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4-A 六本木の橋の上で

 10月下旬。ハロウィーンの直前にあたる、土曜日のことだ。


 影郎、晴日、らん、早月、そして武部灯巳(たけべともみ)の5人は、六本木のど真ん中で、立ち往生していた。

 六本木通りと呼ばれる街道は、コスプレイヤーであふれ返っている。時折り、車道にまで人がこぼれる。

 影郎たちはというと、歩道橋の中央で、手すりにつかまっている。そこで、人波にさらわれまいと、耐えるのが精いっぱいなのだ。


「誰だよ、もう。『渋谷はひどいけど、六本木は比較的すいてる』なんて言ってたの!」


 早月は不平たらたらだ。


「ごめん……」


 晴日は健気にも、灯巳をかばいながら、少しでも人のまばらな所へ誘導しようともがく。


「しかも、昼間はまだマシなんやろ? 夜になったらどうなるん、これ?」


 らんは影郎と密着したまま、身動きがとれない。

 時刻はまだ、午前10時過ぎだ。


「これ、冗談抜きで圧死者が出るんじゃないか?」


 影郎は辺りを見回す。手の届く範囲にいるらんだけでも押し潰されないように、空間を確保してやりたい。

 だが、どこもかしこも人だらけだ。


「晴日ちゃん、どうしよう……」


 灯巳は、晴日が羽織っているボレロの裾を、ぎゅっとつかむ。


 事の発端は、同じ週の水曜日だ。


 晴日が何の前触れもなく、ハロウィーンの仮装を観に行こうと、言い出した。

 そのとき彼女は、皆にスマートフォンの写真を見せた。そこには、アニメのキャラクターに扮した若者が写っていた。


 らんや早月は、その場で賛同した。そして、日時や場所などを、3人で相談した。

 学校でも帝室庁でも、所かまわず検討していた。ためにそのようすが、時たま影郎の目にも入った。

 晴日がいつになく、張り切っていた。ほとんど、彼女1人で計画を練っていたような印象だ。


 晴日たちはいつも、一種のコスプレをしているのに、この上なぜ他人の仮装などに興味を示すのか。影郎はまるで理解しかねた。


 だが当日、その場へ足を運ぶが早いか、疑問は氷解した。

 要は、ハロウィーンだの仮装だのというのは、単なる口実に過ぎない。晴日たちは単に、人の集まるお祭りに加わりたいだけなのだ。

 影郎も、別段そのことを咎め立てする気は、起こらない。彼とてこのころまでには、気の合う仲間と、わいわいムダ話や大騒ぎをする楽しさが、分かってきていたからだ。


 打ち合わせの際、晴日は新しくできた友達を連れてくると、予告していた。その友達というのが、灯巳なのだろう。

 晴日いわく、市川駅付近のカフェで相席したのをきっかけに知り合った、とのことだ。


「どれどれ……」


 影郎はふと手すりから、真下の車道、次いで、その脇を走る歩道を見下ろした。


 歩いているのは、ほとんどがコスプレイヤーだ。

 某マンガに出てくる、白装束に緑の肌をした宇宙人。某アクションゲームでおなじみの、ひげの生えた配管工のおじさん。某ホラー映画の象徴ともいえる、前髪の長い女性の幽霊。1度に視界に入ったものだけでも、上記のキャラクターがいた。

 その他、巨大ロボットや、アメコミヒーローに扮する者もいる。


 反面、悪魔や吸血鬼などといった、伝統的な仮装を行う者は、なかなか見出せない。

 代わりに、内閣総理大臣のお面をかぶりながら、コウモリの翼や、黒い尖った尻尾をつけた者ならいる。

 与党の幹事長のお面に、長い牙や、えりを立てた黒服を組み合わせた格好の者も、見受けられる。


(こんなことを自由にやらせてくれるなんて、甘っちょろい悪魔もいたモンだな)


 そして、コスプレイヤーの中に紛れこんだ、正真正銘の魔女はといえば、至ってふつうの格好だ。

 だからこそ、かえってこの場では、少々浮いてしまっているのだが。


 晴日はブラウスの上に、デニム生地のボレロといった出で立ちだ。今回は髪を束ねたりはせず、ストレートに下ろしている。

 らんは上下とも、黒のジャージという服装だ。単なる無精なのか、それとも活動的ないし庶民的な雰囲気を演出する打算があるのかは、影郎の与り知る所ではない。

 早月はまたも、男物の衣服をまとい、果ては野球帽までかぶっている。本人が聞いて喜ぶかどうかはさておいて、それがたいへん似合うのも事実だ。


 3人は、迷える子羊のような弱りきった顔つきで、群衆の中、立ち尽くしている。

 生身の人間ならば、何千人いようと軽く蹴散らせるくらい、強力な魔法があっても、行使する意思がなければ、ただの人なのだ。


(邪悪な魔女がこれじゃ、カタなしだな)


 影郎は内心、ほほえましく思っていた。

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