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第26話 レギーナムトの迷宮

 都市アスターナの南西に位置するレギーナムト山。

 その中腹にある洞窟が入り口となっている迷宮。

 それがここ、レギーナムトの迷宮だ。


 この迷宮に限らずどの迷宮も同じだが、入口となっている場所が第一層で、そこから下へ第二層、第三層というように呼ばれている。


 迷宮では通常、入口に近い層には比較的ランクの低いモンスターが現れ、下に降りるほど強いモンスターがいると言われている。何故そういう棲み分けができているのか知らないが、そういうモノらしい。このレギーナムトの迷宮もそうだった・・・・・。四年ほど前のあの日までは。


 レギーナムトの迷宮第四層にA級モンスターが出現。

 四年前、その情報は衝撃となって周囲に伝えられた。


 それまで第十層くらいまでは、せいぜいD級モンスターがたまに出現するくらいだった。だからE級やD級ハンター達の腕を磨く場所として重宝されていたというのに。なのに、いきなり第四層にA級モンスターだ。そりゃあ驚きもするだろう。


 もしA級モンスターを比較的安全に倒そうとするならば、A級以上のハンター数人で討伐する必要がある。だが、超一流と呼ばれるA級ハンターは、S級程じゃないが、その絶対数も少ないため、何人も一同に揃えるのは簡単な事じゃない。周囲の村や町に深刻な被害が出ているなら話は別だろうが、幸いにもこの四年間でそのような被害は出ていない。


 ハンターギルドからも、B級以下のハンターは命が惜しければレギーナムトに近寄るな、という警告が出されている。一応、領主――フラウリンド家のことだが――が討伐のために準備を進めているという噂は聞くが、これといった大きな被害が出てないためか優先順位は低いらしく、いまだ実現はされていない。


 そして現在、このレギーナムトの迷宮には誰も近寄らなくなってしまった。


 だがそのおかげで、オレとエリスは誰にも見られること無く、簡単にレギーナムトの迷宮に侵入することができたとも言える。


 迷宮の入り口で、オレは一度周囲を見渡してみた。


 ……四年ぶり、か。


 迷宮の中はかなり薄暗い。

 今は夜なので外も当然暗いが、そっちは月明りがある分まだマシだ。

 迷宮の中には外からの光は一切入って来ないのだから、外より暗いのは当然ではあるが、完全な闇というわけではない。周囲の土壁に埋まっている蒼光石と呼ばれる岩石が淡く青白い光を発している。


