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第28話 対決ケルベロス

 オレとエリスが睨み上げる先で、寝そべっていたケルベロスがゆっくりと体を持ち上げる。


 三つの首を持つ四本脚の大きな獣。

 それがA級モンスター、ケルベロスだ。


 頭部をのぞく全体的なイメージは狼を大きくしたような感じだ。

 身体の色は全体的に濃いこげ茶色で、尻尾には少しグレイが混ざっている。


 三つの頭部はそれぞれ色が異なっている。

 右の頭部はくすんだ赤、左の頭部は黒、そして真ん中のは白だ。


 全部で六つの瞳は薄暗い闇の中、全て赤く光っている。


 他のケルベロスも同じような色をしているのかは知らない。

 そうそう出会えるモンスターじゃない。

 オレも見たことがあるケルベロスはコイツだけだ。


「……グルルゥ」


 真ん中の白頭が不機嫌そうな唸り声を上げる。


 その唸り声を耳にし、僅かに目を細めた時、頭の隅から何かがオレに問いかけてきた気がした。


 怖くないのか? と。

 相手はA級モンスターだ。

 しかも、四年前オレをさんざんいたぶってくれた奴だ。

 そんな奴を目の前にし、お前は怖くないのか? と。


 答えはすぐに出る。ノーだ。


 四年前のような恐怖心は無い。絶望感も無い。

 体がガタガタ震えるようなことも、足が地に張り付くように動かなくなるようなことも無い。


 あるのは、闘争心。

 このモンスターケルベロスを倒し、あの時の借りをきっちり返し、悪夢を終わらせる!


「行くぞ! エリス!」


 まずは挨拶代わりにと、収納庫ストレージから取り出した大岩を一発、ヤツの頭上から落としてやる。


 それは動きの無い、ただの大岩だ。

 なので落ちるスピードは大したことはない。

 そのためか、軽く右へ跳んで楽々と避けるケルベロス。

 落ちた大岩が地に打ち当たり、それなりに大きな音が周囲に響く。


「――はっ!」


 エリスが右手を前に掲げ、無詠唱の魔法で氷の弾《アイスブリット》を撃つ。

 こぶし大の大きさで先のとがった五つの氷塊が三つ首の獣を襲う。

 それは、大岩を避けるために跳んだケルベロスが、地に足を付ける瞬間を狙ったものだ。


 だが、それさえも余裕とばかりにケルベロスはさらに右へと軽やかに跳んで避けてみせる。


 右の赤頭と左の黒頭が、なんかオレたちを見てにやにやしているみたいだ。

 オレたちの攻撃など当たらないと、まるで余裕をかましてくれているように見える。


 ……ふん。

 そんな余裕がいつまでも続くと思うなよ?

 そんなんじゃ、足元をすくわれるぞ?


 ――こんな風になっ!


 オレは魔法を発動し、ケルベロスの周囲の土や岩を収納庫ストレージに収納してやった。


 それは、さすがに予想外だったのだろう。

 自分が踏みしめていた地が突然消えてなくなったんだ。

 ケルベロスが大きく体勢を崩す姿が見えた。

 特に赤頭と黒頭が驚いたように、周囲に視線を巡らせている。


 ――これでどうだ!


 オレはさらに魔法を発動し、再び大岩をケルベロスの頭上に落とす。

 エリスも続けて《アイスブリット》を撃つ。


 大きく体勢を崩したところへの攻撃だ。

 これで倒せるとまでは思ってないが、うまくいけば多少のダメージは与えられるかもしれない。


 そう思っていた。

 だが次の瞬間、ケルベロスが低く響くような大きな声で吼え、同時にとてつもない勢いで火柱が立ち上る。そして、エリスの《アイスブリット》が一瞬で蒸発し、オレが落とした大岩もケルベロスに当たることなく吹き飛ばされていた。


 ……これが、ケルベロスの炎の咆哮《ファイアブレス》か。


 それは、ケルベロスの最も得意とする攻撃魔法らしい。

 嘘か本当か分からないが、以前に調べた古い文献には、この炎はかなりの高温で剣をも溶かすほどだと書いてあった。


 オレも実際に見るのは初めてだ。

 四年前のあの日、コイツはこの魔法を使っていなかった。

 あの時のコイツは、パワーとスピード、そして牙と爪だけで、オレをも含めたあの時のパーティを蹂躙してくれていたんだ。


 ゆっくりと、ケルベロスが窪んだ穴から這い出て来る。

 真ん中の白い頭のヤツがオレを睨んでくる。


 今、《ファイアブレス》を放ったのは、この真ん中の白頭だった。

 オレが足元の地面を収納したとき、左右の赤頭と黒頭は驚きを見せていたが、コイツだけは違った。全く狼狽うろたえることなく冷静にオレの動作を見ていたし、頭上に現れた岩にも即座に対応しやがった。


 ……どうやら、この真ん中の白頭が一番やっかいそうだ。


 しかし、左右の頭部たちも、先ほどまで見せていた余裕の笑みのような表情はなくなり、真ん中の白頭同様、オレを睨んできている。


 ふん。

 ようやく本気になったということか?


