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その血は甘く、切なく  作者: ハクトウワシのモモちゃん
5/8



 翌日はある人に呼びらされて隣の市に出かけた。優子の家から急行列車を使って駅二つのところである。駅ビルを慣れた足取りで歩き、ビルの中にあるいつもと同じカフェに入った。

 店員に待ち合わせと告げ、きょろきょろと店内を見渡すとすぐに見つけられた。窓際の四人掛けの席に男女が一組。相手もこちらに気づいたようで軽く手を上げて手招きをした。

「伊織、こっちこっち」

 朗らかに声を掛けるのは男性の方。夏なのにフード付きのパーカーを着た背の高い青年だ。その面はなかなかの美形で見目麗しい。そして何より目を引かれるのは白に近い銀色の髪とあかい瞳をしているところだろう。

「伊織くん久しぶりだねー」

 その隣でひらひらと手を振る女性。こちらは髪色も目の色も普通の黒色。肩の上で切り揃えられた髪型で、おっとりとした雰囲気を醸し出している。

綾人(あやと)さん、麻美(あさみ)さん、久しぶりです」

 伊織は挨拶しながらキャップを取って席についた。

 二人は伊織の幼い頃から友人である。通う学校法人も同じなので伊織の先輩に当たり、二人とも大学生だ。

 そして綾人は言わずもがな吸血鬼である。吸血鬼の特徴である白髪はくはつと紅目。それが彼は色濃く出ている。隣の麻美は普通の人間で、綾人の幼馴染で昔からとても仲が良い。会う度に、まだ付き合っていないのか、と探りを入れてしまうぐらい仲が良い。

「伊織くんはもう夏休み?」

 店員にアイスコーヒーを頼むと、麻美が穏やかな微笑みを浮かべて聞いてきた。ほわほわとして物腰柔らかく、誰隔たりなく優しい彼女は伊織の交友関係の中で癒しだった。近くにはサディストな吸血鬼しかいないし、殺伐とした日常が心休まる。

 伊織は締まりのない笑顔を見せて答えた。

「あと一週間ぐらい」

「いいなー、こっちはあと一週間でテスト……」

 文句を言うのはメロンソーダに乗っかるアイスクリームをつつく綾人だ。

「テスト終わったら長い夏休みでしょ。そっちのほうが羨ましいです」

 憂鬱な顔をする彼にそう言うが、しかめっ面は変わらない。すると麻美が頬を膨らませて綾人に言った。

「テストなんだからしっかりしなきゃ」

「勉強大好き麻美さんにおれの気持ちはわかりませんよ」

「もう教えてやんないからね」

「あっ、それ卑怯だぞ……!」

「卑怯じゃないもん。だいたい寝てるあなたが悪い!」

 わいわい言い合う二人を、仲が良いなぁと伊織はジト目で眺める。

「あの、イチャイチャするならおれのいないところでお願いします」

「はぁっ!? だ、だだっ、誰と誰がイチャついてんだよ!」

「そ、そういうんじゃないから……」

 二人して抗議の声を上げて、二人して顔を赤くさせる。……なんだこれ。

 伊織は、そういうことにしておこうと自分に言い聞かせて店員からアイスコーヒーを受け取った。

「そういや。おまえまだ、コンタクトしてんの?」

「そうですけど……」

 まだ鼻の頭が赤い綾人が訊ねる。伊織は正直に嫌な質問だと思い、グラスに口をつけながら答えた。そんなこちらに気づかず綾人は、アイスクリームをぱくっと頬張って茶化すように言う。

「早く取っちゃえばいいのに」

「……簡単に言いますね」

 吐き出されたため息は思った以上に重かった。

 笑う綾人に悪気はないだろう。だって彼は白い髪も紅い瞳もさらけ出して生きているのだから。伊織にはその勇気がない。学内に自分と同じような者がいようとも、伊織は正体を隠して、波風立てないように生きていきたい。

 難しい顔をすると麻美が眉をひそめた。

「綾人。伊織くんにも事情があるんだから、押しつけは駄目だよ」

「そうかぁ? おれは別に普通だと思うけど」

「ほんと綾人ってば呑気なんだから」

 綾人がそんな風に生きていけるのは麻美のおかげだと思う。小さい頃からずっと近くに居て、綾人を気遣っている。何より彼女はただのニンゲンなのだ。人でない自分のことを理解してくれるヒトが側にいる。それはとても幸福なことだろう。

