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第9話 ケンカはダメですよ?

「では、こちらが今回の依頼クエストの報酬になります。スノウボア二頭分で金貨二枚。その他のウサギとシカの買い取り精算分で銀貨四枚。ご確認ください」

「はい。確かに。ありがとうございます!」


 エリスが嬉しそうに笑顔でティアさんから報酬を受け取った。


 挨拶も済んだし、報酬も受け取った。

 これで今夜は上の酒場で御馳走だな!


 と思っていたところへ、ティアさんから不意打ちを喰らってしまった。


「ところでタクマさん? スノウボアの魔法攻撃を危なく受けてしまうところだったとお聞きしましたよ?」


 ――うげっ!?


 オレの視線がゆっくりとエリスに向けられる。

 だって、そんなことをティアさんに告げ口できるのは、この幼馴染の獣耳娘しかいないのだから。


 おいこら、エリス?

 何故オレから視線を逸らす?

 なんかやましい事でもあるのかな?


 エリスには後でその獣耳、たっぷり堪能させてもらうとして、今はとりあえずティアさんに何か無難な言い訳せねば。


 そう思って口を開くが……


「いや、あれはそのぉ……ですね。ちょっとした誘いをかけてみたというだけでして……。それも作戦の内と言いますか……。あはっ、ははは……」


 我ながら言い訳が苦しすぎる。

 っていうか、言い訳にすらなってない気もするし。

 最後は笑ってごまかしてるし。


 当然ながらそんなことで納得するティアさんではなかった。

 ティアさんは可愛らしい獣耳をピンっとさせ、身を乗り出すようにして口を開いた。


「もうっ! みなさんそうですけど、もっと注意深くしないとホントに危険なんですよ? ハンターは体が資本なんですから。大怪我なんかしたらどうするんですか!」


 マ、マズい。

 ティアさんが説教モードに入ったかもしれん。

 心配してくれる気持ちはもの凄く有難いのだが、こうなると長いからな。

 なんか話題を変えないと。


「そ、それよりティアさん。さっきからずっと気になっていたんですが、今日はなんかいつも以上に混んでいませんか? なんか見ない顔も多いように思うし」


 周囲に視線を向けながらそんなことをのたまってみた。

 だが、オレの目の前にいるキツネ耳娘の受付嬢様はそう甘くは無いらしい。


「そうやって自分に都合の悪い話題を逸らそうとするのは、タクマさんの一番悪い癖ですよ!」


 うぐっ……


 やばい?

 話題変更大作戦失敗?

 むしろ、火に油を注いでしまったか?

 なんか、ジト目になってしまったような気もするし。


「……でも」


 そこへ声を漏らしたのはエリスだった。


「本当に見たことない人が多い気がするね。それに、なんか赤い布を巻いている人も多い気が……」


 その言葉に釣られたのか、ティアさんの視線がオレから周囲へと移った。


 よしっ!

 いいぞ、エリス。その調子だ。

 さすがオレの幼馴染だ。

 やっぱりお前は頼りになるヤツだ。

 オレには最初から分かってたぜ!

 後でその獣耳、たっぷりなでなでしてあげるからな!


「ああ、あの人たちはクラン『紅い風』の人たちですね」


 クランというのは一般的には一族という意味だが、ハンターの場合は血のつながりは関係なく、集団とか仲間といった意味になる。どのクランも大抵仲間意識や結束が強く、クランに所属することで助け合うことや様々な情報共有ができるなどメリットは大きい。

 その反面、クラン独自のルールやマナーなどが厳しかったり、クラン以外の人とは疎遠になりがちになってしまったりというデメリットもある。


 ちなみにオレやエリスはどこのクランにも属していないし、入る気も無い。

 しがらみが煩わしいということもあるが、下手をするとエリスの正体がバレるリスクを高めてしまうことになる。とてもそんなことはできない。


 だから、別にそんなクランに全く興味は無いのだが、話題を逸らすためならばと話に乗ってみる。


「『紅い風』? 有名なクランなんですか?」

「私もあまり詳しくは……。つい先日王都のほうからこのアスターナへ拠点を移してきた、と聞いています。タクマさんたちが雪山に行っている間ですね。リーダーはアーロンという方で、確かB級ハンターのハズです」


 B級。

 つまり一流と認められたハンターということか。

 名前からして男なんだろうが、どんな奴なんだろう?


