第11話 タクマのライバル?
「ねぇ、タクマ」
テーブルまで来たオレに、エリスがそう声をかけてきた。
なんとなくいつもより声のトーンが低い気がするのは気のせいか?
「ん?」
「平和平穏を愛してるんじゃなかった? 温和温厚がモットーじゃなかった?」
座っていたエリスが、少し呆れたような、でも口元はなんとなく笑っているような、そんな顔をしつつ言ってきた。
それは、オレがさっきティアさんに言ったセリフだな。
それに対するオレの返答は当然決まってる。
オレは真顔で頷きながら答えた。
「もちろんさ」
嘘を言っているつもりは全く無いよ?
なのでオレはそう即答したのだが、何故かエリスも含むその場にいる三人が三人とも、椅子に座ったオレにジトッとした眼を向けてくる。
あれ? その目は何?
もしかして疑っている?
非常に心外だな。うん。
「平和ねぇ……。まあ、実際ケンカにはならなかったみたいだしな」
三人の中で最初にジト目を解いて、そう言ってきたのはラウルだ。
ラウルは獣人ではない人族の男で、金髪碧眼のD級ハンターだ。見た目はオレよりほんのちょっとだけ顔の作りがいい。そのせいか、女性には結構モテるタイプだ。だけど本人は、女性からは軽薄そうに見られてしまうのが悩みだとよく口にしている。
ただし、むしろそれさえも女性との会話のネタにするようなヤツだからな。どこまで本気で悩んでいるのやら。第一、本当に悩んでいたら、日毎に違う女性ハンター連れて二人だけでクエストに行ったりしないと思うんだよな。
オレはラウルの前にある皿に手を伸ばしながら口を開いた。
「当たり前だろう? ちょっと世間話していただけさ。何も問題無い」
そう言いながら鶏のから揚げを指で一つつまみ、口に頬張った。
ちょっと冷めているが、思った通り柔らかくて旨い。
「まあ、何を言われたのか、およそ察しは付くがな」
「なんのことだ?」
「とぼけなさんな。どうせ禁句を言われたんだろう?」
さすがにしらを切るのは無理があるみたいだ。
なにせ、オレが短剣をアーロンに突き付けているところをバッチリ見られているんだろうからな。
しかも似たようなことは以前にも何度かあったから、その原因もしっかりバレているみたいだ。
「もう! あんまりエリスに心配かけちゃダメなんだからね!」
そう口を尖らせたのはセリカだ。
彼女もオレ達と同じD級ハンターだ。
人族の女性で、当たり前だが獣耳も尻尾も無い。
「分かってるよ」
「どこが分かってるのよ。もう!」
セリカは、ちょっと口やかましいところもあるが、しっかり者の堅実派といった感じで色々と頼りになる存在だ。ちなみにオレ達の中では一番年上になるな。といっても一つしか変わらないんだが。
「エリスも、ちゃんと言わなきゃダメよ。甘やかしてばかりだと、男っていうのはつけ上がるし、いつまでも心配は尽きないわよ?」
なんか、ひどい言われ様だな。
そう思うと思わず苦笑が漏れる。
エリスがオレに甘いことは否定できないが、別にオレはつけ上がっているつもりは無いんだけどな。
「んー、でもさ。心配することがなくなっちゃったら、それはそれで寂しくないかな?」
「……え?」
エリスのそのセリフを聞いて、セリカは一瞬目を丸くしていた。
そして盛大なため息を漏らしながら項垂れてしまった。
それを見てエリスが「よしよし」なんて言いながらセリカの赤毛の髪を撫でる。
セリカがぼそっと呟いた。
「なんか私、バカみたい……」
そうだな。
なんてことは、たとえ思っても言わない。
言っちゃいけない。
もし言ったら最後、後が怖い。
なのでオレはそれには触れず、テーブルの真ん中に無造作に置いてあったメニューを手に取った。
「それより、飲み物と料理を注文したいんだけど?」
「おお、そうだな」
オレのその言葉に、笑いをこらえていたラウルが後ろを振り返り右手を上げた。
「おーい。アニー!」
「はーい。少々お待ちをー」
ちょっと離れたところからそんな声が返ってきた。
