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第23話 神話の絵

「こちらへどうぞ」


 黒髪メイドのナディアさんに屋敷の中を案内され、オレたち四人は一階の広い部屋へ通された。


 おいおい。

 何だよ、この広さは……

 この部屋一つで、オレ達の家の敷地がすっぽりと収まるんじゃないか?


 そんなやっかみ混じりで部屋の中を見回してみる。


 床にはベージュを基調とした珍しい柄の絨毯が敷かれ、周囲には様々な絵画や彫刻、工芸品などが飾られている。


 部屋の真ん中には背の低いダークブラウンのシックなテーブルと、それを挟む形で同系色のソファが置かれている。オレはこういうモノには疎いから正確なところは分からないが、見るからに超一級品っぽい感じだ。


 さらに、入ってきたドアの対面は広く大きなガラス張りの窓になっており、その先は庭へと突き出す形で屋根付きのテラスとなっているようだ。


 恐らくここが客間、ってことなんだろうな。


「先代とお嬢様はすぐに参ります。ここで少々お待ちください」


 ナディアさんはそう言って深々と一礼すると、ドアを静かに閉めて退出した。


 それを見届けた後、オレは再び部屋の中を見回した。


 部屋の中央にはソファが置いてある。

 だが、オレたち四人は誰もそこへ向かおうとはしなかった。


 こういうとき、つまり貴族の屋敷などに呼ばれて、通された客間で屋敷の主等を待つ際のマナーや注意点というものを、ハンターギルドの新人向け教育で聞いたことがある。


 ハンターは何かと貴族に呼ばれることもあるからな。

 そこで変なトラブルを起こさないための、ギルド側の配慮なのだろう。

 実際オレたちも、オレは初めてだが、こうやって呼ばれたわけだしな。


 そしてその内容はこういうものだ。


 座って待ってろ、とはっきり言われない限り座らないほうがいい。

 例えイスやソファが近くにあったとしても、立って待つべきだ。


 そして、そこにはもう一つ付け加えられていたことがある。


 客間に飾られている美術品などは、客に見せるために置かれているのだ、と。

 つまり、立って待つ客が鑑賞して、待つ時間を有意義に過ごせるように置いてあるモノなので、遠くから眺めるのではなく、ぜひ近寄って鑑賞すべきなんだそうだ。


 今回はそれを実施できる、オレにとって初めての良い機会というわけだ。


 でも……でも、さ?

 オレみたいに、芸術品に全然興味の無い人間はどうしたらいいんだろうな?


 残念ながら、ギルドではそこまでは教わっていない。

 ま、当たり前か。

 ははは……


 なので、オレは大きな窓から見える庭でも見せてもらおうかと、一歩足を踏み出した。


 そのとき、後ろにいたラウルとセリカが感嘆の声を上げた。


「おお!」

「すごいわね、これは」


 二人してどうしたんだ?


 振り返ったオレの目に飛び込んできたのは、一枚の大きな絵だった。


 ――これはっ!?


