6-A クリスマス・コンサート
11月で最後の木曜日、影郎、晴日、らん、早月、そして太薙の5人は放課後、帝室庁に向かった。
この日は本来、日常業務の予定はなかった。しかし、太薙に魔法を教えるために、急きょ行くことにしたのだ。
5人は典儀課のオフィスで、午後7時前後まで、〈鬼道〉の話をした。
〈鬼道〉に関しては、もはや影郎が、誰よりも詳しくなっていた。
夕食を食べる場所についての話がちらちら聞こえ始めたころ、辰午が入室した。
右手に、紙切れを数枚もっている。何かのチケットのようだ。
「みんな、プレゼントがあるよ」
辰午は券をひらひらさせる。
「毎年恒例の贈賄か。あかんで、シンゴ」
と言いつつらんは、紙切れに手を伸ばす。
「心配ご無用」辰午は右手を、らんが届かない高さまで上げた。「というか、らんには去年も一昨年も、同じ話をしたと思うんだけど」
「本当に、賄賂にならないんですか?」
影郎が問う。
コンサートだか博物館だか知らないが、皆で遊びに行けるのならば、ぜひとも行きたい。かといって、収賄罪の成立する可能性が1パーセントでもあるのだったら、チケットは受けとれない。
辰午の説明を聴いて、安全だと確信できれば、券をもらおうと思ったのだ。
「大丈夫だよ。贈収賄は、金品とかが仕事の対価として渡されなきゃ、成立しないから。別に僕、君たちの仕事から、利益を受けるような立場じゃないし」
「分からんで。ウチらが頑張ってええ結果だしたら、シンゴの評価もアップする、ちゅう魂胆かもしれへん」
らんが性懲りもなく、深読みする。
「あのね……。そもそも君たち、与えられた職務は確実に遂行してるから、これ以上成績の上げようがないじゃないか」
「でも、『これは仕事とは無関係ですよ』なんて、口ではどうとでも言えますよね。そんな理屈、通用するんですか?」
影郎は再度、尋ねた。
「もちろん本当に事件になったら、被疑者や被告人が頭の中で何を考えていたかも含めて、判断するのは捜査する検察官なり、判決を出す裁判官だよ。でも考えてみて。同じ職場の人間が、内々でものを受け渡しするのまで賄賂になるとかいったら、一緒に食事に行って、上司のおごりにするのもアウトじゃない。それじゃあいかにも硬直的というか、常識にも反するでしょ?」
「確かに……」
「それ、何のチケットなんですか?」
太薙は、辰午の持つ紙片を目で示す。
「僕が大学時代に入ってたオケと合唱のサークル、例年クリスマスが近つくと、コンサートをやるんだ。それで、OBやOGには、毎年チケットが郵送されるってワケ。まあ、僕は年末はいつも忙しいから、ここ数年いってないんだけどね」
国内のオーケストラはこの時期、プロであるとアマチュアであるとを問わず、競うようにコンサートを催す。
その様相は、しばしば合戦にたとえられる。
「そういえば辰午さんって、どこの大学だったんですか?」
影郎がまたも問う。
「ああ、北下荘大学だよ。分かると思うけど、学部は法学部ね」
「すごい! 北下荘っていったら、私立御三家の1つじゃないですか」
北下荘大学は、鎌倉市にキャンパスがある私立大学だ。
偏差値は、全国にある私大の中でトップ3に入る。東京にある残りの2校と併せて、予備校などでは、「私立御三家」と俗称されている。
特に法学部は名門の呼び声が高い。偏差値でいえば、東大にも並ぶそうだ。
「まあそういうワケだから、遠慮なくもらっておくれ。嶺くんの分もあるから、誘ってあげるといいよ」
辰午は影郎たち5人に、券を1枚ずつ配った。嶺の分はらんに預けた。
「ねえシンゴ。もう1枚もらえない? 私も新しくできた友達を誘いたいから」
晴日が辰午に手を伸ばす。彼女の言う「新しくできた友達」とは、間違いなく灯巳のことだ。
「いいよ。例年、会場が埋まらなくて、現役部員の父兄まで動員するぐらいだから。後輩に言えば、10枚でも20枚でも、喜んで追加のチケットを送ってくれるよ。次にここへ来たときにでも、渡そうか」
それから間もなく、影郎たちは退庁した。
多数決の結果、夕食は浜松町駅付近のパスタ専門店で、とることに決まった。
影郎は、楽しみが1つ増えたことが、無性に嬉しかった。顔に出やしないかと、かえって不安になるほどだ。
晴日とらんは後日、親友をコンサートに誘った。
いずれもチケットを喜んで受けとったと、影郎は伝え聞いた。