視線を向けると、モスグリーンのエプロンドレスを着た女性が、テーブルの間を縫ってこちらに向かって来る姿が見えた。
この酒場でウェイトレスをしているアニーだ。
見た目オレ達より少し上だと思うのだが、正確なところは知らない。
聞いても教えてくれたことが無いからな。
オレは勝手に二十四、五だと思っている。
こっちへ来るまでに、アニーは何度も周りの男たちから声を掛けられている。
相変わらずかなりの人気があるみたいだ。
少し色気のあるお姉さんといった雰囲気の美人だからな。
しかも、あの見事な双丘。
彼女を狙っている男どもはかなりの数がいるハズだ。
アニーがオレ達のテーブルまで寄ってきて声を掛けてきた。
「お待たせしましたー」
「あ、アニー。注文を……」
だがアニーはそこで足を止めなかった。
それどころかオレのセリフを無視し、つかつかと歩いてエリスの後ろまできてようやくその足を止めた。
「エリスちゃーん。おかえりー」
そう言いながらアニーはエリスに後ろから抱きつき、こともあろうか、エリスの獣耳に頬ずりまでし始めてくれやがった。
「あははは。ただいま、アニー。くすぐったーい」
「もう、ひさしぶりだもん。エリス成分補充しないと、私ひからびちゃう! だ、か、ら、ねっ! ぐりぐり、すりすり……」
アニーが周囲の目も気にせずエリスの獣耳にすりすりする。
それどころか、調子に乗って甘噛みまでしやがった。
エリスは笑いながら少し身をよじっているが、本気で嫌がっているわけではなさそうだ。
なんて羨ま……じゃなくって!
アニーがオレをちらっと見て、まるで「ふふんっ!」といった感じでほくそ笑みやがった。
――むっかぁあああ!
いや、待て待て待て。
怒っちゃダメだ。
ケンカはいけない。
オレは平和平穏を愛する男だ。
まして相手は女性なんだから。
心を落ち着かせて、冷静に、だ。
「……アニー。仕事中なんだろう?」
「あら、タクマ。いたの?」
……何を今さら! とぼけやがって!
オレ、今絶対に自分の左目辺りがピクピクしていると思う。
そんなオレに向かってアニーが続けて口を開いてきた。
「よくも私の可愛い可愛いエリスを、何日も拉致してくれたわね!」
「拉致って……。いや、ハンターの仕事だから」
「エリス、大丈夫だった? こいつと一緒で大変だったんじゃない?」
……聞いちゃいねぇ。
「あははは……」
いや、エリス。
そこは否定してくれ。
確かにサイクロプスが出てきたり雪崩があったりと大変だったけどさ。
別にオレと一緒だったせい……じゃ、ないよな?
そこへ見兼ねたのか、救いの手を差し伸べてくれたのはやはり頼りになる友人、セリカだった。
「アニー。それくらいにして注文をお願い。タクマはともかく、エリスだってお腹空いてるのよ」
「あ、いけない」
セリカのセリフはなんか釈然としないところもあるが、ともかくアニーがようやくエリスから離れ、エプロンドレスのポケットからメモとペンを取り出した。
「エリス、何がいい? 飲み物はいつものワイン? ヤマトのお酒で焼酎というのもあるわよ。レモンやブドウの果汁で割ったものが今人気があるわね」
「へぇ。じゃあそれにしてみようかな。タクマは?」
「オレは……」
「タクマはいつものエールでしょ。それよりエリス、食べ物はどうする? 塩麹の肉じゃがも、もちろんできるわよ?」
「うん。肉じゃがと、だし巻き卵をお願い。あと、タクマはコロッケだよね?」
「ああ」
エリスの心遣いが身に染みる。
ありがとうな、エリス。
お前だけだよ、オレに優しくしてくれるのは。
ラウルも笑ってるんじゃねぇよ。
……ちくせう。
◇
「だから、結局は安定性なんだよ。止まった状態でも動いている状態でも、百発百中で当てられるようにならないと」
「でないと反撃喰らってヤバくなる、か」
オレはコロッケにトマトソースをたっぷりつけて口に頬張りながら、ラウルの言葉に頷いた。
さらにエールを喉に流し込む。
――くぅ! 旨い!
