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異世界への渡航の自由は、これを認めない  作者: よしゆき
第7回 いにしえの神々
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7-A 時期選定

 灯巳の呼び出した式神がいなくなった後、影郎たち5人は間を置かず、典儀課に舞い戻った。

 時刻はまだ、午後7時を過ぎたころだ。

 道中、晴日は始終、泣きじゃくっていた。らんか早月が背中に手を添えてあげないと、足どりさえおぼつかない。


 オフィスには、辰午と初恵がいた。

 影郎らは2人に、多摩川で起こったできごとを、子細に報告する。

 その間も晴日のおえつは、とどまるところを知らなかった。らんが晴日を、ひとまず来客用のソファに座らせた。


「そうすると、式神が今月に入って急増していたのは、武部さんに起因するものだった可能性が高いね」


 影郎らが話し終えると、辰午が言った。


「そうだね。灯台もと暗しって、まさにこのことだよ」


 早月が苦々しげに呟く。

 灯巳が魔法使いであることに気づけず、みすみす彼女を死なせてしまったことを、悔いているようだ。


 影郎は、以前に晴日が話していた言葉を思い出した。

 いわく、仙骨のある者同士は、運命的に出会いやすいのかもしれない、と。


「武部さんが『聖君』とか、『教化』とかいった言葉を口にしていたのは間違いない?」


 辰午が早月に尋ねる。


「確かに言ってたよ。それがどうかしたの?」


「これはどっちも、再光教会(さいこうきょうかい)の信者の間で使われる用語なんだ。『聖君』は教祖のことで、『教化』は布教を指している」


「そういえば、9月に御形(おがた)さんが呪われたとき、シンゴ『再光教会の人がやったのかもしれない』って言ってたよね。あれはやっぱり、当たってたんだ」


「そういうことになるね。あわよくば探し出して、SSSに参加するよう働きかけてみることも、少しは期待してたんだけど……。今回は本当に、残念な結果になったとしか言いようがないな」


 早月と辰午が灯巳について話している傍らで、らんはコンピュータの電源を入れ、表計算ソフトウェアのファイルを開いて、きょう目撃したイム・ドゥグドや、ギルタブルルを記録していた。


「なあ」


 影郎は、アルミラックからA4用紙のファイルをとり出し、これを事務机の上に置いた。

 らんがソフトウェアへの記録を終えると、こちらについても、同様の作業をすると見こんでのことだ。


「どうしたん?」


 らんはソフトウェアを閉じて、画面上の「シャットダウン」という文字をクリックした。そして影郎のほうを向く。


「式神が、自分を呼び出した魔法使いを襲うことって、多いのか?」


「珍しいことやないで。陰陽師の場合やと、自分が放った式神を、格上の陰陽師に操られて、それにとり殺されたっちゅう例もあるみたいやわ」


「そんなに危険な魔法を何度も使うなんて……。武部さん、そこまでして達成したいことがあったのかな? それとも洗脳されてた、とか?」


 影郎は今「洗脳」という語を使ったが、正しくはマインドコントロールだ。両者は異なる概念だが、この時点の影郎には、そんなことは知る由もない。


「どちらとも、よう言いきらんで。個人的には、単に危険性を認識してへんかっただけやないかと思う」


「危険性を認識してない? どういうことだ?」


「ウチに考えられるんは、2つや。1つは、完全に独学で魔法を身につけたから、式神の危険について、聞く機会がなかった場合。もう1つは、これまで呼び出しとった式神がたまたま、対価とかを求めてきやへような、比較的おとなしい奴ばっかやった場合。その両方やった、ちゅうこともあり得るわ」


「対価うんぬんの話は、前に言ってよな。けど、独学で魔法を習っちゃいけないのか?」


「そらもう、めっちゃ危ないんやで」


 らんはさらに説明を加えた。それは次のように要約できよう。


――魔法は古来より、師からマン・ツー・マンで教わるのが原則とされてきた。


 その理由は複数ある。中でも特に重要なものの1つが、魔法は料理やスポーツや楽器と同じで、頭だけで理解するのではなく、体全体で行うものである、という点だ。

 魔法を行使するには、所定の手順を踏む必要がある。このプロセスで要求される項目が、発声、呼吸、姿勢、意識など多岐に渡る。これら全てを、独力で正確に身につけるのは、個人の才能や努力によって解決できる範囲をこえる。

