第1話 暖炉の前で初めての……
※ 2018/1/15 最後を少し修正して甘さ10%増量(笑)。話の流れに影響無いです。
※ 2018/1/28 後書きにFA追加。
ロッジの窓に「はぁー」と息を吹きかけてみた。
真っ白な息が窓ガラスをさらに曇らせる。
手で軽く拭いて、外を覗いてみる。
外は一面の銀世界。
昨日は雨が降り続いていたハズだが、どうやら夜更け過ぎに雪へと変わっていたみたいだ。
「タクマ、こっちにおいでよ」
掛けられた声にゆっくりと振り返る。
そこにいるのは、火のついた暖炉の前に膝を崩して座っている一人の少女。
まるでわたあめのようにふわっふわな白銀の髪。
愛嬌のある二重の大きな黒い目。
真っ白な肌によく映える色付いた紅い唇。
そして、頭の上にはピコピコと可愛らしい動きを見せる獣耳。
さらには白く長いネコのような尻尾。
そう。彼女は獣人だ。
そしてオレの幼馴染でもある。
「どうしたの? ほら! 早く!」
「ああ」
そう答えながら窓から離れ、小さく手招きをする彼女の近くまで行った。
窓際はかなり寒いと感じたが、火のついた暖炉の前はさすがに暖かい。
焔を絶やさぬようにと、近くに並べてあった薪を一つ掴み、暖炉の中にくべる。
「そんなのいいからさ。こっち、こっち」
そう言って彼女は自分の太ももをポンポンと叩いた。
……えっと? どういう意味かな?
何となく察してはいるんだが、思わず目がそう語ってしまったらしい。
オレを見上げながら彼女は更に口を開いた。
「ひ、ざ、ま、く、ら。してあげる」
まるで語尾にハートマークでも付いているんじゃないかと錯覚してしまいそうな口調で、満面の笑みを見せながら、彼女はそんなことをのたまった。
「え、えっと、エリス……? 朝からそういうのはちょっとどうかと……」
「なーにー? 私の膝枕は御不満?」
「いや、そういうことじゃなくてだな」
「いいじゃない。今このロッジには私たち二人しかいないんだし」
思わず周囲を見渡してしまうが、エリスの言う通り、このロッジには今オレ達二人しかいない。それはつまり、人目を気にする必要なんかない、ということだ。
……でも、自重はある程度必要だと思うんだよな。
エリスには通じない話かもしれないけどさ。
「朝食も済んだことだし、しかもこの雪じゃ、今日の狩りはとても無理じゃない? だ、か、ら!」
何が「だから」なんだろう?
というツッコミは心の中だけにしておいて、オレはエリスを見下ろした。
今のエリスの服装は、暖炉の前にいるせいか上は薄着だし、下にいたってはいつもと同じようなショートパンツの恰好だ。つまり、ふ……太ももが露出している格好ってことだ。そこに膝枕? ってことは、つまり……
……ゴクリ。
思わず生唾を呑み込んでしまった。
目敏くもエリスはそれを見逃さなかったみたいだ。
目を細めながら微笑んできた。
まるで全てお見通しって笑みだ。
幼馴染なんだから当たり前かもしれないが、きっともうオレの考えなんかバレバレなんだろうな。
でも、それでも、オレも男だ。
少しくらいは男の矜持ってものを示さねば!
「し、仕方ないな。そうまで言うなら、少しだけ付き合ってやるよ」
「はい、はい」
……たぶん、示せてないよな。
オレはエリスの横に座り、ゆっくりと頭を彼女の太ももに載せた。
「もう、膝枕なんて初めてじゃないでしょ。なんでそんな躊躇するかな?」
何度目だってドキドキするものはしちゃうんだよ。
それが男心ってもんだ。
とは言わず、オレは真下からエリスの顔を見上げながら手を伸ばした。
オレだけこんなドキドキするのは不公平だよな。
少しお返しさせてもらおう。
「耳、触ってもいいか?」
「……いいよ」
途端、エリスの頬がほのかに染め上がる。
それに気付かないふりしつつ軽くエリスの獣耳をつまんでみる。
いつもながら、この手触りがいいんだよな。
ああ、このぷにぷに、あーんど、もふもふがたまらん。
「あははは。タクマの手、冷たーい」
エリスが桜色に頬を染めながら、はにかむように笑う。
彼女のその笑顔ともふもふにマジ癒されるよ。
こうなると、あっちもぜひお願いしてみたくなる。
ダメかもしれないが、一応聞いてみようか。
「なぁ、エリス」
「ん?」
「尻尾もいいか?」
「……ダメ」
「なんで?」
「……エッチ!」
うーん。やっぱダメか。
いつもながらその感覚は、尻尾の無いオレにはよく分からんな。
「はい! エッチなタクマには、もう耳もお終い!」
「えー」
抗議の声を上げたオレに、エリスがにやっと笑った。
「代わりに、耳掃除してあげようか? 気持ちいいよ?」
――はい?