「クランの規模は五十人くらいと聞いています。中堅といったところでしょうか。あと、ご覧の通りあの赤い布がトレードマークみたいです」


 ざっと見回してみると、赤い布を腕に巻いたり頭にかぶってたりしている人がこの一階の受付カウンター近くだけで十人くらいはいるみたいだ。


「あと、そのぉ……」


 何故か急に歯切れが悪くなるティアさんにオレは首を傾げながら問いかけた。


「どうしました?」

「なんていいますか、少しトラブルが多いクランのようです」

「トラブル……? 例えば?」

「ケンカとか、ですね。タクマさんも気を付けてくださいね? ギルドの中でのケンカはご法度ですよ?」

「オレですか? やだなティアさん。誰よりも平和平穏を愛し、温和温厚がモットーのこのが、ケンカなんかするハズないじゃないですか!」


 せっかく爽やか笑顔でキメたのに、獣耳娘二人が半眼になってオレを見ている気がする。

 何故だ?


 ◇


 ハンターギルドというのは酒場が併設されているところが多いと聞く。

 やはりハンターは酒好きが多いからか?


 このギルドもそうだ。

 一階はクエストの受け付けなど事務所的な雰囲気が強いが、二階は酒場になっていて夕方以降はかなりの大賑わいとなっている。


 オレはエリスと一緒に二階へと上がって行った。


「私、久しぶりにだし巻き卵が食べたーい! あと肉じゃがは絶対だね」

「オレはコロッケだな」


 今日の懐はとても温かい。

 だからオレもエリスも、食べたいモノはしっかりと食べる所存だ。


 肉じゃがやコロッケというのは、ここから遥か遠い東の果て、ヤマトと呼ばれる国の郷土料理だ。最近アスターナでは、このヤマト料理が結構流行っている。


 ちなみに、オレの祖父はそのヤマトの出身らしい。若い頃に故郷を飛び出し、後に祖母と出会い、結婚してあの村で暮らすようになったのだとか。そしてオレの名前も祖父が付けてくれたもので、ヤマト風の名前なんだそうだ。


 ま、それはともかく、この酒場でも流行りの料理ということでいくつかのヤマト料理を提供してくれている。おにぎりとか、鶏の唐揚げなんかは男女問わず大人気の一品だ。その中でもオレのお気に入りはコロッケだな。それをトマトソースに付けて食べるのが最高に旨い。


 エリスは肉じゃがだな。当初は醤油味だったのだが、塩こうじの肉じゃがに変更されてからは、ほぼ毎回必ずと言っていい程注文している。いつか自分でも挑戦してみたいそうだ。その時には味見に協力してよね、と言われているんだが、もちろんそんなのいつでもお安い御用だよ。


 二階はやはり、かなり混雑していた。

 まあ、この時間じゃ仕方ないだろうな。

 予想通りとも言える。


 問題は二人分の席が空いているかなんだが、ざっと見た限りではテーブル席は全て埋まっているみたいだ。カウンターのほうも一つしか空いていない。


 オレとエリスはお互いに顔を見合わせた。

 こういうときは飲み物だけ注文し、席が空くまで端の方で立ち呑みするのがいつものパターンだ。


 エリスが頷いたのを見て、まずは二人分の飲み物を注文しようと思った時、喧噪の中からオレ達を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい! タクマー! エリスー!」


 この声、もしかして……


 声がした方に視線を向けると、オレ達に向かって手を振っている若い男の姿が見えた。


 その知った顔に思わず声が漏れる。


「あれ、ラウルだ」

「うん。向かいにはセリカもいるね」


 ラウルとセリカはオレ達と仲の良いハンター仲間だ。

 年が近いせいもあり、気の合う友人といったところか。

 何度か一緒に四人でクエストもしたことがある。


 ラウルが手招きをしているのが見える。

 どうやら二人の隣が空いているらしい。


 それに応えてエリスが彼らに向かって歩きだす。

 オレもエリスの後を追って足を踏み出したとき、近くでカタンと音がした。

 その音にふと視線を向けると、そこに座っていた男がゆっくりと立ち上がるところだった。


 何故かそいつと目が合った。

 スキンヘッドにダークブラウンの瞳。

 そして左腕には赤い布が巻かれている。


 そのまま通り過ぎようとしたところへ、その男から声を掛けられた。


「お前が、タクマか?」


 その声にオレの足が止まる。

 オレより頭一つでかいその男の顔を見上げた。


 どこかであったか?

 ……いや、見覚えは無いな。


「あなたは?」

「俺はアーロン。『紅い風』というクランのリーダーをしている」


 そいつはオレを見下ろしながらそう言った。




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