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第二章(2)

なんなんだ、この人は。途中まで話を聞いていたマリは、体の中がかあっと熱くなった。このブスがお嬢様だなんて、信じられない。性格悪すぎ。


マリはむっとしてバーバラの前に出ていこうとしたが、それをバーバラが押しとどめた。

「あとでもう一度探してみますので、お待ちください」

「ふん。頼むわよ。どうせあんた隠したんだろうけど」

それだけ言うと、アンナお嬢様はバタンと勢いよく扉を閉めた。マリは怒りたいのを我慢して下の玄関まで行ったが、玄関の外に出て、バーバラと二人きりになると、思い切りののしった。


「なんなんの、あの女。バーバラも、もっと強く言わなくちゃ駄目だよ。身に覚えもないことをあんな風に言うなんて、あいつなんなの」

バーバラは困ったようにマリを見た。

「いつもあんな調子だから気にしてないわ」

「だからってあの言い草はないよ」

「それでも仕事だから我慢しないと」

バーバラにそう言われ、マリはうなった。


仕事かあ。仕事ってそんなことも我慢しなきゃいけないのかなあ。私には単なるいじめにしか見えないけれど。

「そんなことより、馬車お願いね。あんまり無理しないでね」


その顔にはやっぱり無理ねという表情が浮かんでいた。マリはバーバラのそんな様子を見て、よけい張り切る気になった。

冗談じゃない。あんな女が舞踏会に出て、バーバラが舞踏会に出られないなんて、そんなおかしな話あるわけないじゃないか。こうなったら、私が何が何でもバーバラを舞踏会に出してやる。マリは闘志を燃やしながら、ロンドンの街に躍り出た。


 屋敷の門を出ると、そこはロンドンの中心街だった。石畳みの道を勢いよく馬車が走って行く。男性は皆同じようにシルクハットをかぶり、ステッキを持って歩いている。その一方で靴磨きの少年が金勘定をしているのが見える。花を売っている少女もいたが、売る物もなく、道端で物乞いをしている人々も何人かいた。マリは自分はメイドであることを装いながら、靴磨きの少年に近づいていった。


「ねえ、ここらで馬車屋ってない?」

「馬車屋かい」

少年はすすけた顔をしながら、気前良さそうに言った。

「馬車屋だったらこの先をまっすぐ行ったところに一軒あるぜ」

「ありがとう」

「あんた、見かけない顔だね」

「ええ、まあね。最近奉公し出したばっかだから」

「へえ、そうかい。ぼっとしてるとお金盗られるから気をつけることだな」


そう言われてマリは持っているお金の袋をぎゅうっと握りしめた。そういえばここはロンドンだった。外国って治安が悪いんだっけ。それに。目は物乞いをしている子供達に注がれる。私とたいして変わらない子達が物乞いしてるなんて、信じられない。本当に用心しないといけないかもしれない。マリは急に怖くなり、その場を離れた。


 マリは少年に言われたようにまっすぐに道を歩いた。その間いろんな荷物を背負った荷馬車が通っていった。荷馬車をあやつっているのは自分と変わらない年齢ぐらいの子だった。ここの子達って、学校には行かないのかなあ。みんな働いててえらいなあ。バーバラはどうなんだろう。学校には行ったことあるのかなあ。


気品をみなぎらせているバーバラの姿と醜いアンナお嬢様の姿を交互に思い浮かべた。そしてアンナお嬢様は学校に行ってて、バーバラが働いているというのはなんか嫌だなあと思った。 

  

アンナお嬢様なんて、学校に行かないで働けばいいんだ。そうすれば、バーバラにあんな態度はとらないと思うのになあ。とにかく今は馬車屋を探さないと。


 マリはあれやこれや考えながら、お金の袋だけはしっかりと持ち、馬車屋を目指した。

 まっすぐ歩いていくと靴磨きの少年が言っていた通り馬車屋があった。馬車を待つスーツを着た紳士や淑女をかきわけて、マリは馬車屋の受付へと入って行った。


 受付の男はマリの姿を見ると、いらっしゃいませと愛想よく笑った。マリはおずおずと袋の中の金を取り出すとこれだけで馬車は借りられるだろうかとたずねた。

 男は即答した。

「こんなはした金じゃ駄目駄目。次のお客さんの邪魔だから早くどいて」

と、そっけないものだった。マリはそこをなんとかお願いできないだろうかと食い下がった。


男の態度は憮然としたもので、あんまりしつこいなら警察を呼ぶと言い出し、マリは仕方なく表を出た。

マリは途方に暮れた。いったいどうしたものだろうか。その時、一人の紳士がマリの様子を察してこう言ってくれた。

「馬車屋なら、他にもありますよ。あっちの角を曲がったところにも」

「ありがとうございます」

マリは心から感謝すると次の馬車屋へ行ってみた。急いで行ってみたが、結果は同じであった。そこでマリは他にも馬車屋はないかと人々に聞いて歩き、四方八方を当ってみたが、どこもかしこも同じだった。だんだんと日が暮れかかってきて、マリは歩き疲れたのと同時に悲しくなってきた。


お金、お金って、何よ。そんなにお金が大事なの。少しぐらい負けてくれてもいいじゃない。ケチだなあ。

ため息をつきながら、マリは小さな橋の欄干に身をもたせかけた。


あの美しいバーバラの姿を舞踏会で見たら、さぞやすごいだろうに。彼女は夢みるように川の流れを見た。見ると、一匹の馬と少年が川の下で何やらやっている。どうやら馬の体を洗っているようだ。バーバラは馬に引きつけられるように、少年と馬のいる場所までやってきた。


「ねえ、あなたって馬車屋さん?」

急に訊かれた少年はこちらを振り返った。茶色の髪に青い目をした少年はそばかすだらけの顔をにっと笑わせた。

「馬車屋なわけねえだろ。俺は荷馬車屋だ」

そう言って彼は荷台を指差した。今は荷物は空のようだった。

「馬かあ…」

マリはぼんやりとつぶやいた。彼女はしばらく考えていたが、ぱちんとあることを思いついた。

「ねえ、一日だけ馬車屋やってみない?」


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