第6話 対決黒き巨人
※ 2018/03/15 隻眼を単眼に修正。
サイクロプス。
額の真ん中に大きく丸い眼を一つだけ持つ黒き巨人。
その手には長い棍棒を持ち、雷の魔法を使うことでも有名なB級モンスターだ。
「マジ……か?」
オレは思わずそんな声を漏らしていた。
実物は初めて見る。
近くに生えている木なんかよりもずっと大きい巨体だ。
おそらくオレの五、六倍の高さはあるんじゃないだろうか。
「う、わぁ……」
エリスもまたそんな驚愕の呟きを漏らしていた。
「どうする、タクマ……?」
どうするもなにも、相手はB級モンスターだ。
D級ハンターであるオレ達よりランクはずっと上だ。
まともにやって敵うとはとても思えん。
かといって、友好的もしくは平和的に……なんていくわけもないよな。
サイクロプスの単眼がオレ達を見下ろす。
そしていきなり右手に持つ棍棒を振り上げた。
「回避だ!」
そう叫びつつ、自分もその場から全力で逃れる。
雪で足元がおぼつかないが、そんなこと言ってられない。
あんなものまともに喰らったら、一発でぺしゃんこだ。
オレと違ってエリスの軽やかに後ろに跳ぶ姿が見えた。
巨大な棍棒が大地に叩きつけられる。
周囲の雪が吹き飛ばされ、轟音が鳴り響く。
その衝撃波とか吹き飛ばされた雪などがオレ達を襲う。
直撃は避けられても、こういう二次的なものはなかなか防ぎにくい。
腕を顔の前で十字に組み、何とか吹き飛ばされないよう踏ん張る。
この圧倒的なまでの体格の差。
そこからくるパワーとリーチの差はいかんともしがたい。
どうする?
逃げるか、戦うか。
できれば逃げたいところだ。
別に逃げることは恥ずかしい事じゃない。
なにせ、この圧倒的なランク差だ。
むしろ十人中十人ともそうするべきだと言うだろう。
でも、この足場の悪い雪山で、ヤツに背を向けて逃げ切れるのか?
あの棍棒を振り回されたら、それを躱しつつ逃げ切れるのか?
エリスはできるかもしれんが、オレはちょっと自信無いかも……
しかたない……か?
やるしかないか?
オレの右手に自然と力がこもる。
「エリス。周囲の様子は分かるか? 誰もいないか?」
サイクロプスから少し距離を取りつつ、エリスにそう尋ねる。
エリスならばオレなんかより確実だからな。
他に人がいてもらっては困るんだ。
ここから先は、見られちゃ困るんだ。
「大丈夫。誰もいないよ。でも……」
でも?
何だ?
エリスが一歩前に出て、オレを制止するかのように右手を上げた。
「私がやるよ」
「え? いや、でも……」
「大丈夫。ちゃんと加減するから。仮に誰かに見られても自然に見えるように。そういうの、タクマ苦手でしょ?」
その言葉に思わず苦笑いしてしまう。
確かにそういうのは苦手だ。
だから、その通りではあるんだが……
でもエリス?
お前だって、加減が得意だったっけ?
とは口には出さずに何とか呑み込んだ。
けど、顔には出てしまったかもしれない。
それに対抗してか、見てなさいと言わんばかりの顔してサイクロプスを見上げるエリスは、オレの前に出していた右手をゆっくりと上にあげた。
その手を握りしめ、人差し指だけで空をさす。
「炎の槍よ……」
とたん、エリスの指の上に炎が灯る。
それはたちまち激しく燃え上がり、人の背丈ほどにまで大きくなる。
そこから、まるで凝縮されていくかのように渦巻きながら槍の形へと姿を変える。
ほんのわずかな時間でできあがった、紅く燃え上がる灼熱の槍。
その熱がオレにまで伝わって来る。
それに気付いたのか、サイクロプスがエリスに向かって棍棒を振り上げた。
だが、それを降り下ろすより先に、エリスの声が周囲に響く。
「彼の者を穿て! 《フレイムスピア》!」
声と共に降り下ろされたエリスの手。そして……
それはほんの一瞬のことだった。
周囲の空気をも巻き込むかのように炎をねじらせ、灼熱の槍はサイクロプスの単眼を突き破り、そして空へと消えていった。
顔の中央にどデカい穴を空けられたサイクロプスが、ゆっくりと後ろに倒れていく。
B級モンスターを……一撃?
以前に一度だけ、何かのクエストの際に他のハンターがフレイムスピアを使っているところを見たことがある。
けど、アレとは全然違う。
あの時のフレイムスピアはもっともっと小さかった。
そんなバカみたいな威力は無かった……ハズだ。
とても同じ魔法には見えない。
それのどこが自然なんだとツッコミ入れたい気持ちを抑えつつ、エリスの方に視線を向けると、彼女はなんか期待を込めたような眼差しでオレを見上げていた。
それがどういう意味を差すのか分かってしまうのは、別に付き合いの長さとか幼馴染とかは関係ないだろうな。
きっと誰でも察することができるんじゃないかと思う。
ツッコミたいことは多少あれども、倒したのはエリスだ。
今は、その期待に応えてあげるべきだよな。……たぶん。
「よくやった、エリス。すごかったぞ」
っていうか、凄すぎだったと思うのだがそれは置いといて、オレはエリスの頭を撫でた。
せっかくなんで、ついでに獣耳もぷにぷにさせてもらう。
雪なんかも被ったせいで髪にいつものふわっふわ感は無いが、それでもこの手触りは格別だ。
「えへへへ」
エリスが目を細めながらちょっと照れくさそうに、でも嬉しそうに微笑む。
エリスの尻尾も嬉しそうにぶらぶらしているのが見える。
なんかそのままぐるぐる回転でもしちゃいそうな勢いだ。ははは……
獣耳を十分に堪能……あ、ゲフンゲフン。
エリスの期待に十分に応えたところで、オレは倒れているサイクロプスに視線を向けた。
「どうするの、それ?」
「うーん。とりあえず収納庫に入れておく……かな」
現在オレ達はD級だ。
B級モンスターのサイクロプス討伐などのクエストは受けられないし、実は倒しましたなんて言う事もできない。
そんなことしたら大騒ぎになる。
余計な詮索を受けてしまうかもしれない。
そういうのは極力避けたい。
いつかB級ハンターになることができて、サイクロプス討伐のクエストを受けられるようになったときにでも、なにげなくこいつも含めてしまえばいいだろう。
……なれるのはいつになるか分からんが。
幸いにもオレの収納庫にはまだまだ余裕がある。
こんな巨大なモノでも、全然問題無いくらいに。
ついでに言えば、オレの収納庫に入れておけば時間経過はほとんど無い。いつでも現状のまま取り出すことができる。
こういうところはホント便利な魔法だと思う。
オレはサイクロプスの足に軽く触れ、棍棒も含めて収納庫に入れた。
その直後、エリスがオレの服をつまんだ。
振り返ると彼女は顔を上げ、何かに驚いているような表情をしている。
おいおい。
まさかまた何か出てきたとか言わないだろうな?
エリスの視線を辿り、そしてオレもまた思わず目を大きく見開いた。
モンスターなんかじゃない。
ある意味、モンスターのほうがまだよかったかもしれない。
迫りくるのは大量の雪。
それが大波となって斜面を滑り降りて来る。
オレ達の方へ。
「……うそん」