第10話 お荷物
紅い風?
それは、さっきティアさんが言っていたやつか?
確かに腕にはトレードマークらしい赤い布が結ばれている。
それに……
オレは赤い布が結ばれている腕にじぃっと見入っていた。
かなり太い腕だ。
もしかしたら、オレの倍近い太さがあるんじゃないか?
パワー型ということだろうか?
そう言えば確かティアさんは、リーダーはB級ハンターだとも言ってたな。
とすれば、こいつが一流と称されるB級ハンターなのか。
武器は何だろう?
腰に剣は無いし、近くに置いているようでも無い。
まさか無手……とか?
アーロンと名乗った男の方もまた、オレを品定めでもするかのように視線を一通り巡らし、そして口を開いた。
「そうか。お前があの『お荷物』……」
だが、アーロンの言葉は途中で途切れた。
その視線がゆっくりと下に向けられる。
そこにあるのは短剣の切っ先。
それは、オレがたった今収納庫から取り出し、アーロンの喉元に突きつけたものだ。
相手に剣を突きつける場合、普通なら腰から抜くなり、懐から取り出すなりの動作が入る。
だがオレは違う。
オレの手は、そういう寄り道などは一切せず、真っ直ぐ相手に向かいながら剣を持つことができ、それを突きつけることができるんだ。
周囲の喧騒が止み、オレに視線が集まるのを感じる。
ざっと視線を巡らすと、このテーブルの周囲は赤い布を体のどこかしらに付けている奴らばかりだ。つまり、みんなお仲間と言うわけだ。
クランは大抵仲間意識が強い。しかもリーダーに向かって短剣を突き付けているんだ。喧嘩っ早いことも聞いていたし、この場でオレに斬りかかってくるヤツがいたって不思議じゃない。
と、最初はそう思ったのだが、どうも様子が違う。
誰もオレに斬りかかって来るような素振りは見られない。
それどころか、むしろにやにやしながらオレとアーロンの様子を見ている感じだ。
どうなってるんだ、こいつら。
だが、まあいい。
それならそれで、こちらとしては好都合だ。
オレはわずかに目を細めながら、迂闊なことを口走ってくれた男を睨みあげた。
お荷物。
ハンターになり始めた頃、オレはそう呼ばれていた。
それには二つの意味が込められている。
一つは収納魔法を使えるからと、当然のようにやらされていた荷物持ちという意味。
そしてもう一つは、役立たず、という意味だ。
オレは収納魔法以外の魔法が全く使えない。
だから魔法での攻撃はもちろん、支援もできない。
かといって当時のオレは、剣を握ってもただ振り回すだけ。
何の役にも立たなかった。
だから、周りのベテランハンター達はオレをお荷物と呼んでいた。
その頃のオレは、それでもいいと思っていた。
今は役立たずでもいつかは、と夢見ていたし、たとえ荷物持ちであってもハンターとしての経験はそれなりに積めると思っていたから。
だがそんなある日、オレは囮にされ見捨てられた。
迷宮での探索中にランクの高いモンスターと遭遇してしまい、パーティの他のメンバーが生き残るため、お荷物であるオレは一人切り捨てられてしまったんだ。
そのことに茫然としたよ。
絶望もした。
あのとき、エリスが来てくれて、二人でぎりぎりなんとか切り抜けることができたのだが、あれはオレにとって手痛い教訓となった。
このままじゃダメだ。
お荷物のままでは、オレはいつまた切り捨てられるか分からない。
今のままではそういう切り捨て要員なんだ、と。
だから、あれからオレは努力しだした。
もうお荷物なんて呼ばれないためにどうすればいいか必死で考え、いろいろ試行錯誤を繰り返し、エリスとともにクエストも受けまくった。
そして、オレはD級になった。
エリスのおかげなところがかなりあることは十分自覚しているが、それでもオレはようやく、一人前と称させるレベルまで上がることができたんだ。
別にあの時オレを見捨てた連中を恨んでいるわけじゃない。
全くわだかまりが無いかというと、さすがにそれは嘘になってしまうが。
だが、オレにだって大事なものがある。
もし似たような状況に陥った時、もちろん全員無事に帰ることに全力を尽くすつもりではあるが、それでもどうしても無理だとなった場合、オレはきっと、エリスを優先する。
