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第12話 肩にかかる温もり

 ラウル達と酒場で飲んだ翌々日に、オレ達はワカサギ釣りのため湖に向かうことにした。


 今回のメンバーはオレとエリス、それにラウルとセリカの四人だ。

 セリカも氷の上での釣りというのは初めてらしく、興味津々で参加することになった。


 出発する前日、つまり酒場で飲んだ翌日は、ちょっと飲み過ぎたみたいで少し頭が痛かったのだが、ラウルに連れられて色々な店を巡り、必要な道具を購入して回った。


 風よけを考えて、四人が入れるくらいのちょっと大きめのテント。

 少し脚が短めの木製の折り畳み椅子と、そこに敷く座布団を四人分。

 ワカサギ釣り専用の仕掛けの付いた釣り糸も人数分。

 そして釣りの餌などなど。


 色々と奮発してしまったモノもあるが、特にテントや椅子などは今後も何かと使う機会もあるだろうし、オレの収納庫ストレージに入れておけば邪魔にもならないだろう。


 当日、朝からセリカが食材の入ったバッグを抱えてオレ達の家にやってきた。


 どうやらエリスと一緒に四人分の弁当を作ってくれるらしい。

 二人で楽しそうに一体何を作っているのかと、気になって台所を覗こうとしたのだが、後の楽しみよと言われ、シャットアウトされてしまった。


 うーむ。非常に残念。

 ちょっとつまみ食い……あ、いや、味見をしてあげようと思ったのにな。


 台所からは、すごくいい匂いがしてくる。

 なんて言えばいいんだろう。

 甘辛いような匂い?

 朝食を食べたばかりだというのに、食欲をそそられてしまう感じだ。


 これはかなり期待ができるんじゃないかな。

 今からとても楽しみだ。


 そんな二人が作ってくれた弁当も、購入した道具類も、そしてその他の各自の荷物も、もちろん全てオレの収納庫ストレージの中に入れておく。本来ならば大荷物を抱えてしまうところかもしれないが、これでオレ達はほとんど手ぶらで行動できるわけだ。


 都市アスターナの北門から出て、街道を北上して約三時間。

 オレ達四人は本道である街道から外れ、林道にさしかかっていた。


 ここは元々、雑木林だったそうだが、湖へ通じる道として整備されており、四人が並んで歩いたとしてもまだ十分な広さがある。だが湖は観光地になっていることもあり、行き交う人もそれなりにいるし、たまに馬車なんかも通るため、オレ達は道の右側をほぼ二列で進んでいた。


