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第33話 蒼光氷晶

 オレたちの視界全てが白銀の煌めきで満たされる。


 ……なんだ、これは?

 オレたちを守ってくれている?

 助かった……のか?


 あまりにも突然のことだったため、オレには何も対応できなかった。

 時間にしたら、ほんの僅かだったとは思う。

 それが収まったとき、いつの間にか一人の男が立っていた。


 オレたちの目の前に。

 オレたちとイフリートの間に。

 まるで、イフリートからオレたちを庇うかのように。

 その男は立っていた。


 その姿を見た時、自然とオレの目が大きく開かれた。


「……なんで、お前が、ここに……?」


 そんな疑問の声がオレの口から洩れる。


 知っている。

 オレはこの男を知っている。


 オレより頭一つ分高い身長にがっしりとした体格。

 左腕には彼らのクランのトレードマークである赤い布。

 そして、スキンヘッドにダークブラウンの瞳。


 先日ギルドの二階で、オレはこの男と言葉を交わしていた。


「……アーロン」


 アーロンは左手を腰に当て、顔だけオレたちのほうに向けて口を開いた。


「邪魔をしたなら、すまんな。お前たち二人でイフリート(コイツ)を倒すつもりだったんだろうが、どうにも危なっかしいというか、黙って見てられなくなってな。悪いと思ったが介入させて貰った」


 さっきオレたちが助かったのはアーロンの魔法なのだろう。

 もうダメかと思っていたところを助けられたんだ。

 感謝こそすれ、悪かったなんてことはあるハズが無い。


 ……無いが、どうしても疑問がオレの頭を占めてしまう。


「今のはお前が? 何故お前がここに? 見ていた? 一体いつから……?」

「最初からいたさ。むしろ、お前たちの方が後から入ってきたんだ」


 最初……から?


 オレは思わずエリスに視線を向けた。

 エリスはオレの視線に気付くと、小さく首を横に振った。

 エリスも気付いていなかったということだろう。

 それはそうだ。

 気付いていたなら言ってたハズだ。


「まあ、気付かれないよう、気配遮断をしていたからな」


 事も無げにアーロンはそんなことを言う。


 気配遮断?

 オレはともかく、エリスの気配察知能力を上回るほどの?


 確かにそういう魔法もあるとは知っている。

 ハンターの中にはそういうのが得意なやつがいるってことも。

 だが、そんな完璧に気配を消せるものじゃなかったハズだ。


 しかも「最初から」というのがもし本当だとしたら、アーロンは全部見ていたということになる。オレの魔法のことはもちろん、オレは何度もエリスの名を呼んでいたんだから、エリスのこともバレたと思ったほうがいい。


 とんでもないミスだ。

 まさかこんな奈落の底に、オレたち以外の人が来るなんて想像もしてなかった。


 どうする……?


 オレは唇を噛みながら再びアーロンに視線を向けた。

 その先で、アーロンを睨んでいるイフリートの姿が目に入った。


 ……ひとまず、秘密がバレたことは後回しだ。

 それよりも今はイフリートだ。


 オレの視線に気付いたのか、アーロンがイフリートのほうに振り向いた。


 イフリートはずっとアーロンを睨んでいる。

 その険しい形相は、オレたちを相手にしていた時には見せなかったものだ。


 それが意味すること。

 すなわち、イフリートはアーロンを警戒しているんだ。

 あれだけの攻撃を、オレには何をしたのか分からないが、防いだとあればそれも当然かもしれない。


 アーロンはそんなイフリートを見てから、オレたちに対して背を向けたまま口を開いた。


「……お前たち二人の邪魔をする気は無いが、イフリート相手では流石さすがに厳しいだろう。後は俺がやるから、少し待ってろ。すぐに終わらせる。話はそれからゆっくりしよう」


 その口調は、一切気負いなどなく、まるで散歩にでも行って来ると言うようなものに聞こえた。


 相手がS級モンスターのイフリートと分かっていながらこの口調とセリフ。

 それだけの自信があるということか……?


 アーロンは確かB級のハズだ。

 本来ならS級モンスターの相手なんてできるハズもない。

 だが、もしアーロンにも、オレたちのようなクラスを超えた特別な何かがあるんだとしたら……?


