3-A ホームルーム
10月の初めに行われた席替えの結果は、影郎にとって「良好」であった。
彼は窓側から2列目で、いちばん後ろの席を引き当てた。晴日、らん、早月、嶺の4人は廊下側後方、太薙が廊下側前方、真具那が窓側前方だ。
いわば影郎と、彼に関わりのある者が、教室の四隅に配置された格好だ。
ふつうの感覚であれば「可もなく不可もなく」と、評価するところだろう。だが影郎にとっては、真具那が近くにいないというだけで、天の恵みなのだ。
それ以上は、高望みなどしない。
かほどまでに彼は、真具那を嫌悪していた。
席替えの翌朝、始業のチャイムが鳴るや否や、鳥尾先生が教室に入ってきた。両手で段ボール箱を2つ、抱えている。
先生は教壇の上に箱を並べると、生徒たちのほうを向いて言った。
「さて、少々気が早いが、来年の5月は修学旅行だ。詳細は配布物に書いてあるが、それまでの流れについて、ざっと説明するぞ」
先生はおもむろに段ボール箱を開け、冊子を6、7束とり出した。
冊子は、A4サイズの紙をステープルでとめたものだ。厚さは、少年マンガの単行本ほど。
「修学旅行の行き先だが、安全性や旅費やコンテンツの豊富さに着目して、担任団で5つぐらいの候補を選定した。その中から最終的に、学年全体の多数決で、1か所に絞りこんでもらう」
先生がここまで話すと、生徒の何人かが、歓声を上げた。
確かに、修学旅行の目的地を生徒に選ばせるなど、影郎は聞いたことがない。
「投票そのものは3学期に行う。だがその前に、何度か学年総会で、目的地について話し合ってもらう」
先生は冊子の束を、各列のいちばん前に座っている生徒に手渡した。
受けとった者は、1冊を自分のものとして手元に残し、それ以外を後ろに送る。
やがて影郎にも、冊子が回ってきた。
表紙には、縦書きで「修学旅行までのしおり」とある。
「までの」の右にある傍点は、実際に印字されている。どうやら、担任団のユーモアらしい。
表紙をめくると、目次があった。
修学旅行の目的。出発までの日程。候補地。予算の積み立て。以上のような項目が並ぶ。
影郎は迷わず、候補地のページを開いた。
そのページの最初に、全ての候補地が一覧になっている。北海道、関西、沖縄、台湾、ハワイで全部だ。
影郎としてはどの場所も、行ったことがないし、イヤではない。
ただ若干、北海道と台湾に対し、ほかよりも強い魅力を感じていた。
「第1回の学年総会は来週の月曜日、放課後に行う。やりかたは、一種の弁論大会のようなものだ。授業の延長と位置づけているので、くれぐれも欠席しないように」
その後、先生の話は「宗教の勧誘が増えているから気をつけよ」といった内容に移った。
影郎はそれを聞き流しつつ、しおりを読み進めた。
次のページから先には、候補地ごとの詳しい行き先が書かれている。
関西ならば、京都市街や某テーマパーク、沖縄ならば、首里城公園や国際通り、といった具合だ。
ホームルームが終了すると、生徒が一斉に立ち上がった。
1時限は化学だから、第2実験室へ移動しなければならないのだ。