「確か、この林道を抜けたところが目的地の湖だったわよね?」

「ああ」


 セリカの問いに、ラウルが水筒に入れた熱々のお茶を飲みながらそう答えた。


 飲み終わったラウルの水筒を受け取り、収納庫ストレージに収納する。


 ラウルのだけじゃない。

 みんなの水筒もオレの収納庫ストレージに入れている。

 オレの収納庫ストレージでは時間経過がほとんど無いからな。

 つまり、こうしておけば、お茶が冷めてしまうことはないというわけだ。


「じゃあ、もう少しね」


 そう言いながらセリカは毛糸の手袋越しに自分の手に息を吹きかけていた。


 空には雲も少なく青空が広がり、太陽もしっかり顔を出してはいるんだが、吐く息が白くなるくらい今日もやっぱり寒い。


 エリス以外の三人はしっかり防寒対策していて厚着だ。

 オレもラウルも厚めのジャケットを着ているし、セリカなんて襟にふさふさな毛皮ファーの付いたコートを着ている。


 今日は狩りじゃなく、釣りだからな。しかも氷上の。

 なので動きやすさよりも防寒を優先している。


 なのに、だ。

 エリスだけはいつもと同じだ。

 上は薄めの丈の短いコートで下はショートパンツという、この寒空の中ちょっと信じられない恰好をしている。


「……ねぇ、エリス。ホントにそれで脚、寒くないの?」

「うん。そんな寒いという程じゃないよ」


 エリスの答えを聞いて、セリカがゆっくり振り返ってオレに視線を向けてきた。


 そこでオレを見られても困るよ。

 言ってみれば、それがエリススタイルってヤツなんだ。


 そう思ってオレはちょっと肩をすくめた。


 同じ様なやりとりはアスターナを出る前にも一度していたな。


 セリカの気持ちは分かる。

 だけど、これは別にエリスが特別というわけじゃない。

 アスターナの街中でも、そして今林道を行き交う人の中にも、少なからず獣人がいるのだが、今は真冬だっていうのに、みんなエリスのように結構薄着なんだ。


 オレ達獣人じゃない人族の感覚だと、春先くらいの服装といえばイメージしやすいだろうか。


 ホント、獣人の身体ってのはどうなっているんだか。

 信じられないよ。


「あっ! あんなところに花が咲いてる」


 獣人の不思議さを再認識させられていたオレ達に向かって、エリスがそんなことを言いながら上のほうを指さした。

 エリスの指が指し示す先を見上げると、道の端に生えている木の上のほうに白い花が咲いている。


 へぇー。

 こんな寒い冬にも花を咲かせるなんて、ずいぶん根性あるやつだなぁ。


 まるで獣人みたいだなどと思っていると、エリスが花の咲いている木のところまで駆け寄って行った。

 どうやらその花を摘みたいようで、背伸びしながら手を伸ばす。

 が、ちょっと届かないみたいだ。


 こういうところは、なんか少し子供っぽいというか、微笑ましい光景だと思って見ていたら、エリスが振り向いて、オレを手招きしてきた。


 それはもしかして、オレに取れ、ということか?


「いや。たぶんオレも届かないぞ?」


 オレの身長はエリスより少し高いくらいだ。

 あの高さだと、ジャンプしてもちょっと無理じゃないかな。


「いいから。こっちこっち」


 オレの言葉を聞いていなかったのか、それとも何かほかにあるのか、よく分からないがとにかくオレは招かれるままにエリスの傍にまで行ってみた。


「はい。じゃあ、ちょっとしゃがんで」


 ん? しゃがむ……?


 あっ! なるほど!

 つまり、オレの肩に乗って花を摘もうということか。


 ったく。しょうがないなぁ。


 そう思いながらも、オレは言われた通りその場にしゃがんだ。

 それを見てエリスがオレの後ろに回り込む。


 あれ? でも、肩に乗ったエリスを持ち上げるということは……


 これってもしかして、上を向いたら怒られるパターン?

 いやでも、エリスはスカートじゃないし。

 ショートパンツだし。

 下着を覗くことにはならないから、セーフかな?


 例えよこしまな気持ちは無くても、無意識に上を向いちゃうことって、あるよね? そういうのは仕方無いよね?


 だが、さすがはエリス。

 オレの予想の斜め上を行ってくれる。


「よいしょっと」


 そんな掛け声と共に、エリスはオレの頭に手を載せ、そして首の付け根に跨ってきた。


 ――ん? あれ? これって、肩車?


 そして一瞬遅れてやって来る、それがどういうことかの認識。

 オレの心臓の鼓動がいきなり跳ね上がった……ような気がした。


 オレの肩に、首の後ろに、そして頬に、エリスの温もりを感じる。


 オレの視界の両側にあるのは、つやのある抜けるような白い肌。

 オレの頬に感じるのは、吸い付くようになめらかな感触。


 ちょっと待て?


 これって、エリスのふ……太ももの感触?

 しかも、生肌の……?

 しかもしかも、それに挟まれて……?


 う、わぁ……


 先日雪山のロッジで初めて耳かきしてもらった時も、オレの頬はエリスの太ももに触れていた。


 だけど、このドキドキはその時の比じゃないって!

 なんせ今回はオレの顔がエリスの生太ももに挟まれているんだぞ!

 エリスの太ももの、しっとりして、すべすべして、それでいて柔らかくて、もっちりとした感触が、オレの頬を両側からぎゅっと挟みこんでくるんだぞ!


 くっ! やられた。

 エリスってば、またとんでもない不意打ちをかましてくれた。


 お、落ち着け! 落ち着け!

 こ、こういう時はとりあえず深呼吸だ!


 オレは大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

 そんなオレの頭上から、エリスの声が聞こえてきた。


「ふふっ。なんか、懐かしいね」

「……何が?」


 なんとか平静を装ってオレは声を絞り出した。

 だけど、オレの心臓はまだバクバク言っている。


「肩車。昔はよくしてもらってたなって」


 おいおい、エリスさんや?

 昔って、一体いつの話ですか?

