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5-B ヨモツイクサとの戦い

 翌週の月曜日、放課後になると影郎たち4人は、狩衣(かりぎぬ)などの衣装に身を包み、高校のグラウンドで、式神を待ち構えた。


 生徒は原則として、午後6時には、学校の敷地から退出していなければならない。影郎たちのやっていることは、早い話が校則違反だ。

 校舎には、明かりの灯っている部屋が2か所ある。1つは職員室だとして、もう一方は何に使われているのだろうか。


 らんは校庭をはみ出す1歩手前の大きさに、〈十絶陣(じゅうぜつじん)〉を張った。

 運動場には、9つの正方形をなす、光の線が引かれる。

 影郎たちは、中央の空間に陣どって、南西を向いた。


 いくつもの点が、ヤトの神と戦ったときの状況と、同じだった。違うのは、〈十絶陣〉の中に、影郎と早月がいることだ。


 11月中旬ともなると、日の暮れるのが早い。

 午後6時を待たずして、残照も完全に消えてなくなる。それでも空が真っ暗にならないのは、ここが大都会だからだ。


 体の芯が冷えてきたころ、目の前にようやく、式神の姿が見えた。

 その数、3。いずれも、人間のような体型だ。


 影郎たちから見て、いちばん右のものは、革製らしき簡素な鎧をまとっていた。

 奈良時代か、平安時代の武士に似た出で立ちだ。手には、赤さびの浮いた、切れ味の悪そうな大刀を握る。

 体の表面は、すすけたように薄汚れている。その至る所を、何やら米粒大のものがうごめく。よく見るとそれは、ハエやウジ虫ではないか。

 とすると、皮ふが文字通りのネズミ色なのは、腐乱したためのようだ。


 真ん中にいるものは、時代劇にでも出てきそうな、典型的な侍だ。

 漆黒に塗られた、立派な鎧兜に身を固め、きらめく長い刀を持つ。

 全身をくまなく武装している。

 顔はただれて真っ赤だ。皮がめくれ、垂れ下がっている部分もある。


 最後の1人、いちばん左は、カーキ色の軍服を着ていた。手には銃剣を構える。

 体はぱんぱんに膨れ上がっている。衣服から、ボタンのいくつかがちぎれ飛んだらしく、どこにも見当たらない。

 顔はまん丸で、はち切れんばかり。また一切の血の気がない真っ青だ。目玉が飛び出し、血走っている。

 一言でいうと、水死体だ。


 いずれも小柄で、身長は晴日と同程度だ。

 今回送りこまれた式神は、さまざまな時代の戦争で命を失い、その場に打ち捨てられた者に、当時の状態そのまま、再び命を吹きこんだかのような見た目だった。


 3体の霊は、影郎たち目がけて、動き出した。小走り程度の足どりだ。


「左っ! 軍服の奴から潰すんや!」


 らんが語気するどく、他の者に指示した。飛び道具を警戒しているのは、明白だ。

 早月がフレイルに、〈ルーン〉ないし〈オガム〉を装填する。

 晴日も(けん)を手にとり、高々とさし上げて、密呪を()した。

 どの属性による攻撃が有効か、などと相談している時間はないから、各自の判断で魔法を使用せよ――。3人の間ではすでに、そういった旨の意思疎通がなされているらしい。


 敵が〈十絶陣〉外側の、白い線を踏みこえる。


 らんは桧扇(ひおうぎ)で中天を指し、次いでそれをふり下ろした。対するは、みづくかばねだ。

 一天にわかにかき曇り、黒雲から稲妻が落ちる。電撃は狙い誤たず、左の敵に直撃する。〈天絶陣(てんぜつじん)〉の雷だ。

 閃光と轟音。

 それらが止んだとき、軍人然とした死者は、硬直していた。しかし倒れてはいない。頭と肩から、煙が上がるのみだ。


 式神のうち、他の2つは歩みを止めず、依然こちらに迫ってくる。


「これでも食らえっ!」


 間髪をいれず、早月の多節棍が、立ち尽くす相手を横ざまに薙ぎ払った。

 いとも簡単に吹き散る霊。その体は、影郎たちから見て〈天絶陣〉の左端、隣の〈寒氷陣(かんぴょうじん)〉付近まで、宙を舞った。

 早月が使ったのは、大地の魔法のようだ。となると〈先祖(オセル)〉のルーンか、さもなくば〈ヒース(ウール)〉のオガムだ。


 肉片とも臓器ともつかぬ、紫がかった物体が、相手の体を離れて四散する。

 影郎たちの誰しもが、顔をしかめた。

 軍人の霊は、グラウンドに落下する。体からはがれ落ちたモノの痕跡を残しながら、さらに1メートルばかり、転がる。


 停止した屍は、すぐには起き上がりそうにない。が、まだ消え去る気配もない。

 当然、相手に体勢を立て直すいとまを与える、晴日たちではない。


「今度こそ、とどめよ!」


