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第六章(2)

「さあ、そこでのんきに座ってないで、ドレスに袖を通して」

彼女は命令口調でマリに言った。

マリは心残りだったが、メイド服を脱ぎ捨て、バーバラの作った純白のドレスを着た。

「すごい似合ってるわ」

バーバラはにっこり笑ってそう言った。


「バーバラにはかなわないよ」

マリは苦笑して眉根を寄せた。

「ううん。マリはロミオとジュリエットのジュリエットにぴったりだわ」

鏡の前で二人は微笑んだ。

「ありがとう、マリ。あなたのおかげで最高の舞踏会に出れたわ。今度はあなたが舞踏会に出るべきだわ」

それはないよと言うマリの手にはお土産で買った真鍮の手鏡があった。

「この手鏡とドレス大事にするね」

「ええ、私達の思い出のために大事にしてね」

「バーバラも元気で」

「マリも元気で」

二人は挨拶を交わすと、気持ちを新たに鏡の前に向かった。

「じゃ、行くね」

バーバラはうなずいた。


 マリは鏡をじっと見つめた。すると鏡が曇り始めた。

マリは近づいて鏡をこすった。すると亜麻色の髪の少女が黒髪の少女へと、あっというまに変わり、学校のチャイムが六時を打つ音が聞こえた。それと同時に準備室の扉が、ガラっと開けられた。


「君はいったい何をやってるんだね。もうずいぶんと遅い時刻だよ、早く帰りなさい」

そう言ったのは用務員のおじさんだった。生徒が残っていないか、各部屋を見回っている最中だったようだった。

麻里は慌てて純白ドレスのまま、廊下へと出た。自分の着替えを手に持ちつつ、教室へと急ぐ姿は駆け落ちしている二人の姿のようだった。



 次の日から麻里の日常は普通の小学生と変わらなかった。いつも通り学校へ行き、あの純白のドレスをクラスのみんなに見せた。皆が皆、すてきだ、すてきだと褒めたたえた。まるで本物のドレスみたいと須藤利恵がはしゃいでいる姿を見ながら、麻里の心は冷めていた。


 それはそうだよ。バーバラが作った本物のドレスなんだから。しかも本物の舞踏会に出て踊ったドレスなんだから、当たり前だよ。


皆が学芸会で浮かれている最中、麻里一人だけが、バーバラとアーサーの駆け落ちのことを気にしていた。やっぱり二人がちゃんと逃げてから、帰ってくるべきだったかもしれないと、今更ながら後悔してしまうのだ。無事に逃げられただろうか。麻里の心は憂鬱に染まっていった。


麻里の心を更に憂鬱にしているのが、須藤利恵があの純白のドレスを着ることだった。できることならバーバラ以外に着せたくはない。その思いは更に強まっていた。そうは言っても配役を変えることはできないし、どうしようもなかった。そのせいで麻里は盛大にため息をつくのだった。


 しかしロンドンから帰ってきてから麻里は変わった。勉強を積極的にするようになったのだ。苦手な算数も文句言わず、問題集を解くようになった。それはロバートやその他の少年がろくに学校に行けず、勉強することができなかったからだ。しかもバーバラは学校に行って勉強したいと言っていたのだ。


アーサーの手紙の返事にも、言葉を知らなかったばかりにいい返事が書けなかったバーバラ。その意志を継ぎたいと、麻里は勉強をするようになった。

 もちろん、そんなことなど知らない親達は、麻里の変貌ぶりに驚いた。

「麻里ったら最近変なのよ。前は宿題なんてやりもしなかったのに、やるようになったし、その他の予習とかもし出したのよ」

母親は心配そうに父親に話した。

「いいことじゃないか。勉強熱心になったんだから」

「それはそうだけど、学校の友達と何かあって孤立して勉強するようになったとしたら」

「麻里がいじめにでもあっているっていうのかい」

「うーん、そうとしか考えられないのよね」

「それはちょっと考えすぎじゃないのか。学芸会のドレスもきれいなのを作ってたろ」

「まあ、それはそうね」

母親は肩をすくめた。

「学芸会はみんなと協力してやるものだろ。いじめになんかあってたら、あんなもの作れないだろ」

「それはそうね。私の考えすぎならいいんだけど」

「おまえの考えすぎだよ、麻里を少しは信用してやれ」

と、麻里のいないところで両親はそんな話をしていた。


 それからしばらくして、麻里は両親にこんな話をした。

「ねえ、お父さんとお母さん。私、英語を習いたいの」

「英語?!」

二人は狐に包まれた顔をした。急に勉強し出したかと思えば、今度は英語を習いたいと自分から言い出したのだ。

「麻里、将来なりたいものがあるのか」

「ううん。そういうわけじゃないけど」

「たとえば、アナウンサーになりたいとか、スチュワーデスになりたいとかなの?」

母親も驚いた顔をしながら、それらしいことを言ってみた。

「ううん。なりたいものなんてない」

「じゃあ、なんで急に英語習いたいなんて言い出したの?」

「うんとね、それはね……」

麻里はロンドンのことを話すわけにもいかず、何と言おうか迷った。


「私の友達に英語を習いたいのに習えない子がいるの。その子は習えるなら習った方がいいって私に言うの。それで私も勉強できるんだったら、やりたいなあって思ったの。せっかくチャンスがあるのに、勉強しない手はないでしょう」

「そうすると、最近麻里が勉強熱心になったのはその友達のおかげだったわけね。お母さん、麻里がいじめにでもあって勉強に逃げているのかと思ったわよ」

母親はほっとして胸をなでおろした。


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