第五章(1)
マリとロバートの劇が無事に終わり、バーバラの元気も回復し出したちょうどその頃、ある事件が起きた。
マリはそろそろ現代へ帰ろうとしている時だった。バーバラの様子も落ち着き、心配事はなくなり、自分のやるべきことはもうやったとマリはそう感じていた。けど帰る前に、もう一度だけロンドンの街並をゆっくり眺めようと屋敷の外へと出てみたのだ。すると遠くの方から聞き覚えのある声がしてきた。
「おーい、マリ!」
それはロバートの声だった。ロバートは舞踏会の時と同じ馬車を引いていた。
「馬車は元の荷台に戻さないの」
何の気なしに聞くと、ロバートが言った。
「それどころじゃないぞ。この馬車はもう一度大活躍するかもしれないんだぞ」
「えっ、それってどういう意味」
マリは不思議そうな顔をした。
「この間の屋敷の当主の息子が十時に帰ってしまったバーバラを探してるんだってさ。どこの家の者なのかと探ってるみたいだぞ」
「探るって。私達悪いことしたの?」
「そうだ。おまえ達は悪いことをしたんだ。アーサー様の心を奪ってしまったんだ」
「心を奪う?!」
耳慣れない言葉にマリは当惑した。
それを見たロバートはおかしそうに笑った。
「おまえ、ほんとうにうといなあ。アーサー様はバーバラにほれてしまったんだよ」
「えっ」
マリは心底びっくりした。バーバラが好きなだけでなくて、アーサーも好きになってしまったなんて。いや、そんなことは分かってたじゃない。あの二人の見つめ合う視線を見ればすぐに分かるってもんだ。
「ほんと。私うとい」
「だろ。俺もそうだろうと思ったんだ」
「とりあえず二人を会わすのはどうかな」
マリは腕を組んだ。
「会わしてどうするんだ。二人は主人と使用人の関係なんだぞ。しかもよその屋敷の使用人だからな」
「でも何もしないよりはいいんじゃないかなあ。探られた結果バーバラがよその屋敷の使用人ってことがばれるより、バーバラが自分の言葉で話すのが一番じゃないかな。その身分を聞いてアーサーがどう出るか、それはアーサー次第じゃないかな」
「俺も実はそれを考えた」
ロバートはにっと笑うと馬車をたたいた。
「そこでこの馬車がまた大活躍なのさ。バーバラをこっそりアーサー様の屋敷まで運んでやるよ」
「ほんとにやってくれる?」
「あったりまえだ。ここまで大きなことになったのも俺にも責任があるからな」
「じゃあ、私バーバラを連れてくるよ」
「馬車は屋敷の裏につけて待ってるからな」
マリはこれは大変とばかりに走り出した。アーサーが本当にシンデレラの王子のようにバーバラを探し求めてるなんて。なんてロマンチックなんだろう。これはなんとしてでもバーバラにアーサーを会わせなくちゃ。マリは張り切って屋敷へ向かった。
その頃バーバラは何を見ても、アーサーのことばかり考えていて、部屋の掃除もなかなかはかどらなかった。他のメイドからも、具合が悪いのではないかと心配の声があがっていた。いけないこんなことでは。あの人とはもう会うことはないのだから。そう言い聞かせている最中に、マリがドタバタしながらバーバラの前までやってきた。
「いったいどうしたの、マリ」
バーバラはにっこり微笑んで訊いた。
「そんなことより、物置き部屋に来て」
マリは強引にバーバラを物置き部屋に連れて行くと、ロバートの教えてくれた話をした。するとバーバラは一瞬にして顔を赤らめた。
「そんな。アーサー様まで同じ気持ちだなんて。私幸せで倒れそうよ、マリ」
「ここで倒れている場合じゃないよ。とにかくアーサーに会いなよ。会って身分について話さなくちゃ」
「私はその気もちだけで嬉しいの。あの人と会うことはもうないわ」
バーバラの気持ちはきっぱりしていた。
「アーサーは探しているって。いつかばれるより、自分で言った方がいいよ」
「そうかしら」
「そうだよ。どちらのお屋敷にも迷惑がかかるんじゃないかなあ」
「そう…。そう言われればそうね。」
「ねっ、だから会おうよ、アーサーに。ロバートも馬車で待ってるって」
「分かったわ。今行くわ」
バーバラはそう言うと、他のメイドには具合が悪いから医者に行ってくると言って外に出ることにした。
後ろで待っていたロバートはすぐに二人を乗せて馬車を走らせた。まさかこんなことが起きるなんて思いもしなかった。バーバラは、アーサーにはっきり言うことができるだろうか。マリは心配そうにバーバラを見つめた。バーバラもバーバラで思いつめたように馬車の外を眺めていた。
馬車がアーサーの屋敷の前まで着くと、門が開いた。門番がどちら様かと訊いてきたが、バーバラが来たとだけ伝えた。門番は不審な目でこの奇妙な馬車を見つめていたが、アーサーから返事がきたらしく、通ってよいと言われた。
そのまま門から玄関までの間は並木道になっている。その間を通り過ぎていくうちに玄関の前に背の高い青年が立っているのが見えた。馬車がとまると、それは紛れもなくアーサー・マグリットだった。バーバラは外に出て行くのに躊躇した。なぜなら今日は純白のドレスではなく、メイド服なのだ。二人が並べば主人と使用人にしか見えないのだ。バーバラがためらっているのを見て、マリは彼女の腕を思い切り引っ張った。
「早く出なよ、バーバラ。嫌なことは早く片づけようよ」
バーバラはぎゅうぎゅう引っ張られながら、ようやく馬車の外へと出た。外に出たバーバラを見て、アーサーは驚きを隠せないようだった。バーバラはおずおずと彼に近づいた。
「これが私の本当の姿です。使用人の分際で舞踏会に出てしまい申し訳ございませんでした」




