4-D 晴日、悪質商法に引っかかる
5人は昼食後、六本木駅から見て、東に歩いた。通りから、徐々に遠ざかる形だ。
1度は大通りに戻ろうかと思い、ようすをうかがった。しかし、午前中よりも人がますます増えていたのにげんなりしてしまい、無意識に離れていったのだ。
3時前に彼らがいたのは、食事の前にとおった道と同様、小さな店が左右に並ぶ隘路だ。
「あっ、これ!」
突然、晴日が立ち止まって、右方を指さした。
そこには小物店があり、入り口の扉を大きく開放していた。
外からでも、店の奥まで見わたせる。化粧箱やカップといったグッズが、所狭しと並んでいる。
「いかにも晴日の好きそうなものばかりだな」
影郎は、晴日の家で見た光景を思い出した。
居間に、これと似たような趣向のものが、散乱しているのだ。そして訪れるたびに、新しいものが増えていく。
「ちょっとのぞいてみましょ」
晴日はらんなどの返事を待たず、店の中へ吸いこまれていった。
影郎たちもそのあとに続く。
入店するときたまたま、店の看板が影郎の目に入った。カタカナで、「インビンシブル」と書かれている。
売り場の広さは、コンビニエンスストアの半分にも満たない。床はフローリングで、壁紙は赤系統だ。
「これって……」
商品を間近で見ると、影郎は幻滅した。
多くは、何かのキャラクターの顔などが、プリントされている。
そしてそのキャラクターというのが総じて、どこかで見たことがあるものを、部分的に変えたようなのばかりだ。
黄色いネズミ。赤い化け猫。帽子をかぶったトナカイ。葉っぱの傘を持った猫のような熊のような妖精……。見れば見るほど、既存のキャラクターを連想してしまう。
ジョークならばまだ理解できるのだが、それだったらもっと、露骨に行うはずだ。
「何か、なあ……」
「うん、これはちょっと」
らんと早月は、いくぶん困ったようすで、互いの顔を見合わせる。
灯巳はそういったネガティブな表情をせずに、売り物を見ている。
だが、晴日のように1つ1つ手にとったりするほどには、興味を示していない。
あたかも、初めて出会うものに対してするかのような反応だ。ひょっとしたら、元ネタとなるキャラクターを、見たことがないのかもしれない。
「ねえねえ、これなんかいいんじゃない?」
晴日が、左手でらんたちを手招きした。右手で、マグカップのとっ手をつかんでいる。
カップは陶製で、地色は白だ。側面に描かれているのは、影郎も初見のキャラクターだ。
リスと言えばリスだし、ムササビと言えばムササビのようでもある。体に黄ばんだボロ切れを巻いている。
「マネではないみたいだね」早月は答えた。「それで、値段は?」
「2000円」
晴日の回答に、らんと早月は血相を変えた。
「ええっ!? うわ、そらあかんわ。晴日、やめとき」
「いくら何でも高いよ。そんなことよりさ、おなか空かない? どっかでお茶しようよ」
「そうよ、晴日ちゃん。たかがコップでしょ?」
灯巳までが、晴日をいさめる。
「じゃあ、そうしよっかな。私も、何か甘いものが食べたい……」
晴日は商品を棚に戻した。3人による忠言が、功を奏したらしい。
(ドンドルマとロクムを食って、まだ足りないのか?)