 それは自然の発光体だ。

 だからどの場所でも同じというわけではない。

 場所によってはほとんど蒼光石が無く、真っ暗に近いところだってある。


 もちろん松明を使えばもう少し明るくなるのは分かっている。

 だが、今回はオレたち二人しかいない。

 強いモンスターが出てくれば、オレたちは二人とも戦うことになる。

 そうなれば、松明なんてすぐに捨ててしまうんだ。

 ならば、最初からこの暗さに目を鳴らしておいた方がいい。


 それは、前回の苦い経験から学んだことだとも言えるかもしれない。

 松明程度の灯りであっても、それが無くなってしまうと、ちゃんと目が慣れるまでに僅かなりとも時間がかかるということを身をもって知った。

 その僅かな時間が、場合によっては致命的になりかねない。


 もっとも、そんな慣らしが必要なのはオレだけだけどな。

 どうやらエリスには必要ないそうだ。

 この暗さでも、全く問題無いと言う。


 獣人というのは、いったいどういう目をしているんだか。

 まったく、羨ましい限りだ。


 一度目を閉じ、そしてゆっくりと開く。


 よし! だいぶ慣れたな。


 もう一度周りを見渡してみる。


 目に映るのは土と岩ばかり。

 草木なんてありはしない。

 だが、そんな景色がひどく懐かしく感じてしまうのは何故だろうな。

 ここには良い思い出なんか、全く無いというのに。

 でも、ここでひどい目に合ったからこそ、オレは成長したとも言えるのかもしれない。だとしたら……


 迷宮の奥を見据えるオレの目に、自然と力が籠る。


 しっかりと、そのはしないとな。


「……タクマ。どう? 大丈夫?」


 隣にいるエリスが少し心配そうな声色で尋ねて来る。


「ん? ああ。もう大丈夫だ。行けるよ」


 オレはエリスに視線を向けながら言葉を続けた。


「いいな、エリス。ここから先は、一切の遠慮も手加減も、自重じちょうも無しだ。邪魔する敵は全て排除しながら進む」

「……いいの?」


 自分の力を十分に解放することに、エリスは少し戸惑いがあるのかもしれない。


 エリスも普段は色々と力を押さえているハズだ。

 誰かに見られても、驚かれたとしても、なんとか言い訳が立つ程度に。

 人としての限界を遥かに逸脱してしまわないように。


 だが、今日はその必要はない。

 周りに人はいないし、迷宮の中は敵だらけ。

 しかもA級モンスターもいるハズだし、更にその先、オレたちが目指す奈落の底にはもっとヤバいヤツだっている。手加減なんてしていられるわけもない。


「ああ。ここなら誰の目も気にしなくていいハズだ。オレも、一切出し惜しみをする気は無い。前回の借りを返さなきゃいけないんだ。しかも、利子をたっぷりつけてやってな」

「……そうだね。分かった」


 エリスはそう言って、真剣な顔つきで頷いた。


 でも、言ってからふと何かがオレの頭をかすめた。


 ――あれ? ちょっと待てよ?


 手加減無しとは言ったけど、でもオレの魔法とは違い、エリスの手加減無しっていうのは、ひょっとしたらマズいのでは?


 だってバハムートと言えば、神話の中では圧倒的な攻撃力で女神フィアーナの敵を葬り去る存在だ。


 現在のエリスが、神話で語られる程の力に対し、どこまでその力を取り戻しているのか、正確なところは把握できていない。

 もし……もしエリスが本気の本気で全力全開の魔法を出したら……?

 もしかしたら、この迷宮どころか、この山ごと全部吹き飛ばしちゃう……とか?


 わ、笑えねぇ……


 い、一応、言っておくか。

 うん。一応、ね。


「……でも、この迷宮を壊さない範囲で頼むな?」


 エリスは一度ちらっとオレを見てから、呟くように言った。


「……努力してみる」


 ――おいおいっ!?


 ◇


 最初に現れたのはモノアイと呼ばれるモンスターだった。

 大きな単眼にコウモリのような羽が生えているヤツだ。


 こいつは最弱のF級モンスターで、あまり害も無いから正直放っといてもいいんだが、その羽が何かの薬の材料になるとかで、ギルドに持ち込めば多少の小遣い稼ぎにはなる。


 なので、進行の邪魔にならない程度に狩ってみた。

 スリングショットの練習と、収納魔法の調整も兼ねて。


 普段、何かモノを収納する際には対象に触れている。

 その方が比較的楽に収納できるというだけで、視界に入っていて対象を認識さえできれば触れていなくても収納はできる。

 咄嗟の場合でもちゃんと使えるよう、その感覚を再確認しておきたい。


 モノアイの単眼をスリングショットで撃ち抜き、落ちて地につく直前のタイミングで収納庫ストレージに収納する。

 何度か繰り返してみるが、特に問題はなさそうだ。


 その他に現れたのはニードルラビットとか、ペインスネークとか……

 当然と言えば当然なんだが、第一層はF級ばかりだ。


 正直、モノアイ以外は全く用が無い。

 食材でもないからギルドも買い取ってくれないし。

 まして、討伐クエストがでているわけでもない。

 だから、オレたちの進行を邪魔しなければ放っとく。

 何をとち狂ったかオレたちを襲ってきたら、エリスが火の魔法《ファイア》で瞬殺した。


 あと、一匹だけスライムもいた。

 レッドスライムという紅いゼリー状のぷよぷよしたヤツだ。

 こいつもF級なんで強さ的には全く問題無い。


 だが、下手に近寄ると酸性の体液で武器を腐食させられたりする。

 それだけじゃなく、衣服を溶かされたりもする。


 なので女性にはこれ以上無いっていうくらい嫌われ者な存在だ。

 エリスも同様で、近寄ることをもの凄く嫌がり、離れたところから氷の魔法《フリーズ》でカチコチに凍らせた上で、オレがスリングショットで粉砕した。


 ……別に、何も期待なんてしてないし、落胆もしていない。

 ホントだよ?