 もうお互い成長して、あの頃とはわけが違うでしょう?


 けど、昔を懐かしんでいるようなエリスにそんなことは言えず、オレは落ち着くべく再度大きく息を吸い、そしてゆっくり吐き出した。


「……どうしたの、タクマ? 立ち上がって? ほら!」


 ポンポンとオレの頭を軽く叩きながら、エリスのせがむような声が聞こえてくる。


「はいはい。分かった分かった。落っこちるなよ」


 少し落ち着きを取り戻したオレはそう言いながら、自分の膝に手を添えてゆっくり立ち上がった。


「あっ!」


 エリスがちょっとバランスを崩して後ろに倒れそうな気配を感じ、とっさにその太ももを手で押さえた。


「ふひゃあっ!」


 そのとたん、エリスがなんかおかしな声を上げ、その太ももがさらに強くオレの頬を挟んでくる。


 ――うぐっ!?


 一瞬フリーズしかかったが、何とか正気を保ちつつ、オレは上を見上げた。


「どうした?」

「……な、なんでもない。タクマの手が、その、冷たかったから、少しびっくりしただけ……だよ」


 なんだ?

 寒さには強いのに、冷たいのはダメなのか?

 よく分からん。


「あ、はははは。だ、大丈夫、大丈夫」


 そう言いながらも、なんかエリスの頬が少し赤くなっているような……?

 気のせいか?


 もしかして、だが。

 オレが太ももに触ったから……とか?


 なんとなくいけないことをしているような気分になって、オレはエリスの太ももに触れていた手を、そっと彼女の膝へと移動させた。


「ゴホン! 大丈夫だから。はい、タクマ、少し前に行って」


 そう言いながら、エリスは上を向いていたオレの頭をがっしり掴んでぐいっと前を向かせる。


 何かよく分からないが、とりあえずオレはエリスの言葉に従って、ゆっくり足を一歩前に進めた。


「もうちょっと前。あと少し右。あ、ちょっと行き過ぎ……」


 そんなエリスの誘導に従っているうちに、どうやらエリスは目的の花を掴むことができたようだ。


「やった! ほら。タクマ、見て。綺麗な花」


 そう言ってエリスは摘んだばかりの花をオレの前に見せてきた。


 確かに綺麗な花だと思うし、いい匂いもする。

 だけど、冷静になって良く考えてみれば、魔法でも使えば自分でも取れたんじゃないだろうか?


 全く、人騒がせな幼馴染だよ……


「ほら。もういいだろう。降ろすぞ?」


 いつまでもエリスの白い肌に顔を挟まれたままというのは、なんというか落ち着かない。……決して嫌というわけでは無いのだが。そんなこと、口が裂けても言えん。


 だが、しゃがもうとするオレの頭をエリスはぎゅっと両手で掴んできた。


「やだ」


 ――はい?


「ね、ね。このまま行こうよ。肩車して貰えるなんて久々だもん。いいでしょ?」


 おいおい。


「ほらっ! タクマってば、マフラーしてないじゃない? だから私がこうしてたほうが暖かいんじゃないかな? 私も、久々に肩車して貰えて、いつもとは違う高さの景色を楽しみたいしさ。ね? お互いハッピーないい考えじゃない?」


 なんだそれは。

 ま、確かに首回りとかちょっと暖かいけどな。


 でも……


「そんなこと、できるわけないだろう? 少しは周りの目も考え……」


 そこでオレは思い出した。

 自分の言葉で思い出した。

 今オレ達は二人っきりじゃなかったということに。

 今日は、オレ達の他にもう二人いたんだということに。


 ゆっくりと二人のいるほうへ視線を向けてみる。


 オレ達からちょっと離れたところに二人はいた。

 セリカは腰を下ろし、膝の上に肘を載せ、さらに手の上に顔を載せた格好でこちらを見ている。呆れたような眼をして。

 ラウルは立ったままだが、両手を頭の後ろに組んで、なんかにやにやしながらこちらを見ている。


 ああ。ホント迂闊だった。

 完全に二人のこと、忘れてたよ。


 オレは軽くため息を付いた。


「いいから降りろって」

「えー」


 そう言ってエリスが口を尖らせた時だった。


「きゃあああああ!」


 そんな大きな悲鳴が湖の方から聞こえてきたのは。


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