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第一幕 森の声

いよいよ本編に入っていきます。

数週間後、小百合は森で遊んでいた。遊び相手はアヤカシカマイタチの女の子。風を生み出してそれで遊び始める。小百合はいつにもなく笑顔だ。遊んでいると急にカマイタチの女の子が森へ帰ると言いだした。

「長が呼んでるの!」

「わかった! またあそぼ!」

 カマイタチの女の子はそのまま風にのって行ってしまった。一人残された小百合は森の中を歩いた。自分よりもはるかに高い木。上に登ればこの森の向こう側が見える。でも見るだけ。行ってはならない。

「なんでだめなの? なんで、森のそとへ行ってはいけないの?」

 木々に覆い隠された小百合の期待。しかし念入りに言われている以上、体が行ってはいけないと拒否反応を示す。子供の好奇心に敵うものはほとんど、ない。

 小百合の足が前へ動いた。意識などしていないが進んでしまう。視界がだんだん開けていく。小百合の好奇心を止める者はその場に存在しない。

 だんだん近づいていく。すると寒気が小百合を襲った。病気をしているわけではない。急遽だ。小百合の潜在意識がアヤカシの力を動かす。耳が無意識にそばだてられる。


 あの森、アヤカシが住むんだってさ。本当かよ。

 い〜や、本当らしよ? あの憎たらしいアヤカシだよ? 昔なんかやったらしいけど。アヤカシ出てきたらどうするよ?

 そりゃあメタメタにするさ! あの大罪を犯したアヤカシに生きる意味はねえよ! きっと大君様もそう思っているさ! たーくさんの大群で森を襲撃するさ!


 男たちの声。小百合は思い出した。彼らは私たちを八つ裂きする恐ろしい脅威だということを---。本当に小さな声だった。しかしアヤカシ木霊にかかればこんなものは造作もない。

「いや・・・、いやぁぁぁぁっ---!」

 小百合の叫び声が響く。それは木霊特有の言葉飛ばしとなって森の中に響き渡る。その声の波は木を切り刻み、耳を潰し気力を乱す。意図しない出来事に小百合自身も混乱しており、自我を抑えることができなかった。

 その声を聞き分け小百合の場所を特定して走ってきたククリの弟トトリがやってきた。小百合の叫び声は数里離れていたトトリの耳に確実に聞こえていたという。

「小百合! 大丈夫だ! 落ち着け、落ち着け!」

 小百合には早い内容を聞いただけあって小百合は泣きじゃくり、波は強くなる一方。トトリは少し時間をかけて小百合を落ち着かせる。アヤカシ木霊は子供であってもその言葉の威力というものは尋常ではない力を発揮する。特に感情が関与する場合に限る。

「ト、トトリにぃ?」

「大丈夫か? 何してるんだよ。さあ、帰ろう。何か怖いものを見たのか?」

 トトリが小百合に聞いた。小百合はトトリに抱かれて着物に顔を埋めてあげようとしない。小百合はゆっくりと指をさす。その方向は森の外。トトリは不振に思い、少し遠くから確認することにした。

「小百合。ちょっと木の上に登るぞ? しっかり俺にしがみ付いてろっ!」

 トトリは木に登り始める。その木の上に行けば森の外を見ることができる。トトリも少し覚悟を決めて外を覗いた。

 トトリは言葉を失った。やはり小百合が聞いた声の主は実在した。しかしその声は聞こえない。口もきかぬ屍となって倒れこんでいるのだから。真っ赤な血が流れていた。

「トトリにぃ・・・」

「小百合。動くんじゃない。見るな。トトリにぃに抱っこされてな」

 小百合の感情が込められた声の波が男たち二人の鼓膜を引き裂き、その心臓を声の波が貫いてしまったらしい。感情が入り込めば声は凶器になってしまう。

「とにかく、帰ろう」

 トトリに抱かれたまま木からおり、トトリは急いでアヤカシ木霊たちが集まる場所へ向かった。その途中、木々が何かに切りつけられている跡があった。小百合の声の波が切り裂いたらしい。

