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第22話 伯爵家からの招待

「タクマ様、で間違いないようですね。ようやく探し当てることができました」


 そう言いながら、目の前の黒髪メイドはにっこりと微笑んだ。


「君はあの時の……」

「はい。先日は大変お世話になりました。お礼に参るのが遅くなり申し訳ございません。名前をお聞きしておりませんでしたので、ここにたどり着くまでに少々お時間がかかってしまいました。どうぞお許しください」


 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。


 許すも何も……

 確かに名乗っていなかったからな。

 なのに、まさか探しているなんて思いもしなかった。


 むしろよく見付けられたものだと感心するよ。

 名前も分からない相手を、あれからまだ五日しか経ってないというのに。


 黒髪メイドが頭を上げたとき、オレの後ろからエリスが声を掛けてきた。


「タクマ? お客様は……あれ? 貴方は確か……」

「エリスティーナ様、でございますね。先日は危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」


 再び黒髪メイドが頭を下げる。

 それを見ながらエリスがオレの横にまで来た。


「やっぱりあの時の。もしかして、お礼を言うためにわざわざ来てくれたの? でも、よくここが分かったね」

「はい。ハンターということは存じておりましたのと、あと……」


 彼女はオレに視線を向けて言葉を続けた。


「あの時、タクマ様がお使いになっていたのが、収納魔法であることにようやく気付きました。それを頼りにハンターギルドに確認してみたところ、タクマ様で間違いないだろうという話になりまして、こちらに伺った次第です」


 なるほど。

 収納魔法はとても珍しい魔法だからな。

 すぐには分からなかったというのも当然かもしれない。

 逆に分かってしまえば、それを使う人として、当然オレに行きつくわけだ。


「とりあえず、あがってもらおうか。ね? タクマ?」

「ああ、そうだな」


 せっかく訪ねて来てくれたんだ。

 玄関先でいつまでも立ち話も無いだろうと思って、オレは彼女を中に招き入れようとした。


 だが彼女はゆっくりと首を横に振ったんだ。


「いいえ、タクマ様、エリスティーナ様。もしよろしければ、わたくしと御同行いただけませんでしょうか? 我が主とお嬢様も、ぜひお礼をさせて頂きたいと屋敷の方でお待ちしておりますので」


 彼女はそう言って、再び深々と頭を下げた。


 ◇


 オレ達の家の前に、一台の馬車が止まっている。

 それを見て、思わず声が漏れる。


「この馬車……ですか」

「はい。屋敷までこれでご案内させていただきます」


 ナディアと名乗った黒髪メイドが、馬車のドアを開け、折り目正しく一礼しながらそう言った。


 オレにとって馬車と言えば、都市と都市をつなぐ乗合馬車だ。

 それはキャラバンと呼ばれる大型の幌馬車で、客の乗り心地なんて全く考えてないような、広い荷台に幌が付いただけのような乗り物だ。


 もっとも最近は、王都のほうではコーチと呼ばれる箱型の大型乗合馬車が登場したそうだ。屋根の上にも乗れるそうなんだが、この季節は絶対に御免だな。


 だけど、今オレの目の前にあるのは、そういう馬車じゃない。

 キャリッジと呼ばれる箱型四輪の、いわゆる高級馬車だ。

 オレの知っている乗合馬車とは、もう全然違う。


 馬車を引く二頭の馬も立派だし、綺麗に磨き上げられた外装もすごいが、開けられたドアの向こうに見えるその内装は、ブラウン系の落ち着いた色で統一されていて、足元には絨毯まで敷かれている。


 そして、その座席なんて、もうほとんどソファじゃないか?

 しかも、オレの家のソファよりずっと座り心地が良さそうだ。


 この馬車一台に一体どれだけお金がかかっていることやら。

 さすが、伯爵家の馬車と言ったところか。


 そう。

 この馬車は、アスターナを含む、この辺りの領地を治めるフラウリンド伯爵家の馬車だ。


 先日の湖での事件で、オレたちが助けたあのおじいさんはフラウリンド家の先代当主で、そしてあの少女はその孫であり、現当主の一人娘なんだそうだ。


 道理であのおじいさんは見たことがあると思った。


 領主が世代交代したのは確か二年くらい前だ。

 それまではあのおじいさんが領主として、秋祭りなどのイベントに顔を出していたハズだから、オレも遠くから見たことくらいはあったハズなんだ。


 もっとも、言われるまで全然思い出せなかったけどな。ははは……


「タクマ様?」

「あ、はい」


 今からこれに乗るのかと、その豪華さにちょっと気後れしていたオレにナディアさんが声を掛けてきた。


「お乗りになって、エリスティーナ様達をお待ちしてはいかがでしょう?」

「ああ……は、はい。そうですね」


 ナディアさんが丁寧な言葉を使うので、なんとなくつられてオレも丁寧な言葉遣いになってしまっているな。ははは……


 ちなみに、エリスは今、セリカを迎えに行っている。

 伯爵家にお呼ばれしたのは、あの時の四人だ。


 ナディアさんとしては、この馬車に乗ってセリカとラウルも迎えに行くつもりだったようだ。でも、オレ達の家からセリカの家は、直線距離だと結構近い。そして馬車だと遠回りをしなくてはならないので、徒歩のほうが断然早いんだ。


 セリカと合流した後は、この馬車でラウルの家に向かうつもりだ。


 ナディアさんに促され、オレは恐る恐るといった感じで馬車に乗り込み、その座席に腰かけてみた。


 ――うわっ! 何これ! すっげぇ、ふわふわじゃん!


