第3話 収納魔法
収納魔法。
それが、オレの使える唯一の魔法だ。
この世界には様々な魔法がある。それらは火、水、風、土、そして光と闇。そういう系統での分類がされることもあれば、攻撃、防御、支援、生活などといった系統で分類されることもある。
魔法の種類は数百とも数千とも言われているが、オレに使えるのは収納庫にモノを出し入れできるこの収納魔法のみ。
この収納魔法は、実は激レアな魔法なんだそうだ。
つまり、これが使える人は滅多にいない。
少なくともオレは、オレ以外に使える奴に会ったことは無い。
そんな珍しい魔法を、何故オレが使えるのかは知らない。
物心付く頃にはもう使えていた……と思う。
幼い頃からこの魔法を使えたオレは周囲の大人たちに絶賛されたものだ。
今となっては、ただの懐かしい思い出だな。
大抵十歳を過ぎた頃から、みんないろいろな魔法を覚えていく。
最初は簡単な、火を付ける魔法だとか、水を出す魔法だとか、生活に直結しそうな魔法から覚えていくのが定番だ。
もちろん人によって得手不得手ってのはある。
火は付けることは容易にできても水を出すことは苦手とか、その逆とかな。
だが、オレにはどれもできなかった。
苦手とかそういうレベルじゃない。
火を付けることも、水を出すことも、風を起こすことも、土を固めることも、光を灯すことも、他にもなーんにも、オレには全く出来なかったんだ。
それが判明した途端、オレに対する周囲の大人たちの対応は激変した。
珍しい魔法が一つ使えるというだけで、みんなできることが、オレは何一つできなかったんだ。
最初の頃はオレを天才だとか、将来は偉い賢者様かと期待していた分、落胆も大きかったのだと思う。
オレに対する、あの憐れみのような目は今でも忘れられない。
夜中に両親が悲しんで泣いていた声が、今でも耳に残っている。
オレが村を出たのは、ハンターになりたかったというのが主な理由ではあるが、そんな人達に囲まれて生活するのが耐えられなかったというのもある。
……いや、むしろホントはそっちのほうが強かったのかもしれない。
エリスは、ある意味オレと真逆だったな。
彼女は収納魔法は使えない。
だが、それ以外の魔法は全く問題なく習得していった。
エリスには特に苦手という魔法は無かったハズだ。
そしてオレが村を出た時、村の外で待ち伏せしていたエリスは、自分の手荷物をオレに差し出しながらこう言った。
「魔法が必要な時は、いつでも私に言ってよ。私が全部やってあげる。いつでもタクマの傍にいて、タクマの代わりに私が全部やってあげる。その代わり、私の荷物は全部持ってね」
なんか凄く嬉しかったよ。
その後にオレがした「……下着もか?」というちょっとした照れ隠しの返答には、「バカ!」という言葉と、エリスが魔法で出した水を頭からたっぷりと浴びせられちまったけどな。
あれからもう四年が過ぎた。
オレが収納魔法以外使えないのは相変わらずだが、その時の言葉通り、それ以来エリスはオレが望む魔法は全く惜しげもなく使ってくれる。
ハンターのクラスだって、こんなオレがD級に上がれたのは、間違いなくエリスがいたおかげだ。彼女がいなければ、オレはまだまだE級をくすぶっていたハズだ。それどころか、ハンターを続けることを諦めていた可能性だってあったと思う。
だから、感謝している。
本当に。言葉なんかじゃとても言い表せないくらいに。
……面と向かってそんなこと、本人には言えないけどな。
◇
「へぇー。それがタクマの新しい武器なんだ。なんか、変わった形しているね。どうやって使うの?」
オレが収納魔法で収納庫から取り出した武器を、エリスは物珍しそうに覗き込んできた。
「これは、スリングショットっていうやつだ。知らないか?」
エリスが首をゆっくり横に振る。
「……そうか。結構昔からある武器なんだがな。でも、使っているヤツはあまりいないかもな。とりあえず、使って見せてやるよ」
オレはスリングショットに使う弾を一つ、収納庫から取り出した。それをゴムの中央にあて、右手で弾とゴム紐を一緒につまんで引っ張る。
コイツは少しばかり特別製だ。
ちょっと前からスリングショットに目を付け、色々と試してはいたんだが、最初は先が二つに分かれている太い棒のようなものを使っていた。
だが、威力を上げるために強くゴムを引っ張ると、どうしても命中精度が悪くなり、安定性が落ちてしまう。かといってほどほどの力で使っても、大した威力にはなってくれない。
そこで、手で握る部分に軽くへこみを付けることで握りやすくし、さらに手首側に支えを付けることにした。それでこいつの安定性はかなり改善したんだ。
もっともそのアイデアは、オレじゃなく、色々と相談に乗ってもらっていた鍛冶屋のおっちゃんが捻り出したものだけどな。
ターゲットは頭を出しているあのウサギ。
狙いを定めつつ、ゴムを限界まで引く。
ゆっくり大きく息を吸う。
そして吐き出さず、そこで息を止めた。
大丈夫だ。
落ち着け、落ち着け。
風も吹いてないし、これならきっといける!
手を離した瞬間、パシュって音がして、ウサギが後ろへ吹っ飛んだ。
よし! 命中した!
息を吐き出しながら、心の中ではガッツポーズをしてたね。
それだけじゃなく、思わず右手も強く握りしめていたみたいだ。
実際の狩りに使ったのはこれが初めてだったが、密かに何度も練習していた甲斐があったというものだ。
特に、エリスが注目する前で失敗なんかしたくなかったんだ。
うまく命中できて、正直ホッとしたよ。
「すっごーい! 完全にウサギの頭を撃ち抜いてたね。これなら威力も申し分ないし、なによりこの距離で一発で仕留めるなんて、タクマすごーい、すごーい!」
思っていた通り、エリスはオレをすごく褒めてくれる。
オレの服をちょこっとつまんで、ぴょんぴょん跳ねながら、目をキラキラさせて、獣耳をぱたぱたさせて、尻尾をふりふりさせて、そして何より満面の笑みで。
その笑顔が、オレにとっては何よりのご褒美だよ。