 ひでえな。兄貴はどう思うだろうな・・・。

 トトリは不安になった。トトリの兄のククリの采配次第では小百合が痛めつけられることもありえる。木だけじゃない。突然の波で怪我をしたアヤカシもいた。小百合は動こうとしない。トトリは悟られないようさらにスピードを上げた。


「兄貴!」

 トトリがククリの名前を呼んだ。するとククリが振り返る。ククリの視線が悲しみに変わっている。トトリが止まると何があった? と聞いた。ククリがその場を避けると石畳の上に大きな傷を負った鞠の姿があった。

「鞠?」

「え?」

 トトリがつい名前を言ってしまった。小百合がそれに反応してついに振り返ってしまった。目の前には血まみれの鞠。虫の息でなんとか生きている状態だった。目の前は真っ黒、そして頭の中は真っ白になった。

 小百合は言葉が出なかった。あふれたのは涙。そして自分があの暴走をして鞠を傷つけてしまったことを悟った。トトリはこれを避けたかった。子供で酷いものを見るのはあまりにもかわいそうと思ったからだ。

「トトリ。どういうことだ?」

「兄貴。確認してきた。森の外から聞こえる人間の声に小百合がびっくりして、やってしまったんだ。人間は鼓膜を破られてそのまま死んでたけど。小百合は森の外には出てないと思う」

 トトリが小百合の弁解を始める。小百合は今言葉を発せる状態じゃなかったからだ。ククリも小百合も心を乱すことくらい知っている。でもここまで規模の大きいものは初めてだった。

「鞠は、どうなるの?」

「今手当をした。見た目は酷いが傷はそんなに深くない。すぐ治るさ」

 小百合が鞠の様子をチラッと見たがすぐにトトリの胸に顔をうずめてしまった。ククリは少し考えて言った。

「俺には判断できない。難しい。明日アヤカシの長に聞いてみよう。この子はただびっくりしただけだ。大丈夫だろう」

 ククリは明日アヤカシ全体を束ねる長の元へ行くことになった。そしてトトリに言って小百合を休ませるように言った。そして自分は他のアヤカシ木霊たちと鞠を運んで手当を続けた。

