表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/49

2-E アルダト・リリとの戦い

 次の日の夕方、影郎とらんは、東京都足立区に来ていた。

 荒川と隅田川の間が、最も狭まった所にある緑地だ。鉄道駅でいえば、北千住が比較的近い。


 らんはサッカー場に、〈十絶陣(じゅうぜつじん)〉を展開した。

 2人は陣の中央を占める。左がらん、右が影郎だ。互いに、5メートルほどの距離をとっている。

 足下は砂。対する方位は、南西だ。


 数百メートル離れた場所に、自動車が渡れる大きな橋と、高圧電線の鉄塔が見える。


 夜になって、彼らの前に現れたのは、人と鳥の中間のような姿をした霊だった。


 頭、胴体、腕と、体のほぼ全てのパーツは、完全に人間の女だ。ただし、人よりは若干、大きい。

 足の先だけが、人のものと違う。指は3本しか見えず、非常に細長い。その指から生えた爪は、カマに似た形だ。

 肩の後ろから、翼が生えている。

 人間の部分は焼きレンガの、爪は鉛の色だ。

 体には、若干の装身具をまとうのみ。


 彼女は見る間に、空中から十絶陣に近づいてきた。鉄塔よりも、高い高度を保っている。


「天使……じゃないよな? 足が鳥だし」


 影郎はらんのほうを向き、彼女の意見を仰ぐ。


「ハルピュイアやったら、頭以外ぜんぶ鳥やし、これも違うか」


 らんも、有効な回答は示せない。


「こういうときによりによって、正体不明の相手かよ。ついてないな」


 影郎は歯がみする。


「アルダト・リリかもしれへん。確証はないけど」


「アルダト・リリ? 何だ、そりゃ?」


「メソポタミアで信じられとった悪霊やと。妊婦や赤ちゃんにとって、脅威やったとか。あれがそうかは、分からへんけど」


「で、何か有効打はあるのか?」


「そうやなあ。ウチも〈サモンズ〉を使う」


「〈サモンズ〉?」


「説明はあと。ものは試しや」


 らんはそう言うと、桧扇(ひおうぎ)を自分の真正面に掲げる。


 すると、地面から黒い煙のようなものが、吹き上がった。

 それは影郎たちの視界を遮らない程度に、辺りに満ちる。


 煙が晴れると、らんのすぐ手前に、黄金の鎧をつけた戦士がいた。影郎にとっては、左斜め前の位置だ。

 彼は、らんと同じ方向、すなわち敵のやってくるほうを向いている。

 身長は、らんの倍ほどだ。


 影郎からは、後ろ姿しか見えない。が、鎧はどうやら、古代中国のもののようだ。

 なぜそうだと分かったかというと、影郎は昔、『三国志』のマンガを読んだことがあるから。

 手には、青龍刀が握られている。身長よりも長い柄に、巨大な刃をとりつけられた代物だ。


「成功やな」


 らんがニンマリした。


 式神が急降下する。狙いはどうやら、らんのようだ。


「らん!」


 影郎が叫ぶ。


 らんも扇を構え直し、悪霊に向ける。


 しかし、彼女が爪でらんを捉えられるところまで降りてくるよりも早く、らんの鎧武者が、大刀をふり下ろした。

 一撃で、アルダト・リリの体が真っ二つになる。そしてそれは、空中で消え去った。


「え、もう終わり?」


 あまりのあっけなさに、影郎は拍子抜けする。


「そんなつまらなさそうな顔、せんといてや。みせモンちゃうんやから、早よ終わるんに、こしたことないやろ」


 らんが桧扇をしまうのと同時に、先の武人も、〈十絶陣〉の境界線も消滅した。


「さっきの甲冑の人、何だったんだ?」


「ウチの式神」


「式神……! お前も呼べたのか」


「そりゃそうや。前にシンゴゆうとったやん。式神は本来、陰陽道に固有の概念やって」


「何でそんな便利な魔法、今まで使わなかったんだ?」


「式神を呼び出す魔法、さっきゆうた〈サモンズ〉って総称しとるんやけど、ほかの術よりもかなり危険ねん。今日みたいに戦力が不足しとるとか、よほどの理由がない限り、やりたないんや」


「そんなに危なっかしいのか?」


「それはもう。例えば、式神が呼び出した本人に牙むいたり、相手の言うこと聞く代わりに、何か代償を要求したり」


「今のやつは、大丈夫なのか?」


「対価に関しては、心配いらん。でなかったらおばーちゃん、今の〈五雷天罡(ごらいてんこう)の法〉、ウチに教えてくれへんかったと思う」


「そうなんだ……」


 影郎は少しだけ、安心する。


「まあでも、〈五雷天罡の法〉は、ウチにできる魔法の中やと、〈万仙陣(ばんせんじん)〉と並んで、ハイレベルな技や。絶対に成功するとは、よう言いきらん」


「らんちゃあん!」


 橋のほうから、晴日の声が聞こえた。


 影郎とらんはそちらにふり向く。

 みれば、そこには晴日と早月がいた。

 2人はかけ足で、影郎たちに近づく。

 影郎とらんも、走り出した。4人は、緑地に接する車道で合流した。


「あんたらもう終わったん」


 らんが問うた。


「それはこっちのセリフだよ。ケガはない?」


 早月がらんを気づかう。その表情は真剣だ。


「この通りや。っちゅうか、来る前に電話くらいしてくれたらええんに」


「何度もしたよ! らんも影郎も、全っ然でなくって、ホントに心配したんだから」


 早月が声を荒げた。少しばかり、目がうるんでいる。


 影郎とらんは同時に、スマートフォンをとり出す。

 いずれにも、着信があったことを示すアイコンが表示されていた。2人は揃いも揃って、電話をサイレントモードにしたままだった。


「すまんすまん。まあとにかく、夕飯、食べに行こか。もう腹ペコやわ」


 らんを戦闘に、4人はその場を後にした。

 その後彼らは、北千住駅の付近でハンバーガーを食べ、しかるのち帝室庁に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