 魔法を習得するのは、可能ならば師について指導を受けるのが、望ましい。最悪でも、書物などの教材によるべきだ。


 ところが灯巳は、それができなかった。

 彼女にとって致命的だったのは、いずれの魔道を習うかを問わず、仙骨を持つ者ならば、必ず押さえておかなければならない、ある事項を学ぶ機会を、得られなかったことだ。

 それは、仙骨のある人間が、自身の感情に飲みこまれると、本人の意思とは無関係に、魔法が発動することがある、という点だ。

 だから魔法使いは、どんなときでも己の感情を、コントロールする必要がある。特に、怒りの感情一色に染まることだけは、絶対に避けなければならない。


 芽実が晴日とらんの仙骨を見抜くや、直ちに魔法の手ほどきをしたのは、第一にこのことを危惧したためだ。

 らんと晴日も、影郎と出会った翌日には、彼にそれを伝えた。


 魔法が暴発した際に現れる現象は、〈陰陽道〉や〈宿曜道〉などなら、使いたくないときに、あるいは使いたくない相手を対象として魔法が発動する、などといったことだ。

〈サモンズ〉で懸念されるのは、本人の手にも負えない、強力な霊を呼び寄せてしまう、という点だ。そうなってしまえば、その式神を倒せる者の手を借りる以外に、対処のしようがない――


「それにしても灯巳ちゃん、何で先に自分の命、さし出してもうたんやろ? 悪魔とかと契約した魔法使いが、自分の義務を先に果たしたなんて話、聞いたことないわ。ウチの知る限りやと、例外なく相手にゆうこと聞いてもろうてから、対価(はろ)うとる。約束を守るかどうかも分からへん奴に、自分から先にお金とか出したって、そもそも約束したのかどうかもうやむやにされて、泣き寝入りするんがオチや」


 らんは視線を落とし、声をふるわせた。


「確かにそうだよな……」


「とにかく、あのシャハルゆうんがどんな式神なんか、分からへん。それに、あの黒い穴の中から、顔のぞかせとった奴らも気になる。今からあいつらの正体と、この先それが襲撃してくるか、調べなあかん」


 らんは、A4ファイルにとじられた紙をめくり始めた。


「『黒い穴の中から、顔のぞかせとった奴ら』? 何のことだ?」


 影郎は、目をしばたたかせた。


「あれ? あんた、見てへんかった? 最後にシャハルが空中に穴みたいなモン作って、中に入ってったやん。その穴から、別の式神が3匹ぐらい、見えとったで。ウチ、『あれらが出てくるんやないか』思うて、冷や冷やしとってん」


「そうだったんだ……」


 影郎はというと、シャハルが開いたトンネルのようなものの中から、別の霊が姿を見せていたことになど、全く気がつかなかった。

 シャハルにばかり、気をとられていたせいだ。


「シャハルっちゅう奴、『いにしえの神々』とかゆうとったやん。それがあいつらなんとちゃうかな?」


「あの穴って、やっぱり中に入れるのかな?」


「見た感じ、そうとしか思えへんな。あれの向こうに、異界でも広がっとるんやろか?」


 らんにも、確かなことは言えなかった。


 その後、影郎、らん、太薙は、芽実のファイルからシャハルや、らんが目撃した他の神々についての記述を探した。

 シャハルはすぐに見つかった。しかし、残る3体はらんしか見ていないので、らんが単独で調べるほかなかった。

 途中から、早月が作業に加わった。彼女もまた、異界からこちらをのぞき見ていた神々を、目にしていたらしい。


 4人がこれを行う間に、晴日の悲泣がいくぶん、和らいだ。

 まだ力なくソファに腰かけ、時折しゃくり上げてはいる。が、どうにか話せるようにはなっていた。


「灯巳ちゃん、再光教会のことなんて、一言も話してくれなかった……。私じゃ役に立てないって思ったのかな」


 晴日は目を伏せたまま、誰に対してとなく呟く。


「それはきっと違うわ。多分、自分がそんな団体に入っていることを知られたら、よそよそしくされると思ったんじゃないかしら? だって、組織的に犯罪までやる教団なのよ。誰もが恐れと疑いの入り混じった目で見るだろうし、武部さんも今まで、いく度となくそういう視線を浴びてきたはずよ。わたしはその子の気持ち、分かるな。同じ立場だったらわたしも、自分の素性を隠して、晴日に近づいたかも」


 初恵は晴日の隣に座り、その肩に手を乗せた。


「本当?」


 晴日が顔を上げる。その目にはまだ、涙が浮かんでいる。


「今となっては、武部さんの真意を知るすべはないわ。でも、わたしはそうだと思う。あなたたちも、宇吹さんって子に知られるまで、自分が魔法使いであることを、言えなかったんでしょ? それと同じじゃないかしら」


「だからって……、あ。そういえば、前に嶺ちゃん、『本当のことを知ったら、みんなのことを怖がるって思われたのが悲しい』って言ってた。あのときの嶺ちゃん、今の私みたいに感じてたんだ……」


 晴日は再び、うつむき加減になった。

 自分が灯巳に対し不満に思ったことを、自らも嶺にやってしまっていたのが、悔やまれるようだ。


 わずかに時間を置いて、初恵が晴日に確認する。


「ところで、武部さんが再光教会のことを秘密にしていたっていうことは、勧誘なんかもしてこなかったのよね?」


「勧誘? 布教のこと?」


「それもあるけど、もっと一般的に、よ。例えば、何かの講演会とか、研究会に参加するよう声をかけたり」


「ないわ。私のほうから、みんなで遊びにいくのを誘ったことはあるけど」


「じゃあひょっとしたら、再光教会がらみのことに、晴日を巻きこみたくない、っていう思いも、あったのかもしれないわね」


「どういうこと?」


「これも、あくまでわたしの憶測よ。もしも武部さんが、心から再光教会の教えに感化されていたんだったら、仲よしの友達を、真っ先に入信させようとすると思うの。その子が、地獄に落ちたりしないようにね。でも武部さんは、そうしなかった。ということは――」


