙は鎌倉市内の病院に搬送され、治療を受けた。

 その最中に、辰午と初恵も到着した。


 治療が長引くことを告げられたため、辰午が車で、影郎たち4人を帝室庁に送った。代わりに、初恵が1人でその場に残った。

 辰午は4人に、庁舎3階の仮眠室で休んで、別報を待つよう勧めた。どうせ各自の家に帰しても、気になって、居ても立ってもいられないだろうから、という。

 彼の予想を裏切らず、影郎は翌朝まで、一睡もできなかった。


 明け方、初恵が東京に戻り、影郎たちをSSSのオフィスに呼び集めた。


「悪い知らせだから、聞くなら覚悟してね」


 初恵は開口一番、そう前置きした。


「はい」


 影郎は実のところ、少しも覚悟などできていない。ただ、太薙の容態が知りたくて、たまらなかった。


「一命はとりとめたわ。右の膝蓋(しつがい)骨が砕けてるけど、それはいずれ治るって。内蔵が無傷なのが、不幸中の幸いね。ただ、脳を損傷してるの。いつ目覚めるかは分からないし、目覚めたとしても、記憶障害や言語障害が残るかもしれないって」


「そんな……」


 影郎は目まいを覚えた。

 いま体験していることが、単なる夢ではないかという気分さえしてきた。


 4人は退庁することになった。途中、荷物をとりに仮眠室へ戻った。

 仮眠室は、男女2室ある。影郎が男子用の部屋で荷物をまとめていると、誰かが扉をノックした。

 影郎がドアを開ける。


 外にいたのは、らんだった。すでカバンを手からさげ、帰り支度を整えていた。


「どうした?」


 影郎が尋ねる。


「いや、その……。すまんな」


 らんがひと声、謝る。


「何が?」


 影郎は一瞬、らんからわびを入れられる理由が、分からなかった。


「権藤くんのこと。ウチがボーっとしてへんかったら、こんなことにならへんかったんに……」


 らんがこうべを垂れる。


 影郎はこれでようやく、らんが昨日のことで謝しているのだと、理解した。

 らんにしては、声のトーンが低い。相当、責任を感じているように見える。いつも朗らかな彼女が、ここまでうちしおれるのは、尋常でない。


 らんから一種お悔やみのような言葉を言われたことで、影郎は改めて、ことがらの重みを痛感した。

 太薙とは最悪の場合、二度と話ができない。それは、彼が死んでいるのと、さほど変わらない。

 そう思うと、今さら悲しみがこみ上げてきた。


「お……、お前のせいじゃ……、ねえよ」


 影郎はふるえる声でこれだけ、言うのが精いっぱいだった。あまり長々と喋ると、その拍子に涙がこぼれかねない。

 相手と顔を合わせることは、故意に避けた。

 今の彼は多分、目がうるんでいる。らんに泣き顔を見られるのは恥ずかしい。


「ホンマに、すまんな……」


 らんは再度謝ってから、退室した。


(俺に謝ったって、何にもならないじゃんか)


 影郎は思った。


 本人は自分を責めているようだが、客観的に見て、らんに過失はない。太薙が自ら進んで、身代わりになっただけのことだ。

 それに、たとえ彼女が悪かったとしても、謝罪されるべきは影郎ではない。


 影郎は、残りの荷物を乱雑にカバンに詰めて、帝室庁を後にした。

 家に着いてみると、そこまでどうやってたどりついたか、全く覚えていない。

 この日は平日だった。しかし、学校へ行く気には、どうしてもなれなかった。

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