 だからエリス?

 その半眼な視線をオレに向けるの、やめてくれるかな? ね?


 ゴホン。

 それはさておき、第一層を早々に駆け抜け、第二層に降りる。


 第二層に降りてしばらくしたところで、三匹のモンスターに遭遇した。


「……あれは、コボルトか」


 小柄で犬に似た頭部を持ち、体毛のある人型モンスター。

 つるはしと呼ばれる先端を尖らせて左右に長く張り出した道具を持っていて、洞窟や迷宮に棲み、鉱石を好んで食べるという。蒼光石も食べるので、コボルトが通った後の洞窟や迷宮は完全な闇となってしまう場合すらある。なので、見付けたら即退治することが望ましいとされている。


 三匹のコボルトは迷宮の壁に向かってつるはしを振っていた。

 たぶん、食べるための鉱石を探しているんだろう。

 あんなものを好んで食べるとは、いったいどういう歯と胃袋をしているのやら。


 オレたちに気付いたコボルトが壁を掘るのを止め、「グギャ」だか「ギャギャ」だかよく分からない声を発した後、オレたちに向かってつるはしを構えた。


 コボルトはE級のモンスターだ。サハギンと同レベルになる。モノアイやスライムよりは上だが、D級のオレたちにとっては三匹くらいは何の問題も無い。


 収納庫ストレージからスリングショットを取り出そうとした時、横にいたエリスが身体を低くしながら駆け出した。


「任せて!」


 そう言ってエリスはコボルトの群れに飛び込んでいった。

 こうなるとスリングショットは使えない。

 混戦状態では、オレの腕ではエリスに当てかねない。


 エリスが剣を右手に持ち、強い踏み込みでコボルトに斬りつける。

 コボルトがつるはしでかろうじて身を守り、そして降り下ろす。

 エリスは軽く身を引いてつるはしを避ける。

 空振りしたコボルトに向かって剣を横に払う。

 相手の腹部を斬りつけ、そのまますかさず斬り上げた。

 二撃入れられたコボルトがつるはしを落として後ろ向きに倒れる。


 残った二匹がエリスの左右から同時につるはしを降り下ろしてくる。

 しかしエリスは慌てず、軽々と身を後ろに引いて避けた。


「――《ファイア》!」


 エリスの短くそう唱える声が聞こえたと同時にコボルトの一匹が炎に包まれた。


「グギャアァアアア」

「ギャッ?」


 炎に包まれ断末魔のような声を上げるコボルト。それに驚いたのか、もう一匹が動きを止める。すかさずエリスは剣を横に構え、動きの止まったコボルトの脇を走り抜けた。


 首筋を斬りつけられ、声も無く倒れるコボルト。

 その横では真っ黒な消し炭になったコボルトが倒れる。


 ……すごい。


 もう、そうとしか言えん。

 あっという間だったよ。

 どうやって助勢しようか、なんて考える暇さえなかった。


 いつも凄いと思っているが、今日のエリスはいつも以上じゃないか?

 かなり調子がいいみたいだ。


 エリスが剣を収めつつ振り返った。


「行こう、タクマ」

「ああ」


 オレたちが目指すは《神水》があると思われる奈落の底。

 四年ほど前、オレが落ちたあの崖の底だ。

 あの崖は第四層にある。


 オレもエリスも気合は十分だ。

 オレとエリスなら、きっとできる!

 そこまで、一気に駆け抜けよう!


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