 こちらを侮ってくれている間にケリを付けてやろうかと思っていたが、さすがにそううまくはいかなかったようだ。


 ゆっくりとした動作で歩いていたケルベロスが、いきなり方向を変え、オレに向かって突進してきた。


 エリスが《アイスブリット》を撃つ。

 だが、ケルベロスのスピードがそれを上回る。

 《アイスブリット》がケルベロスに当たることなく次々と地に突き刺さる。


 ケルベロスの三つの頭がそれぞれに口を開け、凶悪な白い牙を見せながら迫りくる。


 ――そう来るならっ!


 オレは動きのある大岩を収納庫ストレージから取り出す。

 もちろんその動きの方向ベクトルをケルベロスに向けて。


 ホーンベアを潰した時と同じ方法だ。

 オレの目の前に大きな岩が現れ、そしてケルベロスに向かって飛ぶ。


 ――どうだっ!


 だが次の瞬間、何か黒い影のようなモノがオレの頭上を飛び越えた。

 反射的に後ろに振り返ると、そこには無傷のケルベロスが降り立つ姿があった。


 オレが放った大岩が壁にぶつかり、轟音を周囲に響かせる。


 ――避けたのか、アレを!


 さすがA級モンスター。

 C級のホーンベアとは違うらしい。


 再びケルベロスがオレに向かって迫って来る。


 どうする?

 収納庫ストレージに入れてある動きのある岩は残り二つ。

 さっきよりもさらに引き付けてから使うか、それとも……


 ケルベロスが地を蹴り、飛び掛かって来る。


 ――くっ! タイミングが。


 対応に迷ってしまったこともあり、ケルベロスの飛び掛かりに対応ができない。

 ケルベロス相手にこんなことは無駄だと頭で分かっていても、腕を十字に組んで身構える。


「――させないっ!」


 エリスの声が響く。

 同時にオレの足元から土が盛り上がり、太い杭のような形になりながら、迫りくるケルベロスに下から突き上げる。


 タイミングはどんぴしゃりだ。

 普通なら、腹を貫かれ、串刺しになるところだろう。

 だが、ケルベロスはそれすらも躱してみせた。


 一旦右足を土の杭に載せ、力を受け流すように体を宙に浮かせる。

 そして、まるで余裕を見せつけるかのように宙で一回転してから、少し離れたところに降り立った。


 エリスがオレの傍まで近寄ってくる。


「大丈夫? タクマ」

「……ああ。おかげで助かった」


 エリスの問いに、オレはケルベロスを睨みながら答える。


 ケルベロスの素早さ、というか反射速度は抜群だ。

 それがよく分かった。

 今までオレたちが相手をしてきたモンスターたちとは全然違う。

 A級モンスターってのは、ホント、伊達じゃないな。


 だが、こっちも簡単に降参するわけにはいかないんだ。

 コイツを叩きのめして、オレの悪夢を終わらせ、そしてこの奥へ進むんだ。


「エリス。まだまだイケるな?」

「もちろん!」


 間髪入れずにエリスがそう答え、手の平を上にして両手を上げる。

 その上に、拳ほどの大きさの三つの炎が現れる。


 それは一旦大きくなり、渦巻きながら凝縮するように細い矢へと姿を変える。

 その矢の先は目の前の敵に向けられる。


 それを見てもケルベロスは慌てる様子も無い。

 まるで、そんなものが何になる、とでも言いたげだ。


「――ファイア!」


 エリスの声と共に、三つのうちの一つがケルベロスに向かう。

 だが、高速に迫りくる炎の矢《ファイアアロー》を、ケルベロスは苦も無く避ける。

 軽やかに少し後ろに跳び、岩の上に足を付ける。


 ――今だ!


 その瞬間を狙って、オレはケルベロスが踏んでいる岩を収納庫ストレージに収納した。


「――ファイア!」


 再びエリスの声が響く。

 ケルベロスの足場を奪い、体勢を崩したところを狙った攻撃だ。

 だが、同じような手は二度も通じないらしい。


 多少体勢を崩しながらも、エリスの《ファイアアロー》に向かい、黒頭が《ファイアブレス》を放つ。


 灼熱の矢は《ファイアブレス》の中を突き進むが、残念ながらケルベロスまでは届かなかった。途中で勢いを無くし、《ファイアブレス》が消えると同時に《ファイアアロー》もその姿を消した。


 ケルベロスが駆け始めた。

 オレとエリスの周囲を駆け巡る。

 素早い動きで右へ、左へ、さらに天井まで使って。


 ちっ!

 この巨体でこの素早さ!

