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第24話 伯爵家のお茶会

 お茶会は部屋の中ではなく、庭に面したテラスで行われることになった。

 今日はそれ程寒くないからな。

 風が吹かなければ、むしろ太陽の温かい日差しが気持ちいいくらいだ。


 テラスに置かれた白いテーブルの上に、色とりどりな花の絵が描かれた優美な茶器がいくつも並べられている。さらにその上には見るからに美味しそうな様々なお菓子たち。クッキー、スコーン、マフィン、フィナンシェにアップルパイなどの焼き菓子が焼きたての芳ばしい香りを漂わせている。


 他にもブルーベリーがたっぷりと載せられたレアチーズケーキに、チョコレートのロールケーキ、さらには薄く焼いたクレープの間にクリームをたっぷり挟んで重ねていくミルクレープなんてモノまである。もう、見ているだけで垂涎モノだ。おそらくは、屋敷のお抱えシェフが自慢の腕を振るったものだろう。


 そしてテーブルのど真ん中には大きな銀製のフルーツ皿が置かれ、そこには瑞々しいストロベリーやマスカット、キウイ、イチジクなどの果物が美しく飾られている。マスカットやイチジクがこの時期に? とか思ったが、どうやら国外から仕入れたモノらしい。さすが伯爵家。


 お茶会が始まり、三人のメイドがケーキやフルーツなどを取り分けてくれる。


 ナディアさんに尋ねられたが、どれも美味しそうで、何から手を付けてよいか迷ってしまう。なのでお任せしてみたところ、ミルクレープを切り分けてくれた。真っ白な皿にミルクレープと、クッキーとフィナンシェ、そしてストロベリーも一つずつ載せてくれ、オレの前に置かれた。


 ヴェルナー氏の「どうぞ遠慮なく」という言葉に促され、オレたちはフォーク片手に食べ始めた。オレも早速ミルクレープを一口食べてみる。


 ――旨っ!


 その美味しさに思わず顔をほころばせてしまう。

 たまにエリスが作ってくれるケーキも旨いが、やはりプロは違うらしい。


「このクッキー、私も少しだけ手伝いましたの」

「すっごく可愛くできてるね。これは……ネコかな?」

「……トラなんです」

「ご、ごめん!」


 エリスとローゼのそんなやりとりが聞こえてくる。

 オレの皿にも一つ置かれたクッキーに、思わず視線が落ちる。


 ……そうか、これ、トラだったのか。


 オレには何に見えたのか?

 それは黙っていようと思う。

 これ以上この子に嫌われたくないからな。


 そう思って、オレは出されたハーブティーに口を付けた。


 ◇


 普段ではとても味わえない美味しいお茶とお菓子を囲み、オレ達は非常に楽しい時間を過ごしていた。


「たった四人であれだけのモンスターを撃退するとは。皆さんとても優秀ですな」

「いえいえ。私たちなんかまだまだですよ」

「はっははは、ご謙遜を。皆さんD級ということだが、これはC級に上がる日も近いのではないかな?」


 何度も繰り返されるヴェルナー氏の誉め言葉に、ラウルまでが少し恐縮しているようだ。


 あの時現れたモンスター、レイク・サハギンとレイク・リザードはE級モンスターだ。D級ハンターであるオレたちに比べれば戦闘力は低いと言える。

 数が多かったために少し後れを取ってしまった場面もあったが、撃退できたことはそれ程不思議な事じゃない。


 だが、褒められて悪い気はしないものだ。

 いや、素直に嬉しい、と言っておこうか。


 ローゼは、女性もハンターとして戦ったことにえらく感激しているようだ。


「エリスさんもセリカさんも、女性でいらっしゃるのにモンスター相手に立派に戦われていて、凄く格好良かったです」


 きらきらと憧れに満ちた瞳で女性二人を見上げるローゼ。

 その口調も、まるで語尾にハートマークでも付いていそうだ。

 まさかとは思うが、そのうちエリスとセリカをお姉様とか呼び始めるんじゃないだろうな?


「ふふふ。ありがとう、ローゼちゃん」

「本当ですよ? もう、そこらの殿方が、雑草に見えてしまうくらい素敵でした」

「……あははは」


 今「雑草」と言った時、オレの事をチラッと見たような気がするのは、気のせいかな? ……気のせいだよね? きっとそうだ。うん。


「私が若い頃は、女性のハンターというのは非常に珍しい存在だったのだが、今はかなりいるそうだね?」

「そうですね。男性の人数に対して女性は十人に一人……いえ、もう少し、七人に一人くらいでしょうか。まだまだ男性の方が圧倒的に多いとは思いますが、確実に増えてきていると思います」


 ヴェルナー氏の言葉にセリカが少し考える素振りをしながらそう答えた。

 セリカの視線が、同意を求めるかのようにオレ達の方に向けられたのを見て、オレもそれくらいかと思い頷いた。


「まあ! そんなにいらっしゃるのですね!」


 なんだかローゼがえらく嬉しそうだ。

 さらに瞳を輝かせ、両手の手の平を胸の前で合わせながらそう言った。


 そして、少し身を乗り出しながら思わぬ事を言い出した。


「では、私もハンターになれますでしょうか?」

「ローゼちゃん。ハンターになりたいの?」

「はい!」


 ローゼは元気良く笑顔で返事をしていた。


 貴族のお嬢さんがハンターに?

