第三章(2)
実際はシーツの中でバーバラが歩いているのだけれども、遠目から見ると、マリが大きなシーツを抱えているように見えるのだ。マリは物置き部屋のドアを開けると、外に誰もいないことを確認して、急いでバーバラと一緒になって階下へとおりて行った。幸い誰にも見つからず、二人は玄関までたどりつくと、外に出て何食わぬ顔でシーツをはずした。そして屋敷の裏で待っているはずのロバートのとろこまで、全速力でかけた。
外に出るともう空には月がのぼっていた。純白のドレスは月の光を浴びてよく輝いていた。マリはそのドレスを隠すようにバーバラの側にぴったりとはりついた。しばらく走って行くと、物陰で待っていたロバートの馬車が現れた。その側にはロバートがいて、二人の淑女を今か今かと待ち受けていた。
「ロバート」
マリが手を振りながら声をかけると、彼は気づき馬車を二人の前まで走らせた。
「まあ、すてきな馬車ね」
こぢんまりとした手作りの馬車にバーバラは瞳をうるませた。ロバートは得意げに馬車のドアを開けた。
「さあさあ、お嬢様方、舞踏会に遅れてしまいますよ」
そう言いながら、ロバートはマリに片目をつぶってみせた。
「そうね。急いで行きましょう。御者は急いでね」
マリも、もっともらしくそう言うと、その小さな馬車の中にバーバラと二人で入った。馬はいななきの声をあげると、ガタゴトと走り出した。
「まるでほんとの淑女になったみたいだわ」
バーバラは興奮を抑えられないといった様子でマリに言った。
「何言ってるの。今日は間違いなくバーバラは淑女なんだから。」
そこでひと息つくと、マリはバーバラに言った。
「私楽しみだわ。バーバラが舞踏会で踊るの。物陰から見てるからね」
「私一人だけ舞踏会に出るなんてなんだか悪いわね。もう一着ドレスがあれば、マリも出られたのに」
バーバラは申し訳なさそうに言った。
「いいの。いいの。私は裏方なんだから。それで満足」
そうよ。ロミオとジュリエットの演目でも私は裏方なんだから、こんな舞踏会なんて更に裏方よ。私はそれで大満足。
だってバーバラが舞踏会で踊るんだもん。それを見れるだけでこんな幸せなことがあるだろうか。マリはシンデレラでかぼちゃの馬車を出した魔法使いになった気分だった。
「ところで話は変わるけど、私は十時になったら舞踏会の屋敷をあとにするわ。馬車をその時用意してもらえると助かるんだけど」
「あれ、舞踏会って十二時までじゃないの」
「それだとアンナお嬢様と鉢合わせするかもしれないし、危険だと思うわ」
「うん、分かった。ロバートに後で言っておくね。私も時間には気をつけておくね」
打ち合わせが終わると後は舞踏会の催されている屋敷まで、二人は淑女のようにおとなしく馬車に揺られていた。
「着きましたよ。お嬢様方」
ロバートがそう言ってドアを開けると、そこにはたくさんの馬車がひしめいていた。皆送られてきた紳士淑女が馬車から降りるのが見える。
派手な赤色のドレス、人目を引くような黄色のドレス、しっとりとした水色のドレス。ありとあらゆるドレスを着た女性達が先を争うように舞踏会の屋敷へと歩いて行くのが分かる。一瞬マリは気後れした。私達はずいぶんと場違いの場所に来てしまったのではないだろうかと、足が止まった。そう思ったのはバーバラも同じようだったが、そんな二人の後押しをロバートがしてくれた。
「さあさあ、お嬢様方。ここでぼっとしているときれいなドレスがだいなしですよ。踊るんでしたらあちらへどうぞ」
ロバートの気の利いた一言で、マリは我に返った。そして目の前にいるバーバラを見た。純白の素朴の美しさ。彼女が踊れば、あんなドレスあっというまに消え去ってしまうにちがいない。ここでこうしちゃいられない。なんとしてもジュリエットにしなくちゃ、バーバラを。マリは気合いを入ると、バーバラの腕をとった。
「さあ、行きましょう。お嬢様。十時までなんてあっという間ですよ。それまで楽しみましょう」
戸惑っているバーバラをなかば強引に引きずりながら、マリはロバートに言った。
「十時にここで待っていて。よろしくね」
「了解」
ロバートはにっと笑うと二人を見送った。