 オレの目が大きく開かれる。

 壁一面と言っていい程大きく飾られたその絵に、思わず息を呑んだ。


 それは、とても有名な絵だ。

 誰でもきっと、神殿で目にしたことがあると思う。

 そう。それは神殿で飾られている絵と同じものだ。


 女神フィアーナと使徒。


 確かそういう題名だったと思う。


 中央に大きく描かれている金髪の美女が女神フィアーナ。

 世界を創造せし十二神の一人で、慈愛の女神と言われている。

 そしてその左右に描かれているのがフィアーナの対なる使徒。


 フィアーナの左が白銀の竜、ファフニール。

 絶対的な防御力でフィアーナを守護する存在と言われている。


 そしてもう片方。

 フィアーナの右に描かれているのが白銀の獣、バハムート。

 圧倒的な攻撃力でフィアーナの敵を葬り去る存在と言われている。


 そう。

 このバハムートこそが、エリスだ。

 神話の中の、エリスだ。


 オレは思わずエリスに視線を向けた。

 一緒に絵を見上げていたエリスは、オレの視線に気付くと、少し気恥ずかしさと戸惑いが混ざったような顔で微笑んだ。


 今の・・エリスはほとんどオレと歳は変わらない。

 それはつまり、十九年の生と、それに伴う記憶しかないということだ。

 この絵に描かれている神話の時代の記憶は持っていない。

 だから、これが自分だなんていう実感は全く無いのだろう。


 どうしてそうなったのか、エリス自身も分かっていないそうだ。

 以前エリスに聞いた話では、気付いたら見知らぬ山の中にいたんだそうだ。

 自分が何者かも分からず彷徨っていたところをオレと出会い、そしてオレの村で過ごすようになった、だそうだ。


 オレは再び飾られている絵に、その中のバハムートに視線を向けた。


 白銀の毛並みに覆われたトラのような体躯。

 その中の一部に入っている薄めの紅い縞模様。

 そして上顎から伸びる長い牙。

 描かれているバハムートは、先日雪山で見たエリスの姿にそっくりだ。


 その絵を見てふと思ったことがある。


 神話で語られている白銀の獣バハムートが、こうして実際に存在している。

 ならば、もしかしたら、女神フィアーナも実在するのだろうか?

 そして、その使徒であり、バハムートと対であると言われる白銀の竜ファフニールも。


 思いにふけっていた時、部屋のドアが静かに開けられた。


「お待たせして申し訳ない」


 その声に振り向く。

 部屋に入ってきたのは二人の人物。

 その一人を見て、オレは少し驚いた。


 ……同じ人、だよな?


 先日の湖で出会った老人に間違いないとは思う。

 でも、雰囲気というか、印象がまるで違う。


 あの時の彼はひどく衰弱していたためか、かなり年を取った弱弱しい老人という印象を受けた。


 でも今の彼は、顔に刻まれた皺は確かに積み重ねてきた時間の長さを物語っているが、真っ直ぐな背筋や堂々とした風貌が醸し出す雰囲気からは、全く老いを感じさせない。正直、あの時の彼とは別人だと言われたら信じてしまいそうだ。


 その横には背中まで伸ばした明るい金髪と活き活きと輝くような青緑の瞳をした幼い少女。フリルが付いた淡い薄紅色のドレスに身を包み、同じ色の大きなリボンで髪を結んでいる姿はとても可愛らしい。


 ふと、少女と視線が合う。


 この娘は、確かローゼと呼ばれていたか?


 そう思いながら少女に微笑みかけたとき、何故か彼女はオレを一瞬睨み上げ、そしてプイっと横を向いてしまった。


 …………え?


 あれ?

 あれれ?

 もしかして、オレってこの子に嫌われている?

 え? なんで?


 そして湖でのことを思い出す。


 ……もしかして、あの時この子を邪魔者扱いしたことを根に持っている?

 確かにあの時、嫌われるかもな、とか思ってはいたけれど、でも、まさか本当に……?


 えぇえええ……


 ちょっとショックを受けているオレの心情とは関係なく話は進み始めた。


「先日は大変世話になった。改めて自己紹介をさせていただく。私はヴェルナー・フラウリンド。そして……」


 ヴェルナーと名乗った老人が、横にいる少女の背に左手を添えて言葉を続けた。


「こちらは孫娘のローゼ・フラウリンドだ」

「ローゼ・フラウリンドです。皆さま、先日は危ない所をお救い頂き、本当にありがとうございました」


 そう言って、幼き少女はとても上品なお辞儀カーテシーをしてくれた。


「お招きいただき、ありがとうございます。セリカと申します」

「ラウルです。ローゼちゃんか、なかなか将来が有望そうなお嬢様ですね」

「エリスです。よろしくね」


 セリカは礼儀正しくヴェルナー前伯爵に向かって一礼し、ラウルとエリスはどちらかというとローゼに向かって挨拶をしていた。


 それに少し遅れてオレも口を開く。


「……初めまして。タクマと言います」


 だが、やはりローゼはオレの方を見ようとしない。


 これって、少なくとも良く思われていないことは、もはや確定……ですか?


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