 晴日は、まばゆく輝く円盤を投擲した。

〈アストラ〉を宿した()は、いまだ起き上がらぬ骸を目指して飛ぶ。そしてその真上で破裂した。

 先の〈天絶陣〉よりも、一段と強い光が校庭を照らす。


 夜の闇が戻ると、今度こそ軍服姿の式神は、見当たらなかった。


 晴日が放ったのは、〈スルヤストラ〉だ。

 4月にトウテツを相手に使用した際とは異なり、いつまでも残り火がくすぶり続け、挙げ句の果てに火炎旋風を引き起こす、などということはない。

 晴日はあのときよりも、だいぶ威力を抑えたらしい。


「敵1体につき3発か……」


 影郎は呟いた。

 それもそのはずだ。晴日たちが、1体の式神を倒すのに3手も要するのは、かなり珍しいことだ。

 しかも今回は、まだ無傷の相手が2体いる。

 残る死霊はすでに、〈天絶陣〉の半分以上も、歩を進めていた。


「次っ! お侍さんに集中攻撃しよう!」


 すかさず早月が、発破をかける。その声色からは焦りさえ、うかがえる。


 2番目の標的に、武者の霊が選ばれたのは、火縄銃なり弓矢なりといった武器を隠し持っていることを恐れためだろう。


 らんは、先ほどと全く同じ動作を行い、焼け死んだと思しき者にも、雷撃を加える。

 早月も再度、(くぬが)の質量を備えた棍で、相手の体を打ちすえる。

〈十絶陣〉を変形させたり、〈ルーン〉や〈オガム〉をつけ替えたりすると、それだけでかなりの時間を消費する。今のらんたちに、それを行う余裕はない。


 晴日の放った〈アグネヤストラ〉により、侍も消滅した。


 だがその間に、式神たちのうち最後の1体は、ついに〈天絶陣〉の区画を抜けた。

 死骸は刀をふり上げて、4人に迫る。


「あかん、いったん離れんと!」


 らんは、左右の2人に目くばせする。


 だが、時すでに遅し。相手は影郎たち4人の真ん中におどりこみ、武器をふり回し始めた。


「きゃあっ!」


 晴日が、間一髪のところで、切っ先をかわす。


 こうなると、手の打ちようがない。

〈十絶陣〉は、最奥部まで踏みこまれると、案外もろい。鬼女と戦ったときも、そうだった。


 式神はなおも、めくら滅法に切りつける。


「らん、危ない!」


 早月が叫ぶ。


 もしも敵が、影郎たちのうち誰か1人に狙いを定めてくれたならば、他の者には、攻撃に転じる機会が訪れただろう。不運な1人がぶじですむか否かは、別の問題であるにせよ、だ。

 ところが、相手は影郎に向けて刃をふるったかと思えば、次の瞬間には晴日を狙うなど、誰彼なしに攻撃を加えた。

 おかげで晴日たちは、おいそれとひと大刀をもらうことはないものの、誰一人、反転攻勢に出られない。


 4人はこけつまろびつしながら、斬撃をよけるので精いっぱいだ。

 時折り、晴日やらんの悲鳴が上がる。

 このままだと、体力が消耗して、遅かれ早かれやられる。


「何か、来いよぉ!」


 影郎はうなった。何かしらの霊が、自分に憑依することを祈った。

 だが、その望みが叶う兆候は、見られない。

 それならばせめて、身を挺して腐乱した死体を足止めしたかった。それでも、刃物を手にした相手に、徒手空拳で正面から立ち向かう勇気など、彼にはない。


 いつしか4人は、〈十絶陣〉のうち東の区画、〈風吼陣(ふうこうじん)〉が位置する場所まで、かり出されていた。

 万々一、校庭のすみまで追いこまれるようなことがあれば、一巻の終わりだ。


「人見!? 何だよ、あの化け物は。――逃げなきゃ!」


 聞き覚えのある声がした。


 影郎はそのほうを見やる。

 その先では、太薙がこちらに走ってきていた。制服姿で、カバンを担いでいる。


権藤(こんどう)? お前、あれが見えるのか?」


 影郎は、驚いて目を見張る。


「影郎、相手から目をそらさないで!」


 晴日が叱咤する。


 影郎ははっと我に返り、再び回避行動に専念した。

 らんと早月は、一瞬だけ太薙に目を向けたものの、間を置かず、眼前の脅威に視線を戻す。


 晴日とらんは、これでいちど痛い目にあったことがある。同じ過ちをくり返す2人ではない。

 そして早月も、彼女らから失敗談を、聞かされていたようだ。


 太薙は、〈十絶陣〉に1歩足を踏み入れ、立ち止まった。陣の西、すなわち影郎たちの反対側だ。


黄泉(よみ)の汚れをまとった霊が、汝命(いましみこと)の知らす地で、生者に禍いをなしています。いかにそれを放置しておかれるのです? ここな寄り人は、汝命の手となり、足となることを、自ら渇望しております。この者に降下して、そのみいつを具現なさいませ」


