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異世界への渡航の自由は、これを認めない  作者: よしゆき
第7回 いにしえの神々
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7-C デルケトーとの戦い

 影郎の短剣と、太薙の狩衣は、年内に支給された。


 剣は両刃で、つばがある。つばと柄頭(つかがしら)に、簡素な装飾が施されている。

 刀身の長さは、人さし指の2倍前後。鉄よりも明るい光沢がある。そのふちは丸みを帯び、ものはまず切れない。

 外観に反して驚くほど軽く、鈍器としても使いものにならない。辰午いわく、アルミニウムの合金でできているらしい。


 新たな武器を手にした影郎による、〈帰神法〉の威力は、年明け早々に襲来した饕餮(とうてつ)の群を相手に、遺憾なく発揮された。

 いつにも増して数の多い怪物を、影郎は1匹残らず、血祭りに上げた。


 そうこうするうち、あっと言う間に3学期が始まった。そして、1月19日がやってきた。


 影郎たち5人は、神奈川県の鎌倉市と藤沢市の境目にある、砂浜に布陣した。

 一帯は、湘南海岸と呼ばれる景勝地だ。相模湾に臨み、橋を挟んだ対岸が江の島となる。また、周辺にいくつもの海水浴場が整備されている。

 5人は、江の島大橋の東にある、砂浜のほぼ中央に〈十絶陣〉を敷設し、南東の方角に目を光らせた。

 近時の慣行に従い、前衛に影郎と太薙、後ろに女性3名、という陣形をとる。


 付近は名勝として栄え、それなりに人口も多い。また、激しい戦いが予想される。

 しかし、海水浴場を閉鎖したり、周辺住民を避難させたり、といったことはしない。〈十絶陣〉が、その代わりを十分に果たしてくれるからだ。

〈十絶陣〉を敷いたあとは、見る見るうちに人っ子1人いなくなる。やがて、波の音のほかに、何も耳に入らなくなった。


 夜になると、海面から巨大な生き物が、姿を現した。

 いちど浮上したかと思うと、見る間に身を翻して、水中に没した。


 全長はかなり大きい。目測でも、20メートル近くありそうだ。

 上半身は、人間の女性だった。

 年齢は人でいえば、30才ぐらいに見える。切れ長のまなこに、生々しいできごとを好みそうな、狂気を宿した瞳がおどる。

 栗色の髪が、腰まで垂れている。

 下半身は、魚のそれだ。表面の色は銀らしい。が、闇夜のせいか、濃紺に見える。


 早い話が、眼前に現れた生物は、クジラほどの大きさをした、人魚だ。


「まずはデルケトーからか。予定通り、ウチと早月は土の魔法、晴日は木ぃの魔法で行くで」


 らんが両サイドの2人に、目くばせを送る。


 らんたちは、デルケトーの五行四大が、水であると予測した。それで、初動は土の魔法によることに決めていた。

 晴日だけ木の魔法を使うのは、単に彼女が、土の魔法を持っていないからだ。


 晴日は即、〈マヘンドラストラ〉を起動する呪文の詠唱に入る。

 早月はフレイルに、〈先祖(オセル)〉を宿した。

 らんは今はまだ、桧扇を構えるにとどまる。


 浄衣姿のサニワは、晴日と同様に、祈りの文句を口ずさんだ。


 影郎が神がかる。

 意識の大部分を戦意が占める。他方、仲間のぶじを思う気持ちが、心の奥に引っこんだ。


『哀れよのう、(ばん)神。息女を王に立てて国の母となるも、その国がほろんで無為になりぬるとは』


 影郎に憑依した何者かは、軽侮の言葉を吐き散らした。


 デルケトーが再び、頭を海上にのぞかせる。まだ岸まで、数十メートルの距離がある。


 らんは扇を閉じた状態で、天頂を指す。

 そのまま、手首を時計回りに回転させて、天をかき回すような動作をした。

 すると、付近の磯や海中などから、岩の塊が宙に浮き上がった。

 その大きさはバラバラだ。りんご程度のものから、大の大人が抱えきれないようなものまである。


「行け!」


 らんは扇を勢いよく、前方に突き出した。


 浮遊する岩石が、式神を目がけて殺到する。影郎の目には、さながらイナゴの大群のように映った。

 らんが使ったのは、〈発手群石(はっしゅぐんせき)〉という魔法だ。


 人魚はまたも、水面下に己の体を隠す。


 彼女の尾びれが沈んだ位置に、〈発手群石〉の岩塊が飛びこむ。その場に激しい水柱が上がる。

 だが恐らく、女神は無傷だ。


「水の中でも、〈マヘンドラストラ〉からは逃げられないわよ」


 そう言って、晴日は圈を投げつける。

〈アストラ〉が着水し、数秒後、黒い海原に、真っ白い光が明滅した。