「ねえ、小百合はどうなるの?」

「わかんない。殺されちゃうんじゃない?」

「お前たち、縁起の悪いことを言うんじゃないよ。小百合はただお化けに驚いただけだ。責めるな。さあ手伝ってくれ」

 ククリは他の木霊たちに言い聞かせる。小百合は木霊の子供達にとっては悪者らしい。ククリはため息をついて鞠を連れて森の奥へ連れて行った。

 一方のトトリは小百合を抱いて小百合がいつも寝ている木の穴へやってきた。

「小百合。夜も遅いからもう寝よう」

 トトリは小百合を下ろし寝かす。しかしまだ混乱しているのか体が震えている。恐怖と不安が小百合を攻撃している。まだ幼い小百合をトトリは放っておけなかった。

「仕方ねえな。小百合、今日は俺と寝るか?」

「うん・・・」

 トトリは穴の中に体を丸めて入る。腹に小百合が入る。まるでクマの親子のように見えてしまう。小百合はトトリの着物を握り口を動かす。

「トトリにぃ・・・。私、死んじゃうのか?」

「死なないよ。大丈夫さ、兄貴が掛け合ってくれる」

 小百合はトトリにしがみついてそのまま眠ってしまった。トトリは外を眺めて思う。

 きっと大丈夫、兄貴がなんとかしてくれる・・・。お前がこの森を追われることは絶対にない・・・。でもそれは小百合自身で決めること。たとえ森の外へ出てもな・・・。

 ククリは長の元へ到着していた。アヤカシの長の耳にも小百合が起こした出来事が耳に入っていた。それなら話は早い、とククリは切り出した。

「まだあの子は子供でございます。妖力を制御できず、感情が関与しこのような結果を起こしてしまいました。まだ成長途中なのです。お許しをいただけないでしょうか?」

 ククリは深く頭を下げた。長は大変厳しい人として知られており、子供でも処刑するほど容赦はなかった。

「ダメだ。奴は処刑だ」

「え?! それだけはおやめください! あの子は大事なのです!」

「なぜだ? あの子を失ったとしてもお前たちにはなんてことないだろう?」

「彼女には大事な友達がいるのです。彼女を殺せば友達が悲しみます。長に相談したのが間違いだったかもしれません」

 ククリは長の非情さを重々理解していたつもりだった。しかしいざ前にしてみると残酷さにはククリも怒りに満ち溢れていた。相談したのが間違いだった。

 ククリが着物を翻し出て行き長が一人残された。残された長は光る松明に視線を移す。

「わしの言うことが聞けぬと申すのか、ククリ。だったら自らで出て行くのが一番」

 長は指に力を込めて呪文を唱える。その光は森をさまよい何処かへ飛んでいく。長は不敵に笑った。自分の思い通りにならないアヤカシ木霊にちょっとしたお仕置きのつもりなのだろうか。

 しかしその妖術は強大な力を持ったものであった。

 次の日の朝。小百合は目を覚ました。見上げるとトトリが寝息を立てていた。悪戯心が湧いて鼻を小さな手でつまんだ。

「イテテテテ!」

 痛みで飛び起きたトトリ。小百合は笑っていた。どうやら疲れは取れたらしい。トトリは安心していた。朝日を浴びて伸びをして二人でいつもの場所へ向かう。するとそこには見たことのある影が。

「鞠?」

 鞠だった。あんな大怪我をしていたのに治りが早いことに驚いたが子供だしな、とトトリは思った。小百合は怖くて固まっていたが、トトリに背中を押され鞠に近づいた。

「鞠。あのね・・・ごめんなさい。私びっくりしていつの間にかこんな・・・。ねえ、また遊ぼう。そしたら鞠もきっと・・・」

「許さない・・・」

「え?」

 鞠の声色が違う。様子も雰囲気も違う。怒りに満ちたオーラが彼女を取り巻いていた。小百合は何があったのかわからない。小百合が話しかけると、

「私を傷つけたんだから、死んでよ・・・」

「待って、鞠! 友達だよね?」

「友達? 私、小百合のこと友達なんて考えたことないもん。小百合、消えて、死んで」

 小百合はショックだった。頭が真っ白になって何も考えられなかった。やっぱり鞠は許してないんだ、と小百合は悟った。すると鞠が近づいて尖った木の棒を突き出した。

「痛いっ!」

 小百合の腕から血が流れる。まさか大事な友達に切られるなんて、と小百合は動けなかった。それを見ていたトトリが小百合に近づいてまた小百合を抱いた。

「鞠! 何をするんだ?!」

「トトリ兄様、どいて。私、この子殺すの・・・」

「鞠?!」

 トトリは思った。鞠のようで鞠じゃないと。小百合が悪いことをしても笑って許していた鞠がそんなことするはずなかった。トトリは兄のククリと並んで察知する能力が優れているアヤカシ。鞠の発する妖力が異なっていることに気づく。

 このままでは小百合が危ない!

「小百合! 今は逃げるぞ! いいか?! 俺に掴まってろ!」

 トトリは急いで逃げ出す。小百合の血でトトリの着物は真っ赤に染まっている。森の中を逃げる二人。しかしアヤカシ木霊同士の鬼ごっこ。耳と目が優れているためかくれんぼは楽勝だ。トトリの逃げ場所を鞠は突き止める。


「長! 今、なんと?!」

「聞こえなかったか? もう手は下したよ。もうすぐ小百合とかいう娘は処刑される。大事な友人によってな」

「貴様!」

 ククリは長に掛け合い重要な事実を知った。ククリは急いで戻る。

 小百合が危ない!