いつの間にかエリスの手には耳かきが握られていた。
おいおい、マジか? マジですか?
それは今までしてもらったことはないぞ?
っていうか、どっから出したんだ、その耳かきは!
「ほら。暖炉の方に向いて」
断る理由なんかあるわけない。
言われた通り、身体を横にして暖炉の方を向いた。
オレの頬とエリスの太ももが触れる。
なんか、すごくドキドキしてしまう。
でも……すりすりもしてみたい……かも?
怒られるかな?
「はい。動かないでね」
そう言ってエリスはオレの頭をぎゅっと押さえて、綿の付いた方をオレの耳に押し当ててきた。
残念ながらすりすりはやめとこう。
頭抑えられたし、何よりもし怒らせちゃったら、あの耳かきが怖い。
それに……
ちょっとくすぐったいが、耳かきはそれはもう、素晴らしく気持ちがいい。
エリスのすべすべした太ももの感触も相まって、これぞ至福のひと時?
もしこれ以上のものがこの世にあるというなら、ぜひ教えて欲しいものだ。
なんかもう、男の矜持なんてどうでもいいや。犬にでも喰わせてあげよう。
そう思ってしまった。
◇
自己紹介が遅れたが、オレの名はタクマ。今年で十九になる。
十五のときにハンター登録をし、F級から始めて一年後には順当にE級に上がり、そしてつい先日ようやくD級になれた。
ハンターのクラスはF級からS級まで七つの段階があるが、F級は初心者、E級は半人前、D級でようやく一人前と言われている。
オレもようやくハンターとして一人前と認められたわけだ。
ちなみに、D級は一番多く人がいると言われている。何故なら、ある程度の経験を積めば大抵はD級まで上がることはできるが、その上のC級というのは優秀なハンターと認められる必要があるからだ。かなりハンターとして貢献しないと手が届かない領域だ。
その上のB級は一流、A級は超一流と言われている。さらにその上のS級なんて、もう化け物レベルだな。ついでに言えば現在S級ハンターは世界でたった七人しかいないそうだ。
オレに膝枕をしてくれている彼女はエリスティーナ。
オレはエリスと呼んでいる。
歳はオレと同じく今年で十九。
そして見ての通り、獣耳と尻尾を持つ獣人だ。
小さい頃、あれはオレがまだ五歳の頃だったか、当時オレが住んでいた村に一人でひょっこりと現れた。
オレが住んでいた村は過疎化ってやつが進んでいて、オレと同じ年頃の子供が他にいなかったこともあり、オレとエリスはすぐに仲良くなって一緒に遊ぶようになった。
オレがハンターになろうと決意して村を出た時も、彼女はオレに付いて来た。
そして一緒にハンターになり、オレたちはパーティを組んだ。
それ以来ずっと一緒に依頼をこなしている。
だから当然、エリスもオレと同時にD級にもなった。
エリスは獣人ではあるが、見た目、すっごい美少女だからな。
他のパーティからも引っ切り無しに勧誘を受けているみたいだが、全部断っているみたいだ。
オレとしてはもちろんありがたいのだが、一体何故だろうな。
オレなんかより、もっと強くて頼りになるパーティは沢山あるだろうに。
……いや、違うな。
理由は分かっている。
彼女には誰にも言えない秘密がある。
オレしか知らない秘密がある。
だけど秘密はお互い様だな。
オレにもまた、人には隠していることがある。
そして彼女はそれを知っている。
彼女だけが、それを知っている。
オレ達はお互いにお互いの秘密を知っている。
そういう関係でもあるんだ。
だから、オレと一緒にいてくれるんだろうな。
◇
「タクマ。こっち終わったよ。反対側……」
なんか遠くの方からエリスの声が聞こえる。
「あれ? 寝ちゃったのかな?」
エリスの手がオレの頭を撫でているみたいだ。
優しく、ゆっくりと。
その感触が心地よくオレを眠りへと誘っていく。
ああ、ダメだ。
暖炉の暖かさと、膝枕とエリスの手が気持ち良すぎて、もう意識が……
少し、このまま眠らせてもらおうかな。
どうせ今日は雪で狩りに行けないんだし。
「おやすみ。タクマ」
ああ。おや……すみ……エリ……ス……