 伊織にはそんな人はいない。父母も優子も吸血鬼だから。クラスメイトに打ち明けるなど不可能だ。

 渇いた喉をアイスコーヒーで潤した。そして思い出す。

「そう言えば、何か用だったんじゃ?」

「あっ、そうそう」

 声に反応した綾人は気を取り直して、ひそひそ話のように声を落として言った。

「親父が例の殺人事件を聞いて来いっさ」

 思わぬ質問に伊織はきょとんとした。いろいろと疑問が浮かんだが真っ先に出た言葉はこれだった。

「……それなら優子さんに聞いたほうが」

「おれも思った。親父、吸血鬼こっちの医者だしそういうの心配してるんだけど……、それなら自分で直接聞きに行けっつの。けど親父、優子さんのこと苦手みたいなんだ」

「……あの人何したんすか」

「知らない。親父も話してくれなかったし。優子さん忙しいだろうから伊織にって」

 綾人の父も優子のことが苦手なのだろうか。気持ちはわからないまでもないが。

「まぁ、気分転換になったんで呼んでくれてよかったんですけど、……おれもよくわかんないですよ」

「だよなー」

 カラカラと氷を回しながら綾人は肩をすくめた。

 伊織は参考になるかどうかわからないが一応口につく。

「昨日竜道寺さんに会いましたよ」

「陰陽師の人だっけ?」

 麻美が首を傾げるので頷いた。

「その人の話によると……まぁ、いろいろと絡んでるみたいですよ」

「そっか……。親父にはそれだけ伝えとくか」

「何にもできなくてすいません」

「おまえが謝ることないって、親父が悪いんだから」

 綾人は紅い目を細めて整った顔を綻ばした。それだけで恋する女性もいるだろうか。残念ながら彼にはものすごく親しい人がいる。イケメンとはなんと罪深いか。

 アホなことを考えていると、その麻美が顔を曇らせて辛そうに口にする。

「怖いよね、私も後輩と連絡取ってるけど、この前は高校の近くだったもんね」

「ほんとです。勘弁してほしいですよ、最近いろいろあって滅入ってんのに」

「何? 単位落とした?」

 嬉々として訊ねる綾人に、麻美が白い目を彼に向ける。

「綾人じゃないんだから」

「なんだよ、ちぇっ……」

 口を尖らせる綾人だが、麻美は無視して伊織に微笑み掛けた。

「相談できないかもだけど、話だけでも私が聞くよ?」

 その言葉だけで心が洗われる。やはり麻美は天使みたいな存在だ。伊織はへらりとにやける顔を抑えきれないまま、話した。

「信じられないかもしれないけど、エクソシストって女子に会いました」

「え……、エクソシストって怖い映画のヤツ?」

 掌を反らすように動かして怯える麻美に、即刻首を振る。

「あ、いえ、反り返ってるほうじゃなくて、ソレを追い払う人の事ですよ」

「おれは見たことないけど陰陽師がいるんだから、エクソシストもいるんじゃねぇの?」

 綾人がメロンソーダを啜って、白い歯を見せて笑った。

「あっ、サークルの旅行で北海道行ったときに、キツネの女の子見たぞ」

「え、マジですか」

「またその話してる。綾人がすると本気にする子たくさんいるから……」

 麻美が呆れ返った様子でため息をき、不機嫌そうに冷たい眼差しを綾人に送った。

「嘘じゃないって。おまえいつになったら信じてくれるんだよ? ――でな。ちょっと迷子なったときに小さいキツネ見つけたんだ。そしたらキツネが喋ったんだよっ、『寒い寒い』って」

「嘘おっしゃい」

「麻美、ちょっと黙ってろ」

 彼女の小言を切り捨て、綾人は笑顔で楽しそうに語る。

「寒いって言ってるから可哀想だなって思って、手袋渡したんだ。そしたらキツネが女の子になって『ありがとう、吸血鬼のお兄ちゃん』って笑ったんだよな! そのまま手袋持っていかれたけど、スゲー、感動した!」

