第二章(3)
少年は何を言ってるんだという表情をした。そこでマリは少年に一部始終を話した。使用人のバーバラを何としても舞踏会に行かせてあげたい、それにはどうしても馬車が必要なのだということを説明した。
「なーんだ、そんな話か。まあ、人を乗せても問題ないが、上品な馬車というものがないぜ、俺には」
「そっかあ」
きっと舞踏会というぐらいなのだから、荷台に乗ってくる人なんていないにちがいない。ああ、どうしようか。マリが困った表情を浮かべていると、少年は言った。
「それでいくらぐらいお金はあるんだ」
「えっ、お金」
マリはまたお金かと思うとうんざりした顔で袋の中を見せた。
「なっ、俺はそんなにいらないぜ。だったらさ、残りの金で馬車を作っちまわないか」
「馬車を作る?」
「そうさ。もちろん、手作りでのこぎりや金づちを使うものになっちまうが、荷台に乗せるよりいいだろ」
「そ、そうね。それってすごいいい案かも。でも作れるの?」
「俺、物作るの得意なんだ。まあ、まかせろって」
こうして二人は馬車を作ることにした。マリの胸は高鳴った。これってロミオとジュリエットっていうよりも、シンデレラみたいじゃない。魔法使いのおばあさんが、魔法の馬車を出してくれるみたいに私達が魔法の馬車を出してあげるなんて。なんかわくわくしてきた。
早速二人は郊外の森に行き、木を切り出し、荷台の上に板を打ちつけていった。それにしてもこの少年はとても気安く引き受けてくれたものだと思っていたが、話を聞くとバーバラと仕事の頼みごとで何度か会ったことがあるそうだ。
「あの人の頼みごとだったら、誰でも動くさあ」
「バーバラって有名人なんだね」
「美人だし、気だてもよくて、働き者だってみんなの噂だよ。それに仕えているアンナお様だっけ。あいつとんでもないわがまま娘らしくてバーバラをいつも困らせてるらしいぞって、おまえもそこの使用人なんだろ」
「そ、それはそうなんだけど。まだ日が浅くて。ところであなたのお名前は?」
「俺はロバートって言うんだ、よろしくな」
「私は、麻里っていうの」
「マリか。良い名だな」
「ところでロバートって学校には行ってないの」
街中で見かけた少年達のことを思い出し、マリは訊いた。
「行ってるわけないだろ。俺の親はどちらも死んじまって、俺一人なんだから、働かなきゃいけないんだ。それに学校なんて、金持ちの道楽だろ」
「道楽ってわけでもないと思うけど」
一瞬マリは日本での学校生活を思い出した。特に勉強は遊びではないし、大人の言うところによれば、勉強は大事だという。
「俺は学校なんて行きたくないな」
「なぜ?」
「なぜって、お金をかせいでる方がいいだろ。美味しいもの食べれるし」
そう言われるとマリも困った。マリは働かなくても親が一生懸命働いてくれている。そのおかげで自分は学校に行けるのだ。
そうかあ。私は恵まれているんだ。学校の友達と何気なく遊んでいた自分が急に恥ずかしくなり、しばらくマリは無言になった。
「さてとこれをはりつけてと」
トントンタンタンと金づちの叩く音が野原に響いていく。
「もうちょっとこっち持ってくれないか」
「えっ、うん」
「よいしょっと。これでよしと。マリ、おまえ急に元気なくなったけど大丈夫か」
「えっ、そんなことないよ。てかさあ、もし、もしだよ。ロバートにも学校行く機会があったら絶対行った方がいいと思うよ」
「はっ。おまえ何言ってるの」
ロバートはけげんそうに言った。
「今言ったろ。俺には学校に行く余裕がないんだ。無理なものは無理」
「それでももし機会があったら行って欲しいなあ」
マリは期待をこめながらそう言った。
「変な奴。まあ、いいさ機会があったら行ってやるさ」
「ほんと」
「ああ、ほんとさ」
ロバートはにっと笑うと、馬車にドアをつけ始めた。
私だって、学校に行ってなかったらロミオとジュリエットの劇なんてやらなかったんだし、ドレスだって自分で作らなかっただろう。大人は勉強のために学校っていうかもしれないけど、私はそれだけじゃない。楽しみもある。ロバートにもそういうの知って欲しいなあ。
側で一緒に馬車を作っているロバートを見ながらマリは強くうなずいた。そしてロミオとジュリエットの劇はどうなったのだろうと思った。私がこっちにいる間にジュリエットのドレスが必要になったりしないだろうかと、ふと現実を思い出した。
そうこうしているうちに夕方になり、馬車はそれなりにできあがった。
「どうだ見ろ、すごいだろ」
「ほんとだ馬車に見える」
マリは感激して叫んだ。荷台だったところには小さな馬車がしっかり載っていた。ドアもあれば、小さな窓までついている。
「色はついてないけど、舞踏会なんて夜行くもんだろ。色なんてどうせ誰も見ないだろ」
「うんうん、上出来、上出来。これでバーバラが舞踏会に行けるよ。ありがとロバート」
感謝感激のあまり、マリはロバートに抱きついた。
「わっ。おいおいやめろよ。気持ちだけでたくさんだ」
ロバートは顔を赤らめながら、マリの腕をほどいた。
「はい。じゃあ、これが料金ね」
マリは確かに袋の金をロバートに渡した。
「舞踏会は明日の夜だから、屋敷の後ろに馬車で来てね」