 太薙は、虚空に向かって呼ばわった。


「誰に訴えてるんだ?」


 影郎は死霊に注意を向けつつ、太薙の言葉に耳を澄ました。


――意礼(おれ)、今いちどあがひとがたとなれ――


 今度は、影郎の心の中で声がした。彼にとって、初めて聞くものではなかった。


 最前まで影郎が感じていた恐怖や、晴日たちの身を案ずる気持ちが、霧と消える。代わりに、心地よい憤激が、その空虚を満たす。

 10分の1以下に狭められた、影郎固有の意識は、実に半年ぶりとなる、〈帰神法〉の成功を喜んだ。


 腐って灰色になった屍は、影郎の変異に気がついたのか、大上段に刀を構えて、彼と相対する。


「今や! 晴日、早月!」


 らんの号令のもと、晴日たち3人は脇目もふらずに、その場を離脱した。

 そして、〈十絶陣〉の内層に舞い戻る。


 その間に、影郎と式神の一騎打ちが始まっていた。


 死霊は大刀を、ひと息にふり下ろす。


 影郎は、わずかに体を斜めにするだけで、刃をかわす。

 武士の体を飛び去ったハエが、影郎のほおに止まる。だが、そんなものは気にならない。


 刀がどのような運動をするか、手にとるように分かる。だから、最小限の動きでよけられる。

 敵が武器を縦に振れば、1、2歩横にずれる。相手が横向きに薙げば、間合いをとる。

 そうやって、相手を揺さぶり続けていれば、そのうち反撃のよすがもつかめる。


 軽装の戦士は、影郎との距離を一気に詰める。そして必殺の気合いと共に、刀を縦一文字にうち振った。

 影郎はそれを、難なく回避する。

 グラウンドの砂に、刀身が深く突き刺さる。


 霊がそれを引き抜く一瞬の隙を突いて、影郎はその後ろに回りこむ。そして、黒ずんだ右腕を小脇に抱える。

 腐食した腕のぶよぶよした感触が、影郎の肩に伝わった。

 影郎は自らの体をひねり、式神の腕をねじり上げる。

 相手は得物をとり落とした。


 影郎は、死者の背中を蹴飛ばし、落ちた刀を拾い上げる。

 敵は前方につんのめる。が、何とか踏みとどまって、転倒を避けた。


 式神は、怒りの形相もあらわに、こちらに向き直る。

 だがそれも束の間、大刀一閃。影郎はその首をはねた。


 相手はその場に崩れ落ち、地面に吸いこまれるようにして、消え失せた。

 ハエやウジ虫だけがその場に残る。それらも、安住の地を求めるかのように、退散する。

 同時に、敵から奪った刀も、空気にとろけていく。


 影郎は直ちに力が抜け、膝をついた。


「終わったね」


 早月が影郎に歩み寄る。まだその表情は硬かった。

 その後ろには晴日、らん、そして太薙もいる。


 影郎には、顔を上げたり返事をしたりする余力もない。ただ無言でうなずく。


「それで、権藤くん。さっき、何が見えとったん?」


 らんが尋ねる。

 彼女がこの質問を発したのは、これで2回目だ。前回は、5月に常世神(とこよのかみ)と交戦した直後だった。


「古代の鎧で武装した人が、刀をふり回していて、君たち4人とも、それから必死で逃げ回ってた」


 これで、太薙に霊が見えることが確定する。そして、彼が〈十絶陣〉の中に進入できることは、すでに明らかだ。


「じゃあ、さっきは誰と話、しとったん?」


「誰と訊かれると、ちょっと困るな。僕にもよく、分からないんだ」


「どんな姿やった? 実は、あんたが呼びかけとった相手、ウチには見えへんかってん」


 らんの言う「あんたが呼びかけとった相手」は、影郎に憑依した霊のことだろう。それは彼女に限らず、影郎にも視認できていなかった。


「僕にも見えてないよ。ただ、そこに何かがいるっていう、確信みたいなのがあったんだ。すぐ隣に人がいれば、そっちを向かなくても分かるだろ? ちょうど、それと同じような感じかな」


「あかん……。ウチの理解の範囲をこえとるわ」


 らんは晴日と早月を見回す。


 2人も、お手上げとばかりに、首を振った。


「ねえ、権藤くん」早月が口を開く。「前に、ボクらが魔法使いだっていう話をしたよね。実は、君も同じ魔法使いなんじゃないかって思うんだ。それで、ぜひ会ってほしい人がいるんだけど、今からボクたちについてきてくんないかな?」


 彼女の言う「ぜひ会ってほしい人」とは、間違いなく辰午だ。


「いいよ。もう用事は終わったから」


 太薙は承諾した。


「あ、そうそう。もう1つお願いなんだけど、ボクらとは相模原市で会ったってことにしといてくれる?」


「どうしてだい?」


「ボクら、元々そこでさっきの鎧武者と戦うことになってたんだ。役所の仕事で私立学校の敷地を使うなんて、ホントはかなりヤバいことだから」


「ふうん。あんまり気が進まないけど、分かったよ」


「ありがとう。よろしくね」

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