ヤマト料理と酒を楽しみながら、ラウルとスリングショットの有効性や、現状での問題点なんかの話しているところだ。
エリスとセリカはオレ達とは違う話題で何か盛り上がっているみたいだ。
二人で隣り合って座り、何かを話しているようだが周りの喧騒が激しすぎてその内容まではオレには分からない。
たまにそこへアニーも加わって、結構盛り上がっているみたいだ。
エリスが何度かオレの方をちらちら見ているようなんだが、まさかオレの悪口で盛り上がっているんじゃないだろうな?
まあ、エリスがそんなことするとは思えんが。
……でも、やっぱちょっと気になるよな。何話しているんだろう?
そんなことを思っているのはオレだけのようで、どうやらラウルは気にならないみたいだ。オレと同じくエールを喉に流し込み、空になったグラスをテーブルに置きながら話を続けてきた。
「ま、結局は練習するしかねぇんじゃねぇの」
「……そりゃそうなんだけどな」
「ともかく、一度じいさんに相談してみなって。じいさんのほうもタクマが相談に来るの、結構楽しみに待ってるみたいだぜ」
ラウルの言うじいさんとは、オレがスリングショットのことで相談に乗ってもらっている鍛冶屋のおっちゃん、リオネルさんのことだ。
町の外れに一人で工房を構えている職人で、ラウルの祖父でもある。
「工房のほうには早々に顔を出すつもりだよ。けど……」
「けど、なんだ?」
「なんかいい手土産でもないかと思ってさ。いつもお世話になりっぱなしだからな。今回の狩りがうまくいったのだって、リオネルさんの工夫によるところが大きい。たまには手土産の一つでも持ってかないと」
以前ラウルに紹介してもらい、それから結構お世話になっている人だ。
もちろん客としてもリオネルさんの工房は利用させてもらってはいる。
オレが使っている剣も、エリスが使っている剣も、リオネルさんが作成したものだし、スリングショットの製作費やその弾の代金もちゃんと支払っている。
ただし、孫の友人特価にして貰っている上に、スリングショットの改良点など、たんなる客以上に相談に乗ってもらってもいる。
なので手土産になりそうな、何か好みの酒とか食べ物が無いかと、ラウルから情報を得ようと画策してみてるわけだ。
「別に要らないと思うぞ。タクマが顔出すだけで、結構じいさん喜んでいるし」
「そうもいかないって。何か無いか? リオネルさんが喜びそうなものとか。あ、でも高価なモノはさすがに勘弁してくれよ?」
「そうだな。じゃあ、ワカサギでも釣りに行ってみるか?」
「は? ワカサギ……?」
「知らないか? これくらいの大きさの魚だよ」
そう言ってラウルは親指と人差し指を少し開いてみせた。
「いや、それは知ってるが、なんでワカサギなんだ?」
「この前、じいさんがワカサギを食べたいって言ってたからさ」
そう言えば、冬のワカサギは旨いと聞いたことがある。
ヤマト料理の天ぷらとか、かき揚げというやつにすると絶品なんだとか。
……オレも食べてみたいかも。
「なるほど。で、どこで釣れるんだ?」
「町の北門を出て三時間くらい街道を北上した辺りに、大きな湖があるの知っているか?」
「ああ。湖の名前は知らないが、あるな。確か林道の先だろう?」
「そうそう。あそこでワカサギが釣れるらしいんだよ」
あの湖ならば、そう遠くは無い。
十分日帰りできる距離だな。
……あれ?
その湖について思い出したことがあり、オレはそのまま疑問を口にしてみた。
「でもあそこの湖って、この時期凍っているんじゃなかったか? 釣りなんてできないんじゃないか?」
「凍っているのは表面だけだ。だから氷に穴を掘って、そこに糸を垂らして釣るんだよ」
へぇー。
村にいたころ、川での釣りは何度かしたことがあるが、そういう釣りはしたことが無いな。
ちょっと面白そうだ。