 続く轟音。晴日の予告をたがえず、帝釈天の矢は狙いを誤ることなく、炸裂したと見える。


 晴日は次なる円盤を手にとり、重ねて明呪(みょうじゅ)()す。


 3人は、いつでも魔法を発動できる準備を整え、相手が三たび浮かんでくるのを、今か今かと待機した。

 これで終わるはずがない。そんな確信が、誰もの頭にあった。

 影郎は短剣を握り締め、波打ち際まで歩く。


 しばしの間、沈黙が流れる。

 実際に経過した時間は、ほんの数十秒だ。しかし、影郎の内なる意識には、永遠のように感じられた。


 大波が打ち寄せる音が、静寂を破った。

 大量の海水と共に、デルケトーが岸に乗り上げる。

 みぎわに立っていた影郎は、しぶきを頭からかぶった。


『亡んで久しき王国に、まだ未練があるのか?』


 影郎は式神を嘲罵(ちょうば)する。

 そして刃物を前に構え、敵に接近した。


 敵は魚の下半身を横たえつつ、陸上で器用に上体を支えた。そして、蛇がのたくるように、ヨリビトとの距離を詰める。


 二者の間で、格闘が始まった。


 人魚は尻尾を、砂地に何度も打ち下ろす。

 影郎には、落下位置が正確に予測できる。だが、なにぶん相手が巨大なため、かわすのはひと苦労だ。


 とはいえ、彼も負けてはいない。

 隙を見て、剣で女神の体を切りつけた。硬いうろこに覆われた下半身を避け、無防備な腹や脇を、集中的に狙う。


 その間、晴日たちは、戦いをただ見ていた。

 それもそのはず、影郎と相手はあまりにも密着している。下手に魔法を撃てば、彼まで巻きこみかねない。


 1対1の攻防が、10分以上も続く。そのころには、双方に消耗が見え始めていた。

 デルケトーは体中に切り傷を作り、そこから血が滴る。特に深くえぐられた脾腹を、左手で抑えている。

 影郎も手足に痛みを覚えた。こちらは単に、疲労のためだ。


『人の身とは、不便なものよの。陰陽師どもにこの場は任すか』


 彼は跳躍し、式神の肩を蹴って、彼女のそばを離脱した。


 直後に、敵の首筋に〈マヘンドラストラ〉が命中する。

 大砲を発射するような音が響く。また、辺りは真昼と見紛うばかりに、照り輝いた。

 光が止んだ後もしばらくの間は、電流が彼女の体を這いずり回る。


 続けて、人魚の頭上から〈発手群石〉が、雨あられと降り注ぐ。

 女神は、肩や腕に、おびただしいすり傷や切り傷を作った。うろこのいくつかが、はがれ落ちた。


〈オセル〉を宿した振り杖が、彼女を力任せに薙ぎ倒す。


 影郎はデルケトーから50メートルばかり離れた所で片膝をつき、そのさまを眺めた。

 四肢から疲れがある程度とれたら、また戦いに加わるつもりだ。


 太薙はとうの昔に、晴日たちの邪魔にならぬよう、その後ろに下がっている。


 式神は我が身をかばいながら、ふらふらと起き上がる。脇腹から、どくどくと血がふき出す。


 その後も3人の遠隔攻撃が、絶え間なく敵を襲った。

 足下は、見わたす限り砂。付近に可燃物はない。よって、いくら大規模な魔法を連発しても、炎や煙はほとんど上がらない。

 視界も良好だ。


 晴日の〈アストラ〉は攻撃力の反面、次弾装填までに、多少の時間がかかる。これを、即効性の比較的高い、らんと早月がカバーする。

 3人がタイミングをずらして、順次行動に移ることで、攻めの手を途絶えさせない。

 人魚は体勢を立て直しても、その場でまた打ち倒された。こちらに近づくことも、ままならない。

 形成は、圧倒的にこちらが有利であるように見えた。


 射撃戦は、5分かそこら続いた。

 その間に影郎は立ち上がり、戦列に舞い戻る機会をうかがっていた。


「こうも一方的だと、かえって不気味だね。絶対、このままじゃすまない気がする」


 早月が他の者に、注意を促す。


 彼女がそう言った矢先、その言葉は成就した。


「おあああああああ!」


 女神が咆哮を上げる。音量だけならば、〈マヘンドラストラ〉の雷鳴に、勝るとも劣らない。

 彼女は狂ったようにのたうち、半ば飛び跳ねながら、晴日たちを目指した。


「寄せつけたらあかん!」


 らんが呼びかけるまでもなく、3人の中に、敵の異変に気をとられて手を休める者など、いない。


『ちっ!』


 影郎はデルケトーのあとを追う。


「これ以上はダメだ! 散らばろう」


 早月の号令一下、太薙も含めた4人は、散開する。


 同時に、式神はひときわ高く跳び上がり、最前まで4人が立っていた地点におどりこむ。そして、間髪を容れずに、その場で暴れ始めた。


「うわっ!」


 中央にいたらんが逃げ遅れた。

 敵はらんを執拗に襲う。尾びれで足場を打ちすえる。