「トトリにぃ、大丈夫?」

「大丈夫だ。余計な心配しなくていいよ、小百合!」

 トトリは息を整えながら言った。しかし相手は自分と同じアヤカシ木霊。捕まるのは時間の問題だった。

「兄貴、何してんだよ!」

 苛立ちを感じるトトリ。小百合は傷に手を当てて血があふれないように必死に抑えている。すると小百合の耳に待ち望んだ声が聞こえて来る。

 

 小百合。聞こえるか? 俺だ。


 ククリにぃ! 助けて、ククリにぃ!


 一人か?


 トトリにぃが助けてくれた。トトリにぃと一緒にいる。怖いよ、ククリにぃ---。


 耐えろ、耐えるんだ。トトリにもこの声は届いている。なんとか逃げんるんだ。


 ククリの声はぷっつりと途絶えた。トトリもこの声を聞いている。小百合を守る腕に力が込められる。トトリはまた走り出した。とにかく遠くへ逃げる。しかしなおも鞠の気配は消えることがない。

 すると後ろから風を切る音が聞こえてきた。それがトトリの肩に突き刺さった。痛みに苦しむククリが声を上げた。トトリの腕から小百合がするっと抜けて地面に叩きつけられた。トトリの肩から真っ赤な血が流れていることに気づいた小百合は慌てて駆け寄る。

「トトリにぃ!」

「大丈夫だ・・・。小百合、怪我してないか?」

「してない。私が悪いの。私が悪いことしたから・・・。鞠が怒って・・・」

「落ち着け。大丈夫だ」

 トトリは小百合を不安にさせないように慰めるが小百合の感情がなかなか収まらない。すると小百合が気配を察する。上空を見上げると見覚えのある黒い影。

「ククリにぃ!」

「兄貴?!」

 ククリが降りてきた。無事か、とよってくる。トトリは着物の裾を破り、小百合の腕に巻いた。トトリに肩を貸して支える。そして小百合にも聞こえない声でトトリに耳打ちをした。鞠が長に妖術をかけられ小百合を殺そうとしていることを。やはりな、とトトリは唇を噛み締めた。

「このままじゃ捕まるのは時間の問題だ。しかも小百合にこれを言えばまた暴走を起こすかもしれない」

「トトリ。小百合だけでも逃がそう」

「ああ。兄貴」

 二人は小百合に向き直った。小百合は涙を流してこちらを見ている。

「いいか、小百合。このままじゃ捕まって殺される。お前だけでも逃げろ」

「え? にぃにたちは?」

「俺たちはアヤカシ木霊の長を任されている兄弟だ。この森から離れるわけにはいかない。わかってくれるね?」

 まるで我が子を戦場へ送り出すかのようだ。ククリとトトリはまだ幼い小百合ならどこへ行っても罪に問われることはない。たとえ森の外に行ったとしても。

「嫌だ! にぃにたちから離れるなんて嫌だ! 私も残る!」

「ダメだ! 小百合、お前は生きなきゃいけない! どんな手を使ってもだ。まだ幼いからわからないかもしれない。でもいずれ分かる。生きることがどれだけ大切か」

「いいから行け! 小百合!」

 二人は小百合を言葉で突き放した。小百合は見放されたと勘違いしショックを受ける。この言葉はククリとトトリにとっても身を裂くように辛かった。素直になれず輪から離れていた小百合を二人は気にかけていた。それでも可愛い妹のようなものだった。

 小百合は涙をこらえて走り出した。小百合は後ろを見なかった。

 小百合の気配が消えたことを感じる。

 小百合、逃げろ。そして生きろ。たとえお前が森の外へ出てアヤカシを捨ててしまっても。

 ククリとトトリは鞠にかけられた妖術をかけるため戻っていった。


最後まで読んでくださりありがとうございます。

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