 作り物の、物語の中ではよくある話ではあるが、実際には聞いたことが無い。


 ヴェルナー氏も、そんな孫娘の将来の希望は初耳だったらしい。ハーブティーのカップを静かにテーブルに下すと、ローゼに向かって口を開いた。


「……ローゼがそういう夢を持っているとは、私も知らなかったな。でも、何でもそうだが、簡単ではないぞ。エリスさん達も見た目では分からない努力を重ねて、ようやく一人前に……」

「分かっております、おじい様。私も努力を惜しむつもりはありません。必ず立派な一人前のハンターになってみせますわ。そして……」


 一泊置いて、ローゼは強く握りしめた拳を胸に添え、その瞳に強い意思を浮かべながら決意を口にした。


「必ず《神水》を見付けてみせます!」


 ……《神水》?


 なんか、突然思わぬ単語が出てきたな。


「ローゼ……」


 ヴェルナー氏は孫娘の名前を呟きながら目を大きく見開いた。


「ローゼちゃん。《神水》を見付けるのはかなり難しいと思うよ。どこにあるかも誰にも分かってないし」

「はい。それは存じています。ですが、どうしてもそれが必要なのです。……お母様のために」

「お母様? ローゼちゃんの?」


 ローゼはこくりと頷いた。


 《神水》が必要……?


 比較的簡単な怪我や病気なら回復魔法ヒールで治すことはできる。

 でも重い怪我や病気、例えば腕や足を失ったとか、失明したとかになると回復魔法ヒールでは治すことはできない。


 だが《神水》ならば可能だ。どんな重い病気でも、どんなに死にそうな怪我でも、たちまち治してしまうと言われている。


 つまり、ローゼの母親、現伯爵夫人はそれほどの怪我か病気だったのか?


 オレの、いやきっとオレだけじゃなくエリス達も考えたであろうその疑問に答えたのはヴェルナー氏だった。


「実は、ローゼの母親、私の娘であるソフィーは、この二年半の間、ずっと眠りに付いたまま一度も目覚めていないのだよ」

「二年半も……?」


 思わずといった感じでセリカが呟く。

 ヴェルナー氏が頷きながら言葉を続けた。


「ああ。ナディアが毎朝かかさず回復魔法ヒールをしてくれているが、一向に目覚める気配が無いのだ」

「力及ばず、申し訳ございません」


 ナディアさんが深々と頭を下げるが、ヴェルナー氏は首を横に振った。


「ナディアの力不足というわけではない。王都から何名も、高名な神官にも来ていただき回復魔法ヒールをしてもらったが同様だった。だから……」

「残る手段として、《神水》、なんですね」


 エリスの言葉にヴェルナー氏は頷いた。


 湖での事件のとき、オレはナディアさんの回復魔法ヒールを見せて貰っている。

 彼女の回復魔法ヒールは決して悪くはない。

 むしろ、結構良い方だと思った。

 だが、それでもダメだと言う。

 ましてや高名な神官による回復魔法ヒールでもダメだとすると……


 それは、ただの病気じゃない、ということか。

 確かに二年半も眠り続ける病気なんて聞いたことが無い。


 重苦しくなってしまった空気の中、セリカがぽつりと呟くように口を開いた。


「……エリスの回復魔法ヒールなら、どう?」


 その言葉にローゼが顔を上げた。


「エリスさんも、回復魔法ヒールをお使いになるのですか?」

「エリスの魔法は凄いのよ。高名な神官にだって負けてないと思うわ。実際、私も危なく死にかけたけど、エリスの回復魔法ヒールのおかげでこうして生きてるわ」


 その言葉に、ローゼの顔が見る見るうち期待のこもった表情へと変わっていく。

 そしてエリスの横に立ち、エリスの手を両手で握り、エリスをまっすぐ見つめながら口を開いた。


「エリスさん。ぜひお願いできませんでしょうか?」


 ローゼのその懇願に、エリスが何も言えず、俯き加減でちらっとオレの方に視線を向けてきた。


 ……エリスの言いたいことは分かる。


 エリスの回復魔法ヒールの効果はかなり高い。

 セリカの言う通り、高名な神官と比べたって引けは取らないハズだ。


 だが、その神官の回復魔法ヒールでもダメだったとなると、エリスの魔法でもダメな可能性が高い。やはりこれはもう、回復魔法ヒールでどうこうできるレベルの病気じゃないと思う。