 らんにとっては、人魚の動きなど予測不可能だ。闇雲に逃げ惑うほかない。


「らんちゃん!」


 辛うじて安全圏まで退避し得た、晴日が叫ぶ。

 晴日も早月も、女神を攻撃したくても、できなかった。先刻、彼女と影郎の一騎打ちに、手出しができなかったのと、同じ理由だ。


『腐れ蕃神! このヨリビトでも狙うがよいわ』


 影郎はやっと相手に追いすがる。そしてその正面に回りこんで、武器でめった斬りにする。


 影郎にとりついた霊からすれば、少女を見殺しにすることに、何の躊躇もなかった。彼に言わすと、自ら利用できるヨリビトの体のほうが、大切だ。

 だが、影郎固有の意思が、それを許さなかった。こちらは、何とかデルケトーの注意を自身に引こうと、やっきになった。


 しかし、式神は影郎を意に介さない。彼にいくら切りつけられも、らんばかりに憎悪の矛先を向ける。

 怒りで我を忘れ、他の者が目に入っていないのか。反対に、影郎よりもらんのほうが、たやすくしとめられると計算する程度には、冷静さを保っているのか。検証のしようがなかった。


『しぶとい奴め』


 影郎は敵の横腹に、短剣を差しこむ。そのまま、中の臓物をかき出す。


 だが彼女は、そんなことはお構いなしに、尾をふり下ろす。――今回はたまたま、その場所がらんの逃げる方向だった。


「あ……」


 目前に迫る極太のムチに、らんの表情が凍りつく。


「危ない!」


 そこへ太薙が飛び出し、らんを突き飛ばした。


『しれ者め! 退かぬか、サニワ』


 影郎が、声を荒げて太薙をなじる。

 次の瞬間、人魚の尾びれが、太薙の真上から叩きつけられた。

 同時に、少し離れた場所に、らんがつんのめる。


「きゃあ!」


 らんが腕で受け身をとる。


『このやっこめ!』


 影郎は憤りも新たに、相手の胸に刃物を突き立てた。


「ぎゃああああああ!」


 耳をつんざく悲鳴を上げながら、デルケトーは全身を伸ばして硬直させた。

 それも10秒前後で止み、式神の上体が、あお向けに崩れ落ちる。

 海岸全体が、揺らいだような気がした。


 影郎は、なおも消えぬ敵を踏みつける。剣を握る手に、力を込める。

 刀身がさらに深々と、彼女の体内に刺さっていく。


 つばが人魚の肌とじかにふれたころ、ようやくその体は細かい粒子となって、海風に吹き飛ばされるように、散った。


 時を同じくして、影郎の体からも、闘志と力が抜ける。

 最後まで残った申しわけなさは、ひょっとしたら、彼本人に由来しないものであるような気がした。


 全身、特に手足が痛い。まるで、限界まで懸垂(けんすい)やスクワットをした後みたいだ。

 本来ならば、両手両足を投げ出して、ラクな姿勢をとるところ。しかし、今はそれどころではない。

 彼は最後の力をふり絞って、太薙の元に歩み寄る。


 太薙は、うつ伏せに倒れていた。


「権藤? おい、しっかりしろよ。権藤!」


 影郎は彼を抱き起こす。


 太薙に、目に見えるけがはなかった。――頭から、血を流しているのを除けば。目は開いている。だがそのまなざしは虚ろだ。


「大変だ。初恵さんを呼ばなくちゃ!」


 早月が携帯電話を出そうと、ポケットをまさぐる。


「何でや!? 何でウチの前に出たん?」


 らんが太薙を責め立てる。


「だって……。人見に霊が乗り移った以上……、僕にできることなんかないだろ? 君と僕とどっちかがやられるのなら、僕のほうがより支障がないって思っただけさ」


 太薙は、息も絶え絶えに弁明した。


「そんなん……。もし逆の立場やったら、あんたウチのこと盾に使(つこ)うとったん?」


「まさか……。他人にそんなことを強要できるほど、僕は偉くないよ。ただ……、自分が盾になるだけなら……、僕の勝手だから――」


 それ以上、太薙は何も語らなかった。目が閉じられる。

 先ほどよりもその体が重く、影郎の腕にかかった。


「権藤! 死んだふりとかナシだぞ。何か言えって!」


 影郎が、何度たたいたり揺すったりしても、太薙は全く反応しない。


「権藤くん!」


 晴日とらんも呼びかける。


「なあ、ケガを治す魔法とかって、ないのかよ!?」


 影郎が2人にふり向く。


「ウチらは誰もよう使わん。できたら、とうにやっとる」


 らんは、悪びれたふうに目を背ける。


 他の者が、太薙の脈を計ったり止血をする間も、影郎だけはどうしてよいか分からず、ひたすら彼の名を呼び続けた。

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