「その手袋誰が編んだんですかー?」

 半目になって不愉快そうに口を挟む麻美。なんだか怒っている様子。

 すると綾人は目を瞬き、若干首を捻って答えた。

「……おまえの母さん?」

「私だって何回言えばわかんの!?」

 麻美が絶叫した。

「ひどくない!? 頑張って編んだのに、失くしてきておいてキツネに持っていかれたなんて! 信じられるか!!」

「あぁ? おまえが作ったなんてそっちのほうが信じられない」

「ホント最低!」

「なんだよ……。半年前の話じゃんか、そんなに怒んなくても……」

 たじろぐ綾人と膨れる麻美。

「…………」

 もう、止める気すら起きない痴話喧嘩は見飽きたが、騒がしいのは好ましくない。ぽりぽりと頭を掻いてから、グラスを傾けため息をいた。

「あの、イチャイチャするなら余所でお願いします」

「……おまえ、目腐ってんだろ」

「伊織くん?」

「すみません……」

 麻美に睨まれてさすがに伊織は首を縮めた。

 そのあとは三人とも予定はなく、ショッピングとしゃれこんだ。麻美はさっきことで機嫌が悪かったが、ショッピングモールをうろうろしているうちに機嫌も直ったらしい。荷物持ちと化す綾人を尻目に、伊織は昨日買いそびれた漫画を手に入れた。

「伊織、半分持……」

「持たなくていいからね伊織くん」

 綾人が紙袋を渡すと同時に麻美がにっこり笑って遮る。さっきからこの調子だが、諦めて荷物持ちに徹すればいいと思う。

「機嫌悪いな麻美」

 前を行く彼女を眺めてぶつぶつと文句を言う綾人に、伊織は首を傾げた。

「そうですか? さっきより機嫌良いと思いますけど」

「何言ってんだよ、超機嫌悪いぞ。いいか、麻美が笑ってるときは要注意だ。何考えてるかわかんねぇから」

「おれは綾人さんが何言ってんかわかりません」

「おれ、なんかしたかぁ……?」

 ぼやく綾人。たぶんカフェのときの問答だと思うが、綾人の言によればあれは半年前のことらしい。それで怒っているのも疑問だが、たまに優子も変なときに怒るし。女性とはつくづくわからない。伊織は肩をすくめ、綾人に言った。

「まぁ、頑張ってください」

「白状もんめ」

「彼氏ならシャキッとしましょ」

「か、カレシって……おまえな……っ」

 そう言うと彼は恥ずかしそうにうつむいてフードを被った。白い髪が前へ垂れて顔色は窺えないが、ぼそぼそと口を動かした。

「そう言われるのは……まだ慣れてない」

「あ、やっ……」

 そんな反応をされるとこっちまで恥ずかしくなる。あたふたと両手を振るが何も言葉が出ず、さっさと足を動かした。

「ほらっ、行きますよ」

 そのとき、視界の端――向かいの店のショーウインドウに見知った顔を見つけた。伊織は踏み出した足を止め、目を見張った。

「どうした伊織?」

 不思議に訊く綾人の声に答えられない。

 その人は恐いぐらい真剣な顔をして、すたすたと早足でショッピングモールを横切っていく。その視線の先にあるのは人ごみで、誰に向けられているものかわからなかった。だけど、伊織は不安を覚えた。この、チクリと刺すような胸騒ぎは嘘ではないと直感した。

 なぜならその表情は、会う度に親の敵のように睨んでくるそれと同じだったから。

「もう、綾人。何ぼーっとしてるの? まだ見たいものあるんだけど」

「悪い。でも伊織が……」

「え?」

 麻美が戻ってきて、彼女もこちらへ目を向ける。

「疲れた? 連れ回し過ぎちゃったかな?」

「すみません、そうじゃなくて」

 我に返った伊織は麻美に早口に謝った。

「急用を思い出しました。ここで帰ります。あとは二人で楽しんで……」

「え? ちょっと伊織くん!」

 麻美のびっくりする声を振り切り、伊織は駆け出した。

 すぐに人ごみの中に吸い込まれる彼の背中を見つめ、麻美は茫然と呟いた。

「駅、そっちじゃないよ……」





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