 思った以上にふわふわで柔らかい座り心地に、ちょっと感動した。

 これならきっと、お尻が痛くなることなんてありえないんだろうな。


 手触りもすごくいい!


 思わず両手がその感触を堪能してしまう。

 たぶん元は何か動物の皮だと思うが、きちんとなめされて、吸い付くようなしっとりとした感触がたまらない。


 ちょっと、すりすりしたくなるような……


「……タクマ? 何してるの?」


 ――っ!


 突然かけられたその声にオレの動きがピタッと止まった。

 ゆっくりと視線を向けると、開かれたドアの外でエリスがオレを見下ろしていた。


「……い、いや。別に何も?」

「そう?」


 べ、別に何もやましいことはしていない。

 ちょっと手触りを堪能していただけだ。

 ちょっと手ですりすりしていただけだ。


 ……ちょっと、頬ずりしてみたいとは思っただけだよ?


「そ、それより、思ったより早かったな。セリカは? いたのか?」

「うん。いたよ。ラウルも、ね」


 ……え?


 エリスが少し体を横にずらすと後ろにいたセリカの姿が見えた。

 そしてその横にはラウルの姿も。


 なんでラウルが?

 セリカの家にいた、ということか?


 数日前にギルドの二階でちょっとケンカっぽくなってから、その後どうなったのか気にはなっていたんだが、つまりはそういうこと・・・・・・か?


 なるようになった。

 収まるべきところに収まった。


 そういうことなのか?


 一体いつの間に……


 っていうか、セリカの家で何をしていたんだ?

 もしかして、昨夜から泊まっていた、とか?


 おい、ラウル?

 そんなあからさまに視線を外さず、オレの目を見て言ってごらん?


 とは流石に口に出さなかった。

 女性がいる前でそれは、ちょっとはしたないからな。

 でも、後でゆっくり、じっくり、しっかり、がっつり話を聞かせてもらおうか。ふっふっふ。


 ◇


 オレ達四人とナディアさんを乗せた伯爵家の高級馬車が街中を走る。


 ……そのハズなんだが、その走る振動がほとんど伝わってこない。

 馬車の中で飲み物をカップで出されて、高そうな絨毯にこぼしたら大変と少し心配したのだが、表面に多少波紋が生じるくらいで、いらぬ心配だったみたいだ。


 ナディアさんの説明によると、ソファや絨毯のおかげもあるのだが、それだけでなく、緩衝機能として懸架装置サスペンションというのが組み込まれているんだとか。


 どこまですごいんだよ、この伯爵家の馬車は!


「もうすぐ到着いたしますので、少々窮屈かもしれませんが、ご容赦ください」


 目の前の黒髪メイドがそんなことをのたまった。


 窮屈?

 こんだけ余裕があって、窮屈?


 今この馬車に乗っているのはオレ達四人とナディアさんの五人だけだ。座席は六人分ある。しかもその一つ一つが十分に余裕をもって作られている。

 窮屈だなんて、あろうはずがない。


「窮屈だなんて、全然そんなことありませんよ。すごく快適に過ごさせていただいています。ね?」

「あ、ああ」


 セリカのセリフにラウルが相槌を打ち、オレとエリスも頷いた。

 むしろ、こんな快適な乗り物は初めてだよ。


「それは何よりでございます。本来ならこちらからお礼に出向くべきところ、ご足労いただきまして申し訳ございません。あ、見えてまいりました。あれがフラウリンド家の屋敷でございます」


 馬車の窓から前方を見ると、やたら高くて長く続く壁が見えた。

 その向こうには白くて大きい屋敷が見える。


 屋敷、でかっ! そして敷地、広っ!


 馬車はそのまま壁沿いをひた走り、ようやく門前へ辿り着いた。

 ナディアさんが窓から顔を見せ、外にいた門番らしき人達に向かって頷くと、彼等は重そうな門の扉をゆっくりと左右に開いた。

 再び馬車が走り出す。


 予想通り、庭はとてつもなく広い。

 これ、門から屋敷まで歩いたらどれくらいかかるんだ?

 幸いにもここで降りろとは言われず、ちゃんと馬車で屋敷の玄関前まで送ってくれた。


「お待たせしました。ご到着でございます」


 ナディアさんが馬車の扉を開き、先に降り立って、オレたちの方に一礼しながらそう言った。


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