他の奴らよりも、何よりも、必ずエリスを優先する。
そういう意味では、オレだって人のことをとやかく言えないのかもしれない。
エリスが強いとか、エリスの正体だとか、そういうのは関係ない。
これは、オレ自身の覚悟の問題なのだから。
アーロンがオレに視線を向けて再び口を開いた。
「……失礼した」
そう謝罪の言葉を口にした。
だが、本当にそう思っているのか怪しいものだ。
その目が、なんとなくだが笑っているようにさえオレには見えた。
そしてアーロンは言葉を続けた。
「だがそう怒るな。それは昔の呼び名に過ぎないということは知っているさ。今はD級に上がっているということもな」
「……なら、言葉に気を付けてくれ」
そう言ってオレは短剣を引き、収納庫へとしまった。
正直、気に入らない。
オレをお荷物と言ったことももちろんそうだが、それ以上にその余裕かましてくれているところが一番気に入らない。
オレ程度が喉元に剣を突きつけようが、全然問題無いと言いたいのだろうか。
「……で? なんなんだ、あんたは。オレに何か用なのか? それとも単なる冷やかしか? オレをからかっているのか?」
オレの口調は当然ながら荒くなってしまっているのが自分でも分かる。
それに対してアーロンのほうは、多少肩をすくめるだけで平然としている。
「まずはご挨拶、と言ったところだな」
挨拶?
なんなんだそれは。
これ以上付き合ってられるか、と思いオレは踵を返した。
だが、それに構わずアーロンは言葉を続けてきた。
「正直言えば、最初は好奇心だな。世にも珍しい収納魔法を持った奴がどんな奴か興味があった。だが……」
無視してエリス達の所へ行ってしまえばいいと思いながら、しかしオレはその場に留まりアーロンの言葉を聞いていた。
彼の言う、「だが」という言葉の先が少し気になってしまったんだ。
「気に入った。お前、うちに来ないか?」
「……は?」
その言葉に、オレは思わず振り向いてアーロンを見上げていた。
全く意味が分からない。
その思いが言葉となってオレの口から飛び出した。
「短剣を突きつけられておいて気に入ったとは、一体どういう趣味だ? 悪いが、変態趣味に付き合う気は無いぞ」
オレのその言葉に、周りからどっと笑い声が上がる。
「バカヤロウ! 俺にそんなおかしな趣味は無いわ。お前のその負けん気が気に入ったと言っているんだ」
「あっそ。だが、オレにそんな気はないよ。他を当たってくれ」
オレがそう言うと、アーロンはオレの後ろに視線を向けた。
それに釣られてオレも振り向くと、エリス達の姿が見えた。
エリスがラウル達の傍に立っていて、今にもこちらに来ようかとしている。
その必要は無いと、オレは彼女を制止するように軽く手を上げた。
「……彼女は、お前の恋人か?」
「……それに、オレが答える必要があるとは思わないな」
「うちに来れば、ある程度収入は安定するだろう。もし収入面で結婚をためらっているなら、いい話だと思うが?」
結婚……か。
以前、エリスが口にしたことがある。
「たぶん、私は子を成すことはできないよ」と。
俯き加減で、ひどく寂しげな顔をしていた。
あの時、彼女のその表情を見てオレは、まるで自分の心臓が鷲掴みにされているかような、胸がひどく締め付けられるような思いをした。
あれ以来、オレ達の間で子供とか結婚とか、そういう話は一切しなくなった。
正直言えば、エリスと結婚したくないわけじゃない。
だが、オレとエリスの関係は、別に結婚できるできないで何かが変わるようなものじゃないと思っている。
それは、どういう関係なのか?
幼馴染であり、同居人であり、ハンター仲間であり、大切な友人でもあり、そして……?
自分でもよく分からない。
言葉に当てはめることは難しいな。
どうも良い言葉が見付からない。
だけど、紛れもなくオレとエリスの間にはあるんだ。
揺るぎない確かな絆ってヤツが。
オレはそう思っている。
「もう一度言うが、その気は無い。じゃあな」
そう言ってオレはエリス達の方に歩き出した。
「気が変わったらいつでも来い」
そんなアーロンの言葉に、オレは振り向かなかった。




