5-C 審神者の話
影郎、晴日、らん、早月、そして太薙の5人は、上野駅から地下鉄に乗り、帝室庁を目指した。
このメンバーで上野公園などを歩いたのは、10月に学年総会があったとき以来だ。そのため、影郎は大して、懐かしい気がしなかった。
神谷町駅で電車を降りて、桜田通りを歩いている間、影郎は太薙に話しかけた。
「何で今日、こんな時間まで学校に残ってたんだ?」
「役員会。生徒会が召集して、色々報告とかしなきゃいけないんだ」
太薙が言った。心持ち、うんざりしているように見える。
「大変だなあ」
「ここ数年は形骸化していて、1年に1回集まるか否か程度だったんだって。でも今年の生徒会に熱心な人がいて、月に1度くらいのペースで呼び出されるんだ」
「かえって迷惑じゃん。相手の都合とか考えろよな、ての」
「まさにそれ。役員会には教員もひとり同席するんだけど、前回きた先生が小声で言ってたんだよね。『うちは進学校だから学業優先で、生徒会活動とかは、ほどほどにしてほしいんだけどなあ』って」
グチなどを言い合っているうちに、5人は帝室庁の庁舎にたどりついた。
一行はエレベータで7階に上がり、典儀課のオフィスに入る。
「やあ。思ったよりだいぶ早かったじゃないか」
辰午が影郎たちを出迎えた。
「シンゴ。大ニュース、大ニュース」
晴日が、手で太薙を漠然と指し示しながら、騒ぎ立てる。
「そちらは?」
辰午は太薙に目をやる。4月に影郎が、初めてこの部屋に来たときと、全く同じ反応だ。
「権藤太薙くん。私たちのクラスメイトよ」
このあと晴日たちは、今日の戦いの一部始終を、辰午に聞かせた。
それと並行して、辰午を含む6人は、事務机の下からいすを引き出し、それをだ円形に並べて、腰かけた。
「相模原で出会うなんて、ものすごい偶然だね」
辰午が、痛いところをついてきた。
「そうなの!」
晴日が強弁する。
「まあ、そういうことにしとこうか……」
辰午はそれ以上、追及しなかった。
「で、どう? 魔法使いなのは間違いないと思うけど、何か思いあたる魔道ってある?」
晴日が尋ねる。というより、強引に話題を変えた。
「そうだね。今の話だと、〈鬼道〉の審神者がいちばん近いんじゃないかと思う」
「サニワ?」
影郎を除く4人が、一斉に聞き返す。
影郎だけは、サニワが何か、すでに知っていた。なぜなら、〈鬼道〉の本で、これまでいく度となく、目にしてきたから。
「寄り人に憑依した霊の真贋を、判定する役割を担った人のことだよ。元々、鬼道の〈帰神法〉は、ヨリビトとサニワの2人1組で行われていたみたいなんだ」
辰午が説明した。
「でも権藤くんは、〈帰神法〉が成功するよりも先に、霊に働きかけてるみたいだったわよ」
晴日が腑に落ちない点を、辰午にぶつける。
「そう。本来のサニワとは、やることの内容が若干ずれてるよね。だから、あくまでサニワに近いとまでしか言えないよ」
このあと辰午は、影郎のときと同様に、SSSで働くよう、太薙を勧誘した。
太薙もまた、影郎と同じくしばし考えただけで、間もなくうけがった。
晴日とらんはまたも驚倒し、家族が心配しないのか、などと尋ねた。
太薙は、家族はいないとだけ答える。
続けて、辰午は彼に帝室庁の組織や、典儀課の仕事について教え始めた。
「ほな、ウチらはシャワーでも浴びてこよかな」
らんが、晴日や早月をちらと見る。
「そうだね。今回の相手、見るからに死体そのものだったし」
早月が同調した。
「特に影郎。あなた、最後の1体に素手で触ったんだから、体、洗ったほうがいいわよ」
晴日は影郎にも強く、沐浴を勧める。
「ああ、もちろん」
影郎は、一も二もなく同意した。気のせいか、今でもほおや上腕が、むずむずするように感じる。
実のところ、帝室庁にシャワールームがあるということは、影郎にとって初耳だった。
シャワールームは、3階にあった。
影郎は入念に身を清めて、服を着替えた。 先ほどまで着ていた服は、即、洗濯だ。
4人は7階に戻った。太薙と辰午は、まだ話しこんでいた。
「さてと、次は――」
らんはコンピュータの電源を入れて、表計算ソフトウェアを起動した。
晴日は、アルミラックからファイルをとり出し、デスクの上に置いて、ページをめくる。
今日の戦闘について、記録するためだ。
「あの式神、何て名前なんだ?」
手の空いている早月に、影郎は問うた。
「1つ思い当たるとしたら、黄泉軍かな」
「ヨモツイクサ?」
「読んで字のごとく、黄泉の国の軍勢だよ。と言っても、ほかに候補が浮かばないだけで、同定する積極的な理由はないんだけど。ヨモツイクサは神典で言及されこそすれ、姿形とかについては、何も書かれていないから」
影郎たちはこの日、夜の9時ごろ帝室庁を後にした。
帰り際、辰午は影郎たち4人に向けて、太薙に魔法の基礎を教えるよう言った。これも、影郎が任官したときと変わらない。
食欲がちっともわかなかったので、皆まっすぐに帰宅したのだった。