 やっかいにも程があるだろう!


 だが、目で追えないほどじゃない。

 そして、エリスはオレよりも、もっとこの素早さについていけるんだ。


 エリスがオレと同じようにケルベロスを目で追う。

 ケルベロスが右、左、右、右、上……と壁を蹴りながら駆け回る。


 ケルベロスが地に足を付けるタイミングを計り、エリスが最後の《ファイアアロー》を放つ。


 紅く燃え上がる灼熱の矢が地に当たると同時に爆ぜる。

 だが、ケルベロスはそれを察していたのか、体勢を少しずらしながらも避けやがった。


 そして、オレたちに向かってひときわ高く跳びあがる。


 エリスの《ファイアアロー》は三つとも使い果たしたから?

 今が攻撃する絶好のチャンスだと思ったのか?


 ケルベロスの三つの頭部が揃って口を大きく開けるのが見える。


 ――来るっ!


 オレは反射的に身構えた。

 エリスが両手を上げ、急ぎ二つの《ファイアアロー》を作り始める。

 だが、間に合わない。


 ――ヤツの攻撃の方が早い。


 そう思った時、ケルベロスの三つの口の奥に赤い光が見えた。

 次の瞬間、そこから《ファイアブレス》が放たれた。

 三つの炎がまるで渦巻くように絡み合い、一つの大きな奔流となってオレたちに向かって来る。


 先程までの一匹による《ファイアブレス》とは比べ物にならない。

 きっと受けた瞬間、オレなんか簡単に消し炭にされてしまうだろう。

 一瞬でそう直観させるほどの大きな炎の奔流がオレたちを襲う。


 だが……


 ――待ってたよ・・・・・、この機会チャンスを!


 ケルベロスが放った《ファイアブレス》がオレたちを呑み込もうとした瞬間、その炎の奔流はフッと消えた・・・


 残されたのは、いまだ空中にいるケルベロス。

 その三つの頭部が、咆哮を放った状態のまま、ただ口を開けている。


 何が起こったのか、分からないだろう?


 オレは口角が上がりそうになるのを抑えながら叫んだ。


「エリス! 今だ!」

「――ファイア!」


 オレの声に間髪入れず、エリスが既に作り終わっていた二つの《ファイアアロー》を放つ。

 ケルベロスの左右の頭部、赤頭と黒頭がまるで呆けたように開けていた口の中に《ファイアアロー》が突き刺さる。

 二つの頭部が灼熱の矢の勢いを受け、ケルベロスの体躯が少しのけぞる。


 勢いよく燃え上がる左右の頭部に挟まれた真ん中の白頭は、ようやく少しは状況が分かったのか、口を閉じ、オレを睨んでいるかのようだ。


 だが、もう遅い!

 もう、とっくに終わってるんだよ、お前は!


 オレは白頭に睨み返しながら、収納庫ストレージからついさっき・・・・・収納したモノ・・・・・・を取り出す。


 その途端、再び《ファイアブレス》が現れた。

 だがそれは、オレたちではなく、ケルベロスに向かって突き進む。


 そうだ。

 オレはさっき、ケルベロスが放った《ファイアブレス》を、つまりは魔法を収納したんだ。


 オレの収納魔法は、たんなる荷物だけでなく、生き物も、そして魔法さえも収納することができる。さらに言えば、いくつか細かい制限はあるみたいだが、魔法に関しても、その方向ベクトルを調整して取り出すことができる。動きのある物体を収納して、その方向ベクトルを調整して取り出せるように、な。


 灼熱の奔流と化した《ファイアブレス》がケルベロスを襲う。

 真ん中の白い頭部も含め、その大きな体躯を激しい炎が呑み込んでいく。


「グルォオオオオ……」


 そんな声を最後に、ケルベロスは大きな音を響かせながら地に落ちる。

 既に左右の頭部は動いていない。

 残された白い頭部が苦しみ悶えていたが、徐々に徐々にその動きが小さくなっていき、そして全く動かなくなった。

 色の違った三つの頭部も、その大きな体躯も、全てが真っ黒に燃え尽きたようだ。


 ……やった……のか?


 倒したのか?

 オレたち二人で?

 あのケルベロスを?

 あのA級モンスターを?


 四年前の、あの借りを、オレたちは返したのか?


 オレは……オレは……


 何かが胸の奥からこみ上げてくる気がした。


「やった……」


 エリスの小さく呟く声が聞こえた。

 振り向くと、涙が溢れそうな瞳で、嬉しそうな笑顔を向けてくれていた。


「ああ、やったんだ、オレたちは。ケルベロスを、倒したんだ」


 オレ達は顔を見合わせた。


 どちらからともなく右手を上げ、その拳を互いに軽く合わせる。

 そして一旦引いてから、今度は頭の上で力強くハイタッチした。


 パァーンという小気味よい音が迷宮の中に響き渡った。




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