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第五章(3)

部屋の中は豪華なシャンデリアで飾られ、重厚なテーブルが真ん中に置かれ、座り心地のよさそうなソファが置かれていた。暖炉は豪華な大理石でできていた。

「それで今日はどうされました」

アーサーがさりげなく訊いてくると、マリは単刀直入に訊いた。


「バーバラから話を聞きました。本当に、本当にバーバラを嫁にしたいと思っているんですか」

「それは本当です」

彼はきっぱりと言い切った。


「主人と使用人の関係でも関係ないってことですか」 

「そうです。関係ないです。」

「分かりました。それなら私がバーバラとあなたの連絡役になりましょう。バーバラはあちらの仕事があるので、なかなか抜けてこられません。その代わり私ならいつでも大丈夫です」


マリはもっともらしくそう言い切った。私ってこんなに大胆だったろうか。自分でも知らないうちにすらすらとそんな言葉がでてくるなんてとびっくりした。


そんなマリにアーサーは笑った。

「あなたなら大丈夫って、あなたにも仕事はあるんでしょう」

そう言われて、マリはぎくりとした。


「多少はありますが、そんなたいした仕事じゃないんで」

しどろもどろになりながら、マリは舌を出したい気分だった。


「それではお言葉に甘えて手紙など持っていってもらえますか。今後は門番に手紙を渡しておきますので、そこでもらってください」

「分かりました」

マリは連絡役として、しっかりとした返事をした。それからこれはバーバラの友達として言った。

「バーバラを悲しませないでくださいね」


それを聞いたアーサーは非常に真面目そうな顔をすると大きくうなずいた。

「もちろんです」

その言葉を聞いて、マリは胸をなでおろした。


 マリはアーサーの屋敷を出ると川のたもとを歩いた。いろんな荷物を積んだ船があっちこっちを行きかっている。向こうの方ではロンドンのシンボルの時計塔がそそりたっている。


 私ってこんなになんでもできる子だったろうか。自分から率先して何かをやるなんて前の自分じゃ考えられない。しかも今じゃあ、人の恋路まで心配してるなんて、なんだか変なの。こっちにきて何かが変わったのかな。それとも元々こういう性格だったのかなあ。そんなことを考えながら、川の流れを見ていると聞きなれた声がした。


「マリ、マリ」

見るとロバートが馬車で走って来た。

「あ、ロバート。その後どう」

「この馬車で何人かの人を運んで商売になってるぜ。バーバラのおかげだな」

「なんだ。馬車屋になったのか。それはよかったね」

「まあな。馬車屋の方が給金いいからな」

えへんとばかりにロバートは鼻をこすった。


「ところであの後二人はどうなったんだ」

ロバートが小声で訊いてくると、マリも小声で二人のことを話した。


「そうかい、そうかい。しかしそんなにうまくいくかな」

「だってアーサーが大丈夫だって言ってたよ」

「世間知らずだな、マリは。まあ、幸運を祈るよ。また馬車が必要になったら言ってくれ。おまえらだったら、ただで乗せてやるから」

ロバートは威勢よく言うと、街中を走っていった。


「世間知らずかな。でもだから私も念を押したんだもん。きっと。きっとうまくいくよ」

マリは自分に言い聞かせるようにそう言った。


 それから数日のうちは二人の愛の手紙交換はうまくいった。

手紙の内容はバーバラへの愛を詩にたとえたものだったり、好きだ、愛してるという言葉が惜しげもなく書かれてあるものだったりした。

 マリも少しだけ読んでもらったが、あまりの恥ずかしさにぽーっとなった。自分も好きな男の子にこんな熱烈なラブレターを送ることができるかというと、たぶんできないだろうと思った。

バーバラもバーバラで同じような調子の文面を送っているようだったが、言葉を知らないらしく、少し困っているようにも見えた。


 私も英語は分からないからなあ。せっかく学校に行ってても、日本語だけだもん。マリはアドバイスできない自分にもどかしさを感じた。こんな手紙より二人が直接会った方が早いんじゃないかな。なんで会わないんだろう。


 それはアーサーにそれなりの事情があってのことだった。何しろ恋の相手は使用人なのだ。そうしょっちゅう会うわけにはいかないのだ。それから自分の父親にもその話をしなければならない。使用人の娘など父は許すはずはなく、アーサーの胸中は迷いに迷っていた。けれども、どうしてもバーバラと結婚したいと思っていたのだった。


 しかし何回かはバーバラとアーサーは人目を忍んで公園で会った。もちろんその時はマリが付き添いでついていった。他の人に見られないように気配りしている時、マリはいっぱしのスパイになったような気分だった。


 そうこうしているうちに手紙の内容は現実味を増してきた。バーバラを今の主人からもらいうけ、お店の女主人にするにはどうかということだった。もちろん、父親は令嬢でないと決して許さないとは思うが、使用人というより、お店の女主人であるなら、身分的には上だし、なんとかならないかというものだった。


 それにたいしてバーバラはお店は洋服屋さんがいいと言った。洋服だったら自分でも作れるし、それなりの腕がある。お店の資金はアーサーから借りることになってしまうがそれでいいだろうかという話になった。

 その話を聞いたマリはとても喜んだ。

「バーバラの作る服なら、飛ぶように売れるよ。それってすごくいい話だね」

二人の結婚という話からまさかそんな話になるなんて思いもしなかったマリだったが、何もかもが順調なような気がした。


それから数日後、アーサーから連絡が入った。彼はバーバラと二人でお店になる物件を見に行きたいと言ってきたのだ。それを聞いたバーバラは大喜びだったが、彼女はマリも一緒に連れて行ってよいかと、アーサーに尋ねた。彼はもちろんと二つ返事で返してくれたが、マリとしては気が進まなかった。


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