 その一端が先程の攻撃を防いだ防御魔法なのかもしれない。

 ならば、その自信も頷ける。……気がする。


 どちらにしてもこの自信を信じて、今は任せるしかないのかもしれない。

 オレたちでは敵わないということは、もう分かってしまったのだから。


 それに、その特別な何か、というモノを見てみたいという気持ちもある。

 さらに言えば、もしそれが、アーロンが周囲に対して秘密にしていることなのであれば、お互いに秘密をしゃべらないという交換条件にもできるかもしれない。


 アーロンがオレたちに背を向け、イフリートに向かって口を開く。


「さて、イフリートよ。ここからは俺様が相手してやるが、文句は無いな?」

「……先程の防御魔法は、キサマか?」

「俺様もお前には用があるんだ。……ったく。よくもこれだけ手間を掛けさせてくれたな。探し出すのにどれだけの時間がかかったことか」

「……キサマ、一体何者だ?」

「ようやく見付けた。もう逃がさん。フィナから盗んだもの、返してもらうぞ」

「――答えろ! キサマ! 何者だ!」


 イフリートの威圧を込められた怒声が響く。

 鋭い眼光で叩きつけられるプレッシャーに、思わず後退(あとずさ)りしそうになる。


 だがアーロンは全く物怖じせず、平然と言葉を続けていた。


「それに何より……」


 アーロンが一瞬だけオレたちの方へ振り返り、そして再びイフリートに視線を戻す。


「よくも、俺様の大事なもてあそんでくれたな」


 アーロンが指をポキポキと鳴らしながらイフリートに向かって足を踏み出す。


 ……おい、ちょっと待て。今、最後になんて言った?


 アーロンもイフリートも人の言葉を使っていながら、オレには会話が成り立っているようには思えなかったが、それはとりあえずどうでもいい。

 アーロンのセリフはほとんど意味が分からなかったが、それも置いておく。

 だが、最後のは何だ?


 弟と妹?

 オレとエリスのことか?

 アーロンの態度からそう言っているように見えたが、オレの勘違いか?


 思わずオレとエリスの視線が交差する。


 オレには兄弟はいない。

 そんなモノがいるだなんて話は聞いたことも無い。


 エリスの表情から察するに、彼女も意味が分からないということだろう。

 なにせエリスはバハムートだ。

 そしてバハムートはいわゆるユニークモンスターだ。

 バハムートは女神フィアーナに創られた存在であり、エリスしかいないハズだ。

 兄弟姉妹と呼べるような存在は、いないハズなんだ。


 ……いったい、なんなんだ?

 どういうつもりなんだ?


 その時、エリスが一瞬ビクッと体を震わせた。


『――っ! 何、この魔力は』

「どうした? エリス?」

『……アーロンの周りに魔力が渦巻いている。もの凄い魔力を感じるの。私なんかより遥かに強い魔力』


 ――なっ!?


 エリスより、強い魔力?

 エリスはまだ成長途中とはいえ、それを凌ぐ魔力なんて……

 それが、アーロンの特別な何か……なのか?


 同じような戸惑いの声がイフリートの口からも零れた。


「……この魔力。ありえん。キサマは本当に人間……か?」


 イフリートの問いに答える様子もなく、アーロンはゆっくりと歩く。


「答えろ! キサマァ!」


 イフリートが両手を上にかかげる。

 それと同時に、紅蓮の猛焔を纏う十二本の巨大な投槍がイフリートの頭上に現れる。

 それぞれの猛焔が渦巻き、ゴォオオオという音が周囲に響き渡る。


「ほう。《クリムゾンジャベリン》か」


 アーロンの、まるで感心したかのような声が聞こえて来る。


 クリムゾン……?