 しかし、ローゼにとっては自分の母親のことだ。

 僅かな可能性があるならば、それにすがりたいのだろう。


「ローゼ。あまり無理を言っては……」

「どうか! どうかお願いします。一度で良いのです。回復魔法ヒールをしてはいただけませんでしょうか? お願いします」


 ヴェルナー氏の制止の声を振り払うかのように、ローゼはエリスの手を取りながら何度も頭を下げた。


 エリスも何とかしてあげたいと思っているんだろう。

 昔からエリスはこの手の話には凄く弱いんだ。

 すぐ相手に感情移入してしまい、相手の痛みや苦しみを自分の事のように感じてしまうところがある。

 今だってもう、ローゼに凄く同情した顔になっている。


 だけど同時に、自分の回復魔法ヒールでもどうにもならないだろうと察してしまっているんだ。だから、どうしていいか分からないみたいだ。


 回復魔法ヒールをすること自体は簡単にできる。それは問題無い。だけどダメだった場合、ローゼを落胆させてしまうことが容易に推測できてしまう。しかも今回はその可能性が極めて高いんだ。それが、気の毒で忍びないんだ。


 エリスが再び視線をオレに向けてきた。

 声に出さなくても分かる。

 どうすればいい?

 オレにそう問いかけている。


 オレはエリスに向かって小さく頷いた。


 たとえダメだと分かっていても、それで落胆させてしまう結果になるだろうと分かっていても、ここは僅かな可能性に賭けてみたいローゼの気持ちを汲むべきだろうと思ったんだ。


「……分かった。やってみる。ローゼちゃん、お母様の所へ案内してくれる?」

「はい!」


 ローゼとエリス、それにセリカも付いていき、さらにヴェルナー氏に命じられてナディアさんも同行して屋敷の方に歩いて行った。


 他に二人いたメイド達も一旦テラスから離れ、残されたのはヴェルナー氏とラウルとオレの三人だけ。


 なんか急に寂しくなったと思ったところへ、ラウルがヴェルナー氏に向かって口を開いた。


「ハンターギルドに、《神水》の依頼を出しているのは、フラウリンド家だったんですね」

「ああ。ここアスターナのハンターギルドだけでなく、王都の方にも依頼クエストを出している。もちろん神殿の方にも見付かったら連絡をくれるよう頼んでいる。今は待つしかないのだ」


 ハンターギルドに張られている《神水》のクエストには依頼主は記載されていなかった。現在金貨三百枚という高額なクエストだ。どこの金持ちからの依頼だとは思っていたが、まさか伯爵家からの、しかもそんな事情があったとはな。


「タクマ」


 声を掛けられ、オレはエリス達を追いかけていた視線をラウルに向けた。


「エリスの回復魔法ヒールでどうにかなると思うか?」


 ……たぶん、無理だろうな。


 そう思ったが、ヴェルナー氏がいる前でそれを口にするのは憚られた。

 オレが黙って視線を落としたことで、ヴェルナー氏もオレの返答を察してくれたようだ。


「……分かっている。気を遣わせて済まないな」


 ヴェルナー氏がローゼ達が去った方に視線を向けながら言葉を続けた。


「おそらくソフィーはただの病気なんかではない。王都から招いた神官が言っていた。これは、恐らく呪いだろうと」


 オレとラウルはその言葉に頷いた。


 呪い。それは闇系統の魔法の一種だ。

 普通の病気なんかとは違って回復魔法ヒールでは治すことはできない。

 解除するには術者が織り込んだ複雑な術式を解きほぐす必要がある。

 これはそう簡単な事じゃない。

 極めて高度な知識と技術、さらに洞察力と忍耐力が要求される。

 さらに高度な呪いともなると、それを解除するのはもはや人間には不可能な領域だろう。

 事実上、術者本人に解除させるしかないと思う。


 ただし一つだけ例外がある。

 それが《神水》だ。

 《神水》はどんなに複雑で高度な呪いであっても、全て解除してしまうと言われている。

 まさに神の水だ。


「その事、ローゼちゃんには?」


 オレの問いに、ヴェルナー氏は首を横に振って答えた。


 ……だろうな。


 オレが彼の立場だったとしても、恐らくローゼには言わないだろう。

 自分の母親がかかっているのは、病気ではなく呪いだなんて、幼い子にはショック以外の何物でもないだろうから。


 しばらくして、エリスとセリカ、そしてナディアさんが戻ってきた。

 エリスの暗い表情を見て、すぐに結果は察することができた。


「……ローゼは?」

「しばらく、ソフィー様の傍にいらっしゃると」

「そうか」


 ヴェルナー氏の問いにナディアさんが答える。

 予想していたとはいえ、辛いものがある。

 すぐにはかける言葉が見付からない。


 隣に座ったエリスの手に、オレは自分の手を重ねた。

 少しでも慰めてやりたいが、今オレにできるのはそのくらいしかない。


 エリスは俯いたまま顔を上げず、オレの手を強く握り返してきた。


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