「私は結局、灯巳ちゃんにとって、その程度の相手だったってこと?」


「あるいは、完全に再光教会の考えかたに染まっていたワケじゃなかったか。わたしはこっちだと思うな」


「どうして?」


「根拠はないわ。女のカンかしら」


「灯巳ちゃん、あんなにいい子だったのに……。どうして灯巳ちゃんが、こんな目にあわないといけないの? 灯巳ちゃんがやろうとしてたことって、確かに大勢の人に迷惑がかかることだけど、でも灯巳ちゃんはあんなに頑張ってたのよ? どうして死んでも達成しようとさせたの? そもそもどうしてあんなことさせたの!? 意味分かんない。赦せないよおっ!」


 晴日の口ぶりが、どんどん激しくなる。その顔も、今までに見たことがないくらい、怒りに満ちている。

 再光教会の拠点がどこにあるか分かれば、今すぐにでもここを飛び出して、討ち入りに行きそうな剣幕だ。

 影郎は、晴日までが魔法の制御を失うのではないかと、冷や冷やした。


「晴日、再光教会のことは忘れなさい。僕たちには、どうすることもできないよ。典儀課は、人間相手の仕事をする部署じゃないから。それに、もし君が殴りこみにいっても、それは私刑でしかないよ」


 辰午が晴日をいさめた。


「私刑って何よ!?」


 晴日は辰午をまっすぐ見つめる。


「私人が勝手に、他人に制裁を加えることだよ。国が刑罰を科するんだったら、裁判を開いて、被告人が何をやって、それがどの法律に触れるかを、みんなの前で明らかにするよね。でも、私刑だとそれがない。糾弾されている行為を、本当にその人がやったのか、分からないままなんだ。それに、自分が一方的に定めたルールで、人を裁くことになりかねない。司法が未発達な地域ならともかく、日本でやっていいことではないよ」


「でも……、でもっ……」


「それにね、晴日。聞けば、再光教会の内部でも、私刑が行われているそうじゃないか。教祖が会員に命じて、気に食わない仲間に暴行を加えさせたりね。それと同じことを、晴日もしてしまっては、本末転倒だよ」


「う……」


 晴日はそれ以上、何も言わなかった。

 全身から力が抜け、隣に座る初恵に、もたれかかっている。


「1人の人間にできることなんて、たかが知れてるわ。ふつうの人よりも、よっぽどたくさんのことができる魔法使いなら、かえってそれを実感する機会も、多いんじゃないかしら」


 初恵は、晴日の背中を優しく叩く。


 晴日が落ちつくまでの間に、らんと早月は、「古の神々」の正体について見当をつけた。

 メスラムタエア、デルケトー、ハーヒマスの3体が、見た目の上では最も近い、とのことだ。


 その後、晴日を加えた3人は、これらが再び現れるか否かを予知する作業に移った。

 方法は、通常の式神が、要人を狙う日付を探るときと同じだ。


 まずらんが、その期間を割り出した。

 すると、翌年の小寒(しょうかん)より清明(せいめい)に至るまで、と出た。小寒は、新暦でいえば1月の上旬にあたる。清明は4月上旬だ。


 次いで早月が、運用する2つの魔道を駆使して、同様に4つの時期を選定する。

 第1の候補は、翌年の1月13日から27日、かつ今年の12月24日から翌年の1月20日。第2は、翌年の2月13日から26日、かつ1月21日から2月17日。第3は、2月13日から26日、かつ2月18日から3月17日。第4は、3月14日から30日、かつ2月18日から3月17日、と出た。

 いずれの候補も、2つの条件によって指定されている。双方を満たすのは、翌年の1月13日から20日、2月13日から17日、2月18日から26日、3月14日から17日の範囲、となる。

 以上は全て、らんの提示した期間に収まる。


 2人が絞りこんだ幅の中で、晴日が日付を特定する。それは、1月19日、2月16日、2月20日、3月16日だ。


 4つの日にちが候補として挙がったことから、シャハル、メスラムタエア、デルケトー、ハーヒマスは、各個独立してやってくることが予期される。


 影郎たちは、最初の1月19日までに、芽実の資料も含め、これら4柱の神々に関する文献を読みこんで、その弱点について、予想を立てておくことになった。


 この日の業務は、これで終了した。

 らんと早月は急きょ、今夜は晴日の家に泊まる、と言い出した。彼女が1人で帰宅できるか、また家にたどりついたとして、ぐっすり眠れるか不安だ、とのことだ。

 影郎たち5人が帝室庁を出たときには、時刻は10時過ぎだった。

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