 初めて見る。

 これが、火系統での火炎フレイムの上位、紅蓮クリムゾンの魔法なのか。


 一瞬、この魔法を収納すべきか迷う。

 十二本だけなら、問題無く収納できる……ハズだ。


 だが、アーロンが何をしようとしているのかが分からない。

 この場面では、余計なことをしてアーロンの足を引っ張ることは絶対に避けるべきだ。


 《クリムゾンジャベリン》が動き出し、もしアーロンが危険そうなら収納する。

 今はそのための準備をしておくに留めておくことにする。

 その場合、オレが魔法を収納できることをアーロンに見られることになるが、恐らくそれは今更だろう。


「さすがイフリートと言ったところか? だが……」


 アーロンがゆっくりと右手を前に出す。

 手の平を上にしたとき、そこに揺らめくように青白く光る小さな球体が現れた。


 ――なんだ、あれは?


 燃えているわけじゃない。

 むしろ氷のような冷たさを感じる光だ。

 あんな魔法は見たこと無い。


「その程度では何の役にも立たないな」


 アーロンのそのセリフに、イフリートの目がピクッと動いたように見えた。


「この猛焔に貫けぬモノは無いわ! 消えろ!」


 イフリートの怒声と共に、十二本の紅蓮の投槍が動き出す。

 収納すべきかと身構えた時、アーロンの呟くような一言が、オレの耳に届いた。


「《ダイヤモンドダスト》」


 同時に、アーロンの手の上にあった青白い球体が弾けた。


 一瞬、自分の感覚が麻痺したような気がした。


 ……音が、消えた?


 そう思えるほどの静寂に包まれる。

 ついさっきまで聞こえていたイフリートの攻撃の音が全て一瞬で消え去った。


 体がブルッと震える。


 ……なんだ? 寒い?


 今までの迷宮の中は少し涼しいくらいで寒いとは感じていなかった。

 なのに、気付けば凍えるほどの寒さを感じ、思わず体が震える。

 明らかに周囲の温度が急激に落ちたんだと分かる。


 オレの目の前で小さな小さな青白いものが舞っている。

 ゆっくりと落ちてきたそれを一つ、手の平に載せてみる。


 ……氷の……結晶……?


 オレは顔を上げて周囲を見回した。


 自分の目が信じられない。

 今、目の前に起きていることが信じられない。


 迷宮の中だというのに。

 ついさっきまで、土と岩だらけの場所だったというのに。


 そこは、まるで氷の世界だった。


 ……これが、氷系統の三大上位魔法の一つと言われている、蒼光氷晶ダイヤモンドダストなのか。


 そう思った時、ゴォオンと、何か重そうなモノが地に落ちる音がした。

 思わず音のした方に視線を向ける。


 それを見た時、オレの目が大きく開かれた。


 そこには獅子の顔を持つ巨人の氷像・・が倒れていた。


「……これは、まさか。……イフリート……を?」

「ん? ああそうだ。だが凍らせただけだ。まだコイツは死んでない」


 そう言ってアーロンは氷像と化したイフリートに近付き、何かを探るようにその周りを一周した。そしてイフリートの右腰辺りを拳でコンコンと軽く叩き始めた。


「たぶん、ここかな? どれどれ」


 アーロンは右拳を大きく振りかぶると、勢いを付けてイフリートの右腰辺りにその拳を突っ込んだ。ガシャーンと音をたて、肩まで腕を突っ込み、そして引き抜いたとき、アーロンの右手には拳大ほどの紅い結晶のようなものが握られていた。


「……それは?」

魔核コアってやつだな。イフリートの本体と言い換えてもいい。コイツを壊さないと、イフリートは死なないのさ」


 そう言ってアーロンは手に持っていた紅い結晶をあっさりと握りつぶした。

 そのとたん、氷像と化していたイフリートの身体は、パァーンと音をたて、細かく砕け散った。


「これで、終わりだ」


 そう言って、イフリートの破片が舞う中、アーロンはオレたちのほうに向いた。


 あれだけ苦しめられ、オレたちではダメージを負わせることすらできなかったイフリートを、アーロンはあっさりと倒した。


 しかも使った魔法は氷系統の三大上位魔法の一つと言われている蒼光氷晶ダイヤモンドダスト。さらに言えば、アーロンはほとんど無詠唱でそれを使っていた。


 とても、ただのB級ハンターとは思えない。

 コイツは、一体何者なんだ。




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