影郎は硬直する。
早月は、マグカップを棚の奥に押しこんだ。
何かに引っかかって、落下することを危惧したのか。それとも、少しでも晴日の目に入らないようにしようと思ったのか。影郎には量りかねた。
5人が店を出ようとすると、レジに立っていた女性が出てきて、彼らを呼び止めた。
「お待ちください。この商品がお好みですか?」
店員は、棚からカップをとり出す。
目鼻立ちは、この世のものとは思えないくらいきれいに整い、店の照明を反射して、てかり輝いている。
年齢からして、大学生と見受けられる。恐らくアルバイトだ。
「いえ。小腹が空いてきたので、食事へ行こうと思ってたとこなんです」
らんは、目的物に直接言及することを避けた。さすがの彼女でも、店の関係者に面と向かって、買わない旨を明言することは、はばかられるようだ。
「ならちょうどよかった。実は今、ディスカウント・キャンペーンをやっているんです。商店会に加盟している飲食店のどこかで食事をして、そのレシートを見せてくださいましたら、最大4割引きでお買い物ができますよ」
「4割引きだってさ。てことは、1200円よ!」
晴日が喜ぶ。
「ふうん。まあ、2000円のところが1200円になるんやったら、お得なんかな?」
「ボクだったらそれでも買わないけど、晴日がいいなら止めはしないよ」
らんたちも、態度を軟化させる。
「それで、近くの加盟店はどこなんですか?」
灯巳が店員に問うた。
「この辺り一帯のお店は、全てそうです。一応、あのポスターが目印ですよ」
店員はレジを指さす。
カウンター横の壁に、A3サイズのポスターが見えた。
ジャック・オー・ランタンや、コウモリのイラストが描かれている。いちばん上に、かなり崩された書体で、HALLOWEENなどと書かれている。
「じゃあ、行きましょ」
晴日が先陣を切って店を出た。
小物店で見せられたポスターは、同じ道路に面する、ほとんど全ての店舗に、掲げられていた。飲食店もそうでないところも、だ。
影郎たちは、手近な喫茶店でコーヒーを飲み、ケーキを切り分けて食べた。
そのケーキというのが、「ペリウィンクル&ゴールデンロッド」なる商品だ。
名前から想像される通り、補色に染められた2種類のシロップを、円形の焼き菓子に塗りたくった代物だ。ハロウィーン限定商品だとか。
物珍しさから全会一致で注文したものの、実物を見て影郎は、食欲が失せた。なぜか、目がチカチカする。
ケーキは4等分され、晴日、らん、早月、灯巳の腹の中に収まった。
一行は間食ののち、領収書を手にインビンシブルに戻った。
晴日はお目当てのマグカップをとって、レジに向かった。
他の4人も、そのあとに続く。
「1800円になります」
先ほどの店員が言った。
「えっ、どうして!? 4割引きだったら、1200円でしょ?」
晴日は青ざめる。
「ディスカウントの割合は商品ごとに定められておりまして、4割引きは最大の場合です。本商品は1割引きの品物ですので、1800円でお買い求め頂けます」
「そんなあ……」
「でもさっき、カップを持った状態で『4割引き』って言ったでしょ? それだと、ふつうの人だったら、その商品が4割引きの対象だと思うんじゃありませんか?」
らんが反論した。
「わたしは確かに、『最大4割引き』と言いましたよ。必ず4割引きになるとは言っていません」
今ここで、誰が何と言ったかについて、押し問答をしても無意味だ。証拠はどこにもないし、それ以前に、今はまだ売買が成立していない。
「晴日、もう行こうよ。200円しか安くならないんじゃ、ほとんど得しないじゃない」
早月が、晴日の肩に手をかけた。
「そうよ。ほかの店でもっと可愛いの買えばいいじゃない」
灯巳も早月を支持する。
「でも、せっかくコーヒーとか飲んだんだし……」
晴日はまだ、食器に未練があるらしい。
「喫茶店へは元から行くつもりやったやん。マグカップ諦めたって、何も損はせえへん」
らんは晴日の正面に回る。
「やっぱり買う」
晴日は財布から1000円札を2枚、とり出した。
「ホンマに? 後悔せんな?」
らんが念を押す。
「多分」
結局、晴日は1800円で、マグカップを買ってしまった。
このあと5人は、性懲りもなく六本木通りのようすを見ようとして、そちらを目指して歩いた。
だが、だんだん人が多くなってきて、街道からまだ30メートル近く離れている地点で、満足に歩けない状態となった。それで、意気消沈して引き返した。
さらに東へ、東京タワーの近辺まで歩き、7時ごろそこで夕食をとった。
帝室庁は、東京タワーの目と鼻の先にある。そのため、影郎たちはこの界隈に対し、土地勘がある。
すでに5人とも、人混みのため相当疲れていた。だから、なるべく慣れ親しんだ場所で行動したかったのだ。
夕食後は、その場で解散した。影郎は帰宅するや否や、力尽きるように寝入ったのだった。




