第34話 お説教の時間
「さて、お説教の時間だな」
――は?
いきなりアーロンがそんなことを言い出した。
はっきり言って、意味が分からん。
「お前たち二人はまだD級だろうが。いくらなんでもイフリートに挑むのは、無謀を通り越して自殺行為だろう。相手はS級モンスターなんだぞ? 分かってるのか? それとも何か反論はあるか?」
……助けて貰ったことは事実だし、ここは素直に言う事を聞く場面だろう。
オレだってそれくらいは分かる。
だけど、反論は? と言われて思わず口走ってしまった。
「……お前だって、B級だろう?」
「俺様はいいんだよ」
……このやろう。
オレの左目がピクピクッとしたのが自分でも分かった。
だが、実際アーロンはイフリートをあっさりと倒してしまったんだ。
オレたちでは敵わなかったS級モンスターを。
そう思うと、それ以上強くは反論できない。
苦虫を百匹くらいまとめて噛み潰したような渋い顔をしているであろうオレから視線をエリスに移し、アーロンは言葉を続けた。
「クリスもだ。そんな怪我までして」
『……こんなの、かすり傷』
「あのなあ……」
エリスの憮然とした声に、アーロンが心底呆れたような顔をする。
「今のお前はまだ力を取り戻していないんだろう? まったく。無鉄砲で頑固なところは全然変わらんな。これを知ったら、フィナがまた悲しむぞ」
クリス? フィナ?
いや、それよりも、何だ、アーロンのこの言い方は?
まるで、昔からエリスを知っているかの様な……
その事を問おうと思って口を開きかけたオレよりも一瞬早く、エリスの怪訝そうな声が頭に響く。
『フィナ? ……誰?』
「……は? おいおい、クリス? お前、いくらなんでもその冗談は――」
『私はエリスよ。エリスティーナ。クリスじゃない。フィナという人も知らない。……誰かと、人違いをしていない?』
「……はぁあ?」
なんかアーロンが素っ頓狂な声を上げた。
そして一歩エリスに近付きつつ、少し強い口調で言葉を続けてきた。
「何言ってんだお前。バハムートっていうのはこの世界にお前だけだ。間違いようが無いだろう!」
アーロンは信じられないと言いたげに目も大きく開いている。
「……ちょっと待てよ、おい。クリス、お前……あ、今はエリスか? ええい、そんなことより、お前、もしかして……俺様の事も知らない、とか言うんじゃ……?」
『……知ってるわ』
エリスのそのセリフに、何故かアーロンは目を閉じて安堵の息を吐く。
それを見ながらエリスは言葉を続けた。
『紅い風のクランリーダーで、名前はアーロン。B級ハンター。……そして、ギルドではタクマにケンカを売ってきた人』
そう言ってエリスは目を細める。
……いや、あの時も言ったかもしれないけど、別にケンカなんかしてないって。
それに、助けて貰ったのは事実なんだから、あまり睨むなって。
それはともかく、エリスのその言葉を聞いた時、アーロンの顔はとても驚いた表情に変化していた。口を半ば開き、目を大きく開け、もう見るからに絶句しているという感じだった。
少し間を置いて、ゆっくりと確認するかのようにアーロンが再び口を開く。
「……それだけ? ホントに俺様のこと、分からないのか?」
『……言っている意味が、分からないわ』
アーロンは少し茫然とした様子を見せたが、すぐに右手で口元を押さえ、何か考え込むような素振りをしだした。
そして、次に口を開くまでにそう時間はかからなかった。
「……そうか。そういうことか。ギルドで出会った時も、何も反応を見せなかったからちょっとおかしいとは思っていたんだ。そんな腹芸、クリスができるハズは無いからな」
アーロンが何か一人で納得している。
エリスの『だから、私はクリスじゃない』とか『よく分からないけど、なんかバカにされている?』という呟きが頭に響いたが、ちょっとそれは置いておこう。
「記憶は、今生に引き継がれなかったんだな。だからか。転生して二十年近く経つというのに、一度もフィナの所に顔を出さなかったのは。あー、そういうことだったのか。納得した。……でも、うわぁ、どうするよ? これを知ったら、またフィナのやつ、泣き崩れるぞ……」
そう言ってアーロンは右手で自分の頭をポンポン叩きながら苦笑しだした。
そして、そのセリフに今度はオレの方が絶句する番だった。
今、アーロンは言った。
記憶は引き継がれなかった、と。
エリスが転生、つまり生まれ変わったということも知っている。
もしかして……
前世とでもいうべき以前のバハムートを、アーロンは知っている?
そして、何度も名前が出てきているフィナという人物も?
――そんなバカな! ありえない!
だが、頭でそう否定しつつも、オレは一つの答えに思い至っていた。
もちろんそれに確信なんかない。
むしろ、そんなことはあり得ないとさえ思えてしまう答えだ。
『貴方は、一体何者なの? さっきの魔法といい、私のことを知っても全く驚きもしないことといい、ただのB級ハンターとは、とても思えない』
「はぁ……」
エリスの問いに、アーロンは深い深いため息をついていた。
「まさか、お前にそんなことを問われる日が来るとは思いもしなかったわ。なんていうか、すっっっげぇえショックがでかいんだが?」
そしてアーロンはエリスの問いに直接答えず、少し意地の悪そうな表情を浮かべながらオレに向かって口を開いた。
「タクマ。お前はもう、その答えが分かってるんじゃないか?」
……確かに、一つ思いついた答えがある。
だが、まだ今一つ確信が得られているわけじゃない。
それに、アーロンの「俺にはお見通しだぜ」と言いたげなニヤニヤした顔に、このまますぐに答えるのも何か癪に障る……気がする。
なので、確信を得るためにも一つだけ確認をさせてもらう。
「……一つ教えてくれ。さっき、オレたちの事を弟と妹と言っていたが、あれはどういう意味だ?」
「俺にとってクリスは大事な妹のような存在だ。そしてタクマ、お前はクリスの大事なパートナーなんだろう? だったらもう、俺にとってお前は弟も同然だ」
やはり、そういう意味か。
ようやく全てに確信が得られたような気がする。
エリスはバハムートで、ユニークモンスターなんだから、当然兄なんかいない。
だが、親のような存在はいる。
エリスを創りし存在。
エリスをこの世に生み出した存在。
それは、女神フィアーナだ。
そしてバハムートと同様に女神フィアーナが創り、バハムートと対と呼ばれる存在がいる。
同じ親に創られし存在。
神話の中で絶対的な防御力を誇り、強力な魔法を持つ存在。
それは……
「……白銀の竜、ファフニール」
オレのセリフに、アーロンは満足そうににやりと微笑んだ。




