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第三章(1)

次の朝になると屋敷はてんやわんやだった。今日こそが舞踏会の夜ということで、アンナお嬢様の飾りつけに皆がああでもないこうでもないと騒いでいるのだ。持って行く手袋は最上品でなくてはならないとか、首にかけるネックレスはとっておきの真珠でなくてはならないとか、髪は前髪だけをカーラーした方が、今の流行りだとか、バーバラ以外のメイドもかかりっきりになって用意しているのだ。


 当のアンナお嬢様はというと、鏡をひっきりなしに見つめ、髪があっちにいってしまっただの、おしろいの粉が足りないなど不平ばかり言っていて用意にかかっているメイド達に労いの言葉など全くなかった。

 マリはそんな様子を物陰に隠れて、こっそり盗み見していたが、たいていは物置き部屋にひっこみ、おとなしくしていた。


目の前にはバーバラの作った白いドレスが飾ってあり、主が来るのを今か今かと待っているようだった。このドレスはバーバラが着て、本当に完璧なのだ。あの時鏡の中から彼女を見た時、マリはそれをとても実感していた。


しかしマリはこうも時間があると、自分もそのドレスを着てみたいような衝動にかられた。雲をつむいだような純白のドレスはまさに最高傑作だった。

バーバラのみならず、マリもできることなら着てみたいと思った。舞踏会の夜まではまだたっぷりある。ちょっと試着するぐらいいいだろう。


マリはそう思うと胸の高まりを抑えつつ、メイド服を脱いで、その白いドレスに袖を通した。少しマリにとっては裾が長いのか、床をひきずっている部分があった。しかしその他の部分はぴったりだった。


マリは得意げに鏡の前に立った。すると鏡の表面が少し曇っていたのでよく見るためにその表面をこすった。と、その時足下に何かが落ちてきた。広げて見ると、それは学校の教材で使う学習用の地図だった。


えっと思って上を見上げると、見覚えのある棚があった。そこには地球儀やその他の資料集が所せましと置いてあった。そう、そこはまさに学校の準備室だったのだ。

 マリはびっくりして声もでなかった。しかし目の前には鏡があって、白いドレス姿の自分が映っているのだ。


嫌だ、大変。私戻って来ちゃったんだ、日本に。マリは慌てふためいた。今日が舞踏会の夜だっていうのに、ドレスがここにあっちゃまずいよ。どうしよう。うろうろおろおろしていると、校内放送が流れてきた。クラブ活動はやめて、下校するようにというアナウンスだった。それによってマリはあれからたいして時間が経っていないことを知った。それならまたロンドンに戻っても何の支障も起きないだろう。とにかく、戻らないとまずい。


マリはじっと鏡を見た。ドレスがなんとなく曇っているように見える。マリは思わず駆け寄って鏡をこすった。するとどうだろう。今度は暗闇に包まれている物置き部屋に自分がいることに気がついたのだ。


私、戻って来た。


マリはとっさに思うとすぐさまドレスを脱ぎ捨て、自分のメイド服に着替えた。そうしてドレスを元通りに置くと、ほっとした。一瞬どうしようかと思ったが、辺りはもうずいぶん暗かった。そろそろ舞踏会の始まる時刻なのだろうか。マリの胸はどきどきが止まらなかった。そして彼女が一呼吸おこうとした時、バーバラが部屋に入って来た。バーバラは青白い顔をしてかなり焦った様子だったが、マリの姿を見ると胸をなでおろした。


「マリ、いったいどこにいたのよ。お昼に来たら、あなたもドレスも見当たらなくて、ほんとにどうしようかと思ったのよ」

そう言いながら、バーバラはお昼の残りをマリに差し出した。

「ごめん。心配させちゃってごめん。でも私自分のいた時代に戻れる方法を見つけたの」

「戻れる方法?」

バーバラは不思議そうな顔をした。そこでマリはドレスと鏡の関係について話した。


彼女はなんとも言えない表情を浮かべていたが、

「だったら、マリはわざわざ戻って来てくれたの」

「そりゃあ、そうだよ。バーバラがこのドレスを着て舞踏会にでなきゃ意味ないじゃん」

そう言うと、バーバラは感極まってマリを抱きしめた。

「うわっ」

恥ずかしそうにマリは声をあげながら、バーバラの身体からかぐわしい香りが流れてくるのを感じた。

「香水つけてるの?」

「そうよ。こっそりつけてきちゃった。アンナお嬢様の準備も整ったから、いよいよ、今度は私の番なのよ」

バーバラは嬉しそうに叫んだ。それを聞いたマリは気合いを入れた。


「それじゃあ、お嬢様。舞踏会に行く準備を整えましょうか」

マリはもっともらしく椅子をひいて、バーバラを座らせた。するとバーバラもそれらしく答えた。

「私を綺麗にしてちょうだいね」

「はい、もちろんお嬢様。最高にすてきにしましょう」


それから二人は熱心に準備を楽しんだ。白いドレスをバーバラに着せ、それからお化粧をし、いつもはアップの髪をわざとおろし、カーラーを巻いてふんわりみせた。これはアンナお嬢様にバーバラであることがばれないようにわざとやったことだった。それから髪にはバーバラが外でつんできた白い花を飾り付けた。ごてごてとしたネックレスも何もないけれども、バーバラの美しさは際立っていた。それはたとえて言うなら野の花の美しさだった。


 マリは立ち上がり、手をたたいた。

「バーバラ。もうばっちりだよ。これで誰よりも完璧だよ。アンナお嬢様なんかより、ずっときれいだよ」

「ありがとう。本当にマリのおかげよ」

バーバラが感謝の気持ちを述べると

「お礼は無事に舞踏会に行けてから聞くね」

「そうね。そろそろ舞踏会に行く時間だわ」

下の部屋ではアンナお嬢様の出かける音が聞こえてきた。彼女は得意満面馬車に乗って舞踏会の催される屋敷に出かけて行ったのだ。

「私達もそろそろね。」

バーバラは椅子から立ち上がると、シーツを上からかぶった。このドレス姿をご主人様や他のメイドに見られては大変なのだ。マリはシーツを持っているように歩いてみた。

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