第四章(2)
何かの買い物でもしていたのか、片方の手には紙袋が抱えられている。
「それ、なあに」
「俺の食料品。パン買ってきたんだ」
「へえ、パンなの」
言われると焼きたてのパンの香りが漂ってくる。
「ところでおまえは通りで何をやってるんだ」
「ちょっと考え事」
「それだったらこんなところより、橋の上とかの方がいい案が浮かぶだろう。こんな通りじゃあ、ひったくりに遭うぐらいだな」
そう言うとロバートはマリを引き連れて、テムズ川の橋の方へと案内してくれた。
それは大きな橋で馬車が二台すれ違っても平気なくらい幅のある橋だった。橋の側には街灯が立ち、暗くなると職人が火を点しにくるものだったが、まだ午後も早い時間なので、その心配はなかった。
「で、マリの考え事っていうのは何なんだ」
ロバートは橋の欄干にもたれながら、パンをほおばった。
マリは少し話すのをためらったが、彼にはこの間の舞踏会で世話になったのだから、言うべき義務があるような気がした。話すとロバートはそれほど驚いた風でもなくつぶやいた。
「へえ、あのバーバラでも、あのアーサー様に恋をするんだなあ。まあでも誰もがあのアーサー様に恋をするって評判だぜ」
「そうなの?」
マリが不思議そうに訊くと、ロバートがにやりと笑いながら訊いてきた。
「なんだ。マリは恋をしなかったのか」
「えっ」
一瞬びっくりした表情をすると、マリはすぐさま顔を真っ赤にした。
「わ、私のことはいいのよ。そんなことよりバーバラのことよ」
にやにやしているロバートを思い切りつねりながら、マリはむっとした調子で言った。
「わりぃ、わりぃ。」
ロバートはからかうのが楽しそうに笑った。しかしその後はマリの話を熱心に聞いてくれた。
「すると、マリはバーバラが何か元気になれるような方法を考えてるわけだ」
「そう、そうなの」
そう言ってマリはため息をついた。
「おまえがため息ついてどうするんだ」
ロバートは、ぽかりとマリの頭を小突いた。
「それはそうだけど…」
「バーバラの元気がないなら、おまえが元気になればいいだろ」
「えっ、私が元気よくしてても意味ないんじゃない」
マリは不思議そうな顔をして彼を見た。するとロバートはぴゅうっと口笛を吹いた。
「そんなことはないだろ。他人が元気にしていると、俺もがんばらなくちゃなあって思うぞ、俺は」
「うーん。そう言われればそうかも。でもバーバラの元気がないのに私が元気になるなんて無理だよ」
「そんなことはないだろ。とりあえずおまえが好きなことをあげてみろよ。人は自分の好きなことをやっている時は楽しくなるもんさ」
「好きなこと?」
マリは頭をひねりながら、いろいろ考えてみた。そしてしばらくすると、あっと言って声をあげた。
「いきなり、なんだよ。思いついたのか」
「そう、思いついたの! 劇がいい」
「劇?」
「私はロミオとジュリエットが好きだから、それをやろうよ。でも役者がいない」
「俺もいるし、おまえもいるし、それにバーバラもいるだろ」
「観客はバーバラでしょ」
「サプライズでちょっと出てもらえよ」
ロバートはくすりと笑ってそう言った。けれどもその後、彼はこう言った。
「どうでもいいけど、俺はその劇知らないんだけどなあ